物や情報が簡単に手に入りやすくなった今、便利になっているはずなのに心が満たされず、どこか物足りなさを感じている人が多いように感じます。モノ消費からコト消費へと変わって行く中で、どんな体験をするかによって人生の豊かさや経験値が大きく変わっていくのではないでしょうか。今回は、クリエイティブの力で復興支援を行う団体・一般社団法人BRIDGE KUMAMOTO代表理事/クリエイティブディレクターの佐藤かつあきさんと、日本と韓国でさまざまなデザインを手掛けるSHIFTLABO デザイナーのHeeseok Hanさんにお話を伺いました。
日本と韓国、国を超えて繫がった出会い
中屋 佐藤さんと初めてお会いしたのは、今から4年前の2016年。当時は熊本地震が発生して余震が続き、混沌とした状況でこれからどのように復興していくかというときに、僕が熊本へ何が出来るのかをヒアリングしに行ったのがきっかけでしたね。
佐藤 大学の中にボランティアビレッジという、ボランティアの方が泊まれる場所や、Barもある村ができて。いろんな人が全国から集まっていて、僕もその場所に出入りしていたときに会いましたよね。
中屋 最初に訪れた際は、まるで怪獣が街を踏み潰した跡のような光景が目の前に広がっていて、ショックを受けたのを覚えています。Hanさんと佐藤さんはどのようにして出会われたんですか?
Han SNSですね。当時はアートディレクションの仕事をしていて、海外のウェブサイトを見てキャラクターのリサーチをしていたんですが、Facebookで佐藤さんのことを見つけて。デザインは内容が理解できなくても見てるだけで楽しいし、面白いからいいねをしたのが始まりです。
佐藤 韓国の方がいいねをしてくれるのが嬉しかったです。確か、以前僕が作らせていただいた『ロボリーマン』というキャラクターのWebサイトをHanさんが見て、いいねをしてくれたんだと思います。
Han それから1年後に熊本地震が発生して、韓国でも大きくニュースに取り上げられたんです。そのタイミングで初めて佐藤さんにメッセージを送りました。やり取りをしている中で「地震が落ち着いたら1回熊本に来ませんか」と声を掛けていただいて、熊本に行くことを決めました。
中屋 SNSでのナンパみたいなものですね(笑)。
佐藤 本当にそうですね(笑)。僕もHanさんの仕事をFacebookで見ていたのですが、デザインのレベルが高かったので一度お会いしてみたくて、「熊本に来ませんか」と誘いました。
Han 実際に熊本へ訪れた際は、デザイナーさんを紹介していただいて、一緒にお酒を酌み交わしながら朝まで話しましたね。街も案内してもらいましたが、テレビで見るよりも地震の被害が大きくて衝撃を受けました。
社会課題や環境問題は世界共通の課題
中屋 僕がHanさんと会ったのは、熊本地震の象徴となっているブルーシートをリサイクルした『BLUE SEED BAG』が完成した半年後でした。その後韓国に行って、Hanさんにクリエイターさんを紹介してもらいましたね。
佐藤 韓国の人たちも熊本地震に心を痛めて、「何か手伝えることはないかな」「自分にはこういうことができるよ」と言って、見返りを求めずに協力してくれたことが印象に残っています。
Han 社会課題や環境問題は、政治の問題と切り離して考えた方がいい。それに、『BRIDGE KUMAMOTO』さんの仕事について話すと、みんな関心を持っていました。韓国では社会課題や環境問題に対するクリエイターのプロジェクトはあまりないんです。デザインの力を使って課題に取り組んでいるという話を聞いて、「僕らもデザインで何かを変えられるんじゃないか」と考えるきっかけになりました。
中屋 共通の課題があることで言葉を用いない共通言語となり、国境を越え同じ想いを持って活動できますよね。
Han いろんな国のクリエイターが持っているそれぞれのアイデアを活かして、共通の課題に取り組んでいけるといいですね。
クライアントが抱える課題を解決するところから、デザインの仕事は始まる
中屋 佐藤さんもHanさんも、社会貢献型のプロジェクトやデザインを手掛けてきたと思うのですが、2人がデザインに対してどんな視点を持っているのかお伺いしたいです。
佐藤 西洋的な考え方ですけど、人間が介在したものはすべてデザインだと思います。綺麗な風景を見た時点で人間の目は既にデザインをしていて、トリミングしているんです。
良いデザインは時代によって変わってきますが、ただデザインするのではなく、プロダクトにある背景や想いも含めて考えないといけないと思います。
Han 僕はアートディレクターや、グラフィックデザイナーの仕事をすることが多いのですが、クライアントに「私たちが解決しないといけない課題は何ですか?」という質問をされることが最近増えてきて。今までは、ロゴが古かったら新しいロゴを提案するし、デザインが面白くなければパッケージのグラフィックデザインをしていました。ですが最近は、ロゴやパッケージデザインの提案に加えて、より本質的な課題の解決もデザイナーに求められるようになってきたと感じます。
これからのデザイナーは、「クライアントが抱えている課題は何か、デザインの本質は何か」を意識するところから仕事に取り組む必要がありますよね。
佐藤 Hanさんはアジアで活躍しているデザイナーなので、幅広い視点からどうすれば課題を解決できるかを頭の中でイメージし、デザインをしている気がしていて。実際にそういったデザインが最近増えてきたような印象を受けています。
Han 日本も韓国も仕事の流れは結構似ていて、デザインは課題がなければ始まらないと思うんです。課題を解決するさまざまな手段の中の一つにデザインがあるからこそ、佐藤さんや僕はいろいろな仕事ができるんだと思います。
中屋 今までは企業やそれに類する組織に対して経営コンサルタントが課題を解決していたと思うんですが、最近は経営コンサルタントに限らず、デザイン視点での課題解決を求められるケースがすごく多いですよね。 「広い意味での良いデザインってなんだろう?」と思います。
佐藤 元々は、デザイナーはデザイナーの仕事だけをして、別のセクションでそれぞれ分担して、ものを作っていくという考え方だったと思うんです。それが、みんなで課題を共有して、デザインを組み立てていく思想に変わってきたことも関係しているかもしれないですね。
何も手を加えないことがデザインになるときもある
中屋 課題解決とデザインは情報が溢れ続ける社会に対して、共通認識の速度を落とさず関係者の意見を一致させる上での、最適なソリューションになってきていると感じます。最近作ったデザインで、特に思い入れのあるものがあったらお伺いしたいです。
佐藤 デザインを作ったという視点からは少し変わってきますが、妻の実家が熊本の天草にあるちゃんぽん屋さんで、「ホームページを作ってあげて」と言われていました。でも僕は作らない方がいいと思っているんです。天草で40年間続いてるお店なので、お客さんもついているし、観光客の方もいらっしゃる。
今まではホームページもなく、デザイン性を重視していなかったお店が、急に変わってしまうと客層も違ってくるし、常連客も戸惑ってしまいますよね。どちらかというと、インターネットで検索すると出てくる口コミに載せる写真を増やすことに、注力したほうが良いと思っています。ディレクションをすることもデザインなので、手を加えないほうが、ときには良いデザインになることもあるのかなと。
中屋 やることとやらないことを決めることがデザインだったということですね。
佐藤 そうですね。中屋さんも普段から地方を回っているので、地方の良いところと悪いところが見えていて、その中でやることとやらないことを判断しているのかなと思います。やらなかったことは形には残らないから評価されないけど、その見極めは意外と重要ですよね。
中屋 見極めるためには、誰に向けてやるのかを決めることが必要だと思います。ちゃんぽん屋さんの話だと、ずっと来てくれているお客さんが喜んでくれるかどうか、という視点を大事にしていますよね。
Han デザインを使う人が見えていないと、デザイナーが考えるものと、ユーザーが実際に欲しがるデザインが掛け離れていきますよね。ユーザーが使ってこそデザインが完成すると思っていて、良いデザインか悪いデザインかは、使った後に評価されるものだと思っています。
ごみを見る万華鏡『REF(レフ)』が誕生するまでの背景
中屋 続いて、2年の歳月を掛けて僕らが生み出した、ごみを見る万華鏡『REF』の話に移っていきたいと思います。熊本地震から2年が経過して、これからの活動について模索していたときに、インドネシア・バリ島に拠点を置くEarth Companyさんと出会って。彼らの「次の世代に残せる未来を創出する」というビジョンに惹かれ、韓国・東京・熊本からメンバーが集まり合宿を行いましたね。バリ島に行って一番衝撃を受けたのが、ごみ山で暮らしている人がいたということ。
Han 人間が生み出した高く積まれたごみの近くで、子供たちが走り回って遊んでいたのを覚えています。ドローンで写真を撮ってみると、光が反射して万華鏡のようにキラキラ光っていて。そこから佐藤さんの「万華鏡を作ろう」というアイデアが生まれましたよね。
佐藤 ドローンで高いところから見ると、汚いと思ったごみ山が綺麗に見えて、それを万華鏡で表現できるといいなと思ったんです。
現地の人はごみ山の中から使えるものを拾って、リサイクルに回す仕事をしているので、職と住が隣接していますよね。人間のたくましさや強さを感じました。
シンプルにすることで長く愛されるデザインになる
中屋 巨大なごみの山を僕らが無くすのは無理だと思ったじゃないですか。でも、あの場にいたみんなが「何かしたい」と思って行動を起こしたわけですが、『REF』に込められた想いについてもお伺いしたいです。
佐藤 観光客が出したごみは、観光客が持って帰るべきだと思ったんです。プロダクトの案を出し合う中で、「空港やホテルで売れば良いんじゃないか」という話が出て、万華鏡なら実現できる可能性が高いと思いました。
「無数のごみを無数の花に変える。世界のごみ問題を解決することは難しいけれど、身近なごみに目を向けて欲しい」という想いも『REF』に込めましたよね。
中屋 みんなが一つの方向を向いて動き出してからは、物事が進むスピードが早かったです。Hanさんは実際に『REF』を作る上で大事にしていたことはありましたか?
Han 僕はロングライフデザインのように、長く使われるものや愛され続けるものが好きなので、万華鏡の機能として必要な部分だけを残して、他はなるべくシンプルにしようと考えました。それが『REF』のデザインで一番大事にしているところです。
主役は小さなごみじゃないですか。ごみだけ残せばいいので、色も形も単純なものにするなど、いろいろ試しながらデザインを作りました。その土地のごみを入れることで、その地域ならではの万華鏡を作れるのが面白いところですよね。
誰もが妥協をせずに一つのプロダクトを作っていった
中屋 『REF』を作る体験を通して得られたことや、自分の中での気持ちの変化はありましたか?
佐藤 子供の頃から立体的なプロダクトに携わるのが夢だったので、すごく嬉しかったです。僕自身にとってプラスになったし、成長できたプロジェクトだったと思います。
Han 僕は初めて環境問題を解決するプロダクトに携わりましたが、とっても面白くて。ビジネスやコマーシャルの仕事だけでなく、社会課題を解決するための仕事にも、これからどんどん取り組んでいきたいと思うようになりました。
中屋 このプロジェクトに関わったことで価値観が変わったのは嬉しいですね。
Han 正直言うと、構想したときはこのプロダクトが実現されると思わなかったんです。メンバーの中には専門家もいないし。その中で一つのものを作り上げていったのはすごいなと思っています。
中屋 パッケージ製作をしてくれたメンバー、商品作りに携わってくれた方など、誰もが妥協せず取り組んだことで完成したプロダクトだと思います。大変だけどその分、届けたいという想いも強くなるし、作る努力や姿勢は伝わりますよね。
アジアのデザインが挑むローカルの可能性
中屋 Hanさんは、アジアのデザインについてこれからどんな可能性を感じていますか?
Han アジアは、アメリカやヨーロッパと比べてローカル性が強いと思います。今まではアジアのデザインが知られる機会が少なく、ローカルブランドも注目されなかった。だけど、これからはアジアから世界に向けてアピールできる機会が増えるだろうし、世界でアジアのデザインやブランドが認められる時代がくるのかなと。
中屋 SNSを活かした、デザイナー同士のナンパみたいなのがもっと増えると可能性も広がりますよね。佐藤さんはどういう可能性を感じていますか?
佐藤 日本はこれまで内需で経済を回してきた国だけど、これからはアジアの人たちと協力していくしかないと思っていて。個人でできることとして、外国の方との交流は増やしていきたいなと思っています。
また、今後は日本に限らずアジア全域で活動していきたいので、そのためにも海外のコンテストにチャレンジして、賞を取りたいと思います。どこの国だって世界中に通用するデザインやクリエイティブはいくらでもある。これまでは、人種差別の問題とかいろんな理由でなかなか世界に届けることができてなかったけれど、これからは世界の人にもっとアジアのデザインについて知ってもらいたいです。
体験には何があった?
クリエイティブの力を使って、社会課題や環境問題を解決していこうとさまざまなプロダクトに挑戦する佐藤さんとHanさん。
SNSでの偶然の出会いが2人を繋ぎ、新しい体験やプロダクトを生み出していきました。そして、バリ島に行った際にごみ山で暮らしている人たちがいることに衝撃を覚え、「ごみ問題を考えるきっかけを作ろう」と決意。2年の歳月を掛けてごみを見る万華鏡『REF』が誕生しました。実際に現地に足を運んで、自分の目で見て触れた体験が、ものづくりをする原動力にもなったのでしょう。
環境問題や社会課題の解決には時間が掛かりますが、「社会をデザインで良くしていこう」とする2人の想いはきっと、もうすでに誰かに届きはじめているのではないかと感じることができました。
ごみを見る万華鏡『REF』制作過程の動画はこちら
文・木村紗奈江
【体験を開発する会社】dot button company株式会社