心のお守り。

 豊かな時代に育った僕は、物質的豊かさが心の豊かさを補うと教わってきた。しかし、どうやらそうでもないようだ。他者とのつながりのような見えない価値が大切だと言われる昨今、改めて心の豊かさについて考えてみた。

 福島県・昭和村。山々に囲まれ一年のほとんどの間、雪に閉ざされる小さな村に、「からむし」という植物から糸を編む女性たちがいる。茎を湿らしながら細かく裂き、よってつないで糸を績む。糸は町で売られ貴重な収入源となってきた。『からむしを績む』は、織姫と呼ばれる伝統継承者、哲学者、写真家が紡ぐ物語だ。

 以前、からむしで織られた布に触れたことがある。折り重ねた時間と込められた願いの深さが、静かに、けれど雄弁に語りかけてくる美しい布だった。

 先日、亡くなった祖父の遺品整理をしている際、その時の感覚がよみがえった。なんてことのない物に、過ごした日々の思い出が重なり、整理をする手が止まった。心の豊かさとは、他者からしたらなんてことのない物事から、自分だけの物語を紡いでいく過程で、育まれていくものなのかもしれない。自分だけの物語は、困った時に助けてくれる「お守り」になる。心が温かくなるような感覚を、からむしを巡る物語からも感じた。

『からむしを績む』

『渡し舟』(渡辺悦子・舟木由貴子)著、刊

text by Keiichi Asakura

記事は雑誌ソトコト2021年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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