今、SDGs(持続可能な開発目標)が注目を集めています。2015年の国連サミットで採択された、持続可能な世界を実現するための17のゴールと169のターゲットからなる国際目標です。その交渉にも関わられた前・国連日本代表部特命全権大使の吉川元偉さんと、編集長・指出が、SDGsと地方創生、SDGsと若者たちというテーマで話し合いました。
SDGsが誕生するまでの経緯は?
指出 『ソトコト』2019年6月号で「SDGs入門」の特集を組みました。各方面から反響が得られ、SDGsを学びたいという若い人たちにもたくさん出会いました。SDGsが国連で採択された2015年に国連大使を務めておられ、交渉にも関わった吉川さんですが、その経緯をお聞かせいただけますか?
吉川 SDGsが採択されるまでの経緯を簡単に話しますと、1987年に、国連の「環境と開発に関する世界委員会」の委員長を務めていたノルウェーのグロ・ハーレム・ブルントラント首相が「我ら共有の未来」と題する報告書を発表しました。それまでは個別に議論されていた開発問題を、環境と切り離して考えることができない問題として捉えた画期的な報告書でした。大気や海洋、土壌などの地球環境を守らない限り、どんな開発をしても人間の生活は豊かにならないという視点で提言されたのです。「持続可能な開発」という言葉もブルントラント・レポートで初めて使われました。そして、この提言は92年にブラジルのリオデジャネイロで開催された国連環境開発会議(通称「地球サミット」)に受け継がれました。
指出 当時12歳だったカナダの少女、セヴァン・スズキさんがスピーチした会議ですね。
吉川 そうです。地球サミットの後、気候変動枠組条約締約国会議(COP)が始まり、京都議定書やパリ協定につながるという気候変動対策のラインが92年に引かれたのです。そのラインのなかで、2000年にMDGs(ミレニアム開発目標)が採択されたのです。
指出 MDGsとSDGsの最大の違いはどこにあるのでしょうか?
吉川 いちばんの違いは、MDGsはどうすれば開発途上国を豊かにできるかというアジェンダであったのに対して、SDGsは先進国も含めた世界の全ての国が取り組むアジェンダであること。対象は大きく広がったのですが、採択された当時は日本ではあまり注目されませんでした。個人的にはSDGsという言葉が難しく、とっつきにくい気がしているのですが……。SDGsが「Sustainable Development Goals」の略だと言える人は10人に何人いるでしょうか(笑)。ただ、『ソトコト』でも紹介されている国連広報センター所長の根本かおるさんが吉本興業と一緒にSDGs をPRするなど、一般の方にも親しみやすく啓発されていることで広まってきているのは事実でしょう。また、経団連(日本経済団体連合会)がESG(環境、社会、企業統治を考慮した投資)というかたちで関与され、経済界もSDGsに注目するようになってきています。SDGsの17の目標の達成に努めている企業であることも優良企業の定義に加わったと言えそうです。児童労働をしていないか、海洋汚染を助長していないかなどSDGsの目標を「ダメ出しをするルール」に置き換えて企業活動を行うことで、社会的な認知度を得てきているのだと思います。
指出 CSRやCSVという価値観も含めて、企業があるべき姿の基準として17の目標・169のターゲットを活用し、それをチェックしながら経済活動を継続する。それが「大人の企業」であると経済界の皆さんも理解しているのでしょうね。
吉川 そうです。政府だけではなく、企業や自治体、そして個々の国民もSDGsの目標に向けてできることがあるというアジェンダに変わってきたのです。
日本の地方創生にも役立つSDGs
指出 「SDGs入門」でも取材しましたが、北海道・下川町も自治体の目指す姿としてSDGsをまちづくりに取り入れられているのが印象的でした。僕は今、東京に2日間いて、残りの5日間は中山間地域にいるという生活を行っています。「地方は衰退している」という一言でくくられているけれど、それは本当なのか、地方で暮らす人たちは不幸せなのか、実際に見に行く必要があると思い、中山間地域に足を運んでいるのです。それで見えてきたのは、意外とそうでもないということです。人が減っているのは確かですが、お年寄りはそこにあるもので楽しく暮らしておられるし、若い人たちともうまくやっておられます。ですから、メディアが「地方は衰退している」と必要以上に不安感を与えることで、若い人たちに「だったらローカルに行かないで都会に暮らしていたほうが楽しそう」と先入観を抱かせることはよくないと感じました。実際に地方へ行って、解像度を上げて見渡してみれば、メディアが発信する決まり切った答えではなく、自分にとって楽しいことや興味深いものが見えてくるはずだと確信しました。
吉川 大人たちが評価する以上に、今の学生や若い人たちは高いポテンシャルを持っています。非常に多様な経験もしています。夏休みだって、東京で遊んだり、実家に帰ったりする学生は少なく、みんなどこかに何かをしに行っています。そういう機会が増えていることは、日本社会が豊かになった表れでもあるのでしょう。
指出 そんな、地方に関心を持つ人たちを「関係人口」と呼び、『ソトコト』でも度々紹介しています。東京を中心とした都市への若者の流入が23年連続で止まらない状態を是正できない一方で、地域がおもしろいと感じられるような価値観を持っている若い人たちも増えているのです。単に観光で地方を訪れるのではなく、移住するわけでもない、その中間ぐらいの感覚で地域の人たちとの継続的な関わりを深めていくような第三の人口として関係人口が生まれているのです。その現状を『ぼくらは地方で幸せを見つける』(ポプラ新書)で提案させてもらい、それが国の施策となって関係人口に予算がついています。若い人たちが東京に住みながら地域と関わるという現象が生まれ始めていますが、その中心にいるのが大学生も含めた20〜30代の多様な価値観を持った若い人たち。地域との関わり方は「観光か、移住か」みたいな二元論ではなく、その中間の多様な関わり方を実践する主体が増えているのは確かです。
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