私たちが普段飲んでいる日本茶には、その製法の違いで煎茶・ほうじ茶・番茶などの種類がありますが、実はそれ以外にもお茶の木の育て方によって日本茶は2種類に分けられることを知っていますか?そのうちの一つが、種から育てられるという「在来茶」。日本で流通しているお茶全体の約3%しか作られていない在来茶を、無肥料・無農薬で栽培しているお茶職人が広島県にいます。Googleマップで探し当てたという茶畑から、常識に囚われないお茶づくりに挑戦している様子を取材しました。
「品種茶」と「在来茶」
日本茶はその昔、庶民にはなかなか手が出せなかった嗜好品だったが、今では近所のコンビニに行けば100円程度で誰でも簡単に手に入るように。しかしなぜそれが可能になったのだろうか?
それまでは冒頭でも紹介した「在来茶」が中心で、種を植えてから収穫までに5~10年もかかっていた。しかしその後「品種茶」という、品種改良された挿し木苗からお茶の木を育てる技術が確立し、収穫するまでにたった3~5年という短期間で、大量のお茶を生産できるように。誰もが手軽に日本茶を楽しめるようになったのは、この品種茶のおかげなのだ。
また品種茶はお茶農家にとっても育てやすいというメリットもあったことから、今ではそのほとんどが品種茶となり、昔ながらの在来茶はシェア全体の約3%しか作られなくなってしまった。均一なクオリティが出せる品種茶と比べて、在来茶は同じ種から育てても一株ごとに特徴が違い、色や大きさ、香りなどにおいて、一本として同じ木はないのだという。「先祖返り(その種の先祖にあたる別種のお茶が育つこと)」も起きるほど、個性豊かな茶葉が育つ在来茶は、管理も販売も難しいお茶なのだ。
自称「何でも屋」のお茶職人
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素人の私にはあまりその違いは気にならなかったが、一般的に在来茶には玉露のような旨みはほとんどないのだと言う。でもその代わりに、自然のエネルギーや強さを感じるような素朴な味わいが、在来茶の特徴だ。
そんな在来茶を無農薬・無肥料で作っているお茶職人が、TEA FACTORY GENの代表・髙橋玄機さんだ。
かつては広島一の茶所だった広島県世羅町に茶農園を持つ髙橋さんは、通常は生産・製造・卸売・販売などを分業で行うことが多いお茶業界において、そのほとんどを自社で行っている珍しい職人だ。「固定観念に囚われず、お茶の可能性を最大限に活かしたい」という想いの元、さまざまなことに挑戦している若手お茶職人なのだ。
在来茶に挑戦しようと思った理由
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そんな在来茶について髙橋さんは「普通の茶農家さんは、在来茶を育てても多分いいことはないと思います」と話す。それだけ難しい在来茶づくりに、なぜ挑戦しようと思ったのか、聞いてみた。
髙橋さん: 誰もやっていなかったっていうのが、僕の中ですごくモチベーションになっていましたね。僕は昔から人と同じことをするのが嫌いで、みんなが右に行くって言ったら、左に行く感じ。しかも在来茶は日本に3%しか残っていないなんて、やばくないですか!僕はそれを知って、絶対に途絶えさせたらいけないと思ったんです。
今やっている在来茶の木は60年ぐらい経ったものなんですが、もしそれを自分で一から育てようと思ったら、その味が楽しめるのは60年後じゃないですか。でも今あるものを60年育てれば、120年もののお茶の木になる。そう考えたら在来茶がすごくお宝に見えてきて、「俺、金塊掘り当てたわ!」って思いました。
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お茶業界に就職し、日本茶の旨味について調べれば調べるほど、農薬や化学肥料が関係することを知った髙橋さん。テイストや味が似たようなお茶がたくさんある現代に一石を投じたいと思ったのも、無肥料・無農薬で在来茶に挑戦しようと思った理由の一つなのだそう。
そんな髙橋さんに「その“お宝”とはどうやって出会ったんですか?」と聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
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髙橋さん: 実は世羅にある農園は、Googleマップで見つけたんです。茶畑は大体マップを見れば分かるので、見ながらそれっぽいところはピンを刺して、そこからひたすら持ち主に当たっていった感じですね。
Googleマップをそんな風に使っている人が日本に何人いるだろうか・・・と驚かされたが、髙橋さんによると「全く知り合いもいない中では、この方法しか考えられなかった」とも話す。
髙橋さん: お茶の歴史を勉強していたら、広島県の特産品に関する昔の本があって。そういうものに「世羅茶」って載っていたので、なんとなく世羅辺りには農園がありそうなのは知っていました。でもいざ探すとなったら、役場に行っても紹介してくれるわけでもないし、当時は意味が分からないやつがお茶をやりたいと言い始めたっていう感じで、役場の方も困っていたんじゃないかな。だから親戚やツテがあれば良かったんでしょうが、それもなかったので、今思うとやっぱり最初はしんどかったなと思います。
お茶づくりは仕事ではなく生活の一部
かんばつに強く、根が深くて長いため、気象変動が激しい現代でも100年生きるのが当たり前というほど、生命力が強い在来茶の木。
その特徴が在来茶の味にもあらわれるというが、個性豊かなお茶を製茶する過程にも難しさがある。「良いお茶だと思えるものが作れるようになったのは、去年(創業3年目)ぐらいから」と髙橋さんは言いながら、創業当初からは少しずつ想いも変わってきたのだそう。
髙橋さん: 創業したときは、お茶を知らないみんなに素晴らしさを知ってほしいって思ってたんですが、結局広く広めようと思ったら量が必要になってくるけど、量を目標にしてしまうとクオリティがめっちゃ落ちるんですよ。作る時も「どうせこのぐらいの安い値段でしか売れないんだったら、この工程とかもういらないんじゃないか」という思いが、意識していない部分に現れてくるというか。
そんな風に最初の数年間は葛藤していた髙橋さんが、それでも挑戦し続けられた原動力は何だったのだろうか。
髙橋さん: その原動力は、そもそもお茶が好きだったっていうことですかね。お茶が好きで、どうにかしてお茶業界にしがみつきたかったんです。仕入れて売るっていうの商売をメインではやりたくなくて。じゃあ何をしたいんだろうと思った時に、今の形になりました。
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髙橋さん: あと昔から自然への憧れは常にあって。お茶修行で鹿児島・霧島に行った時には、自然と一緒に暮らしながらお茶づくりをして生きていくっていう経験をして、その時に初めて自分自身がすごく楽になったんですよね。街中のお茶屋さんには全然魅力を感じられなかったけど、自然と一緒に生きながら、そこで好きなお茶にも携われるっていうのが、生活スタイル的にも、自分の感情としても、すごく健全で気持ちよかったので、それもモチベーションだったかもしれないです。
もちろん自分が思い描いたお茶を作りたいっていうのが前提ではありましたけど、自分自身が自然の一部として生きていく感じがすごく良くて。僕はお茶づくりって仕事だとは思ってなくて、ライフスタイルとか、自分の生活の一部だと思っているんですよね。そういう生き方ってかっこいいし、気持ちいいし、それで続けているのかもしれません。
消費者・同業者どちらの視点も持てるという強み
また「何でも屋」だからこそ、髙橋さんはお客さんと同業者どちらの反応も知ることができるのだそう。
髙橋さん: 僕らは間を通さずに直接お茶を販売をしているので、直にお客さんの反応が聞けるんです。一方で卸売もやっているので、同業者の話も聞ける。やっぱり業界内の価値観と一般消費者の価値観が全然違うこともあると思うので、そういう反応を比較できる立場にあるっていうのはおもしろいし、自分のお茶づくりに還元できるし、素直にうれしいですね。
最近では、髙橋さんの取り組みについて話を聞きたいと来店する同業者も増えているのだそう。
髙橋さん: 下の代から「僕らも挑戦しやすいです」とか、そういう声は思いもよらなかった反応ですよね。ただ自分のことだけを考えてやってきたので、自分の活動が他の人のモチベーションにつながるっていう話を聞いた時は、すごくうれしかったです。
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だからこそ、髙橋さんは日本茶の未来についてもこう話していた。
髙橋さん: コロナがなかったら今年は台湾とかに行く予定だったんですが、中国や台湾のお茶文化ってすごく成熟しているんですよね。だからいろいろ回って、向こうのお茶の良いところをどんどん吸収したいんです。
日本茶自体も、煎茶だけでなくもっと革新的なお茶づくりが出ないといけないと思っていて。煎茶って江戸中期に発明されたもので、当時は抹茶しかなかった時代に、めちゃくちゃ画期的なお茶だったんです。でもそういうお茶が、今後出てこないとまずいと思っていて。
中国茶は100種類ぐらいあるのに、日本茶は5種類ぐらいだから、成熟度が違う。だから僕は日本の生産者だけで日本茶の未来を語ってもしょうがないと思っているので、国をも超えた交流をどんどんやっていきたいなとは思っています。
生き様が表れるお茶
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「お茶づくりのおもしろさは、答えがないところ」と話す髙橋さん。
髙橋さん: お茶には、その時に自分が考えていることや思想、生き様が出ている気がしているんです。それは自分のお茶にも、誰かが作ったお茶にも。例えばここはすごい荒いなとか、この時は整っているなとか、攻めたいって思った時の味とか。気がするだけかもしれないけど。(笑)
でもお茶って、どこまで行っても作り手の意識がすごく反映されると思うし、自然と人の創作物っていう感じがしていて。だから量は大手に任せておけばよくて、自分はお茶づくりだけでなく、自分が想いを持って作ったお茶を最後まで楽しんでもらえるために、自分がベストだと思う作家さんたちと協力して、いい空間で飲んでもほしいなと思っています。
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生産から販売まですべてを自社で行うこと、無農薬・無肥料でお茶を育てること、そして量ではなく個性で勝負するお茶づくり。
これまでの常識に囚われず、お茶と真っ直ぐ誠実に向き合い、全国約3%の在来茶に挑戦する髙橋さんは、終始笑顔で語りながらも、その目の奥には力強さも感じた。
将来はどこかの島へ渡り、機械化もせずに鍬一本で、どこまでお茶づくりができるのかを実験的にやってみたいという夢も持っている髙橋さん。
今後髙橋さんはどんなお茶を生み出し、どんな風にお茶の歴史を変えていくのだろうか。
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▼取材協力
TEA FACTORY GEN