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場づくり・コミュニティ

豪華客船を舞台に、格差を問う。

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オーディションの控室に集まった男性モデルに投げかけられる矢継ぎ早の質問と、それに応じる彼らの反応が、ファッション業界の慣習や男性モデルの立ち位置をテンポよく、端的に映し出す冒頭のシーン。 『フレンチアルプスで起きたこと』や『ザ・スクエア 思いやりの聖域』でお墨付きの鋭い洞察力は、今度は人間のどんな面に向けられるのか。観客の期待をそそりながら、リューベン・オストルンド監督の新作『逆転のトライアングル』は幕を開ける。

カールとヤヤは、ファッションモデル同士のカップル。超売れっ子のヤヤは、カールの何倍も稼いでいる。ヤヤはモデルにとどまらず、豪華客船から招待を受けるような人気のインフルエンサーで、そのお供として彼女とクルージング旅行へと出かけるカールは、フラットに言って彼女より格下だ。

海の上で非日常を満喫しているのは、けた外れの金持ちばかり。有機肥料でひと財産を築いた自らを”クソの帝 王“と、笑顔で自己紹介するロシアの新興財閥オリガルヒとその妻。ヤヤが写真を撮ってあげただけで「お礼にロレックスをプレゼントする、金は腐るほどあるんだ」という男。一見、上品な英国人の老夫婦の生業は武器製造で「国連に地雷販売を禁止されたときも、夫婦愛で乗り切った」と手を取り合う。

舞台となった豪華客船は、ヒエラルキーがもっとも明確な世界だ。

「あなたも今を楽しまなきゃ」と、勤務中のスタッフを捉まえ、プールに入れだの、スライダーで海にダイブしろだのと、傲慢な善意を押しつける。そんなオリガルヒの妻の理不尽な要求にも、白人の客室乗務員が笑顔で応じるのはチップを期待してのこと。

セレブの気まぐれで仕事を中断され、一大イベント、キャプテンズ・ディナーの開催が遅れようとも、ヒエラルキーが揺らぐことはないだろう……と思いきや、船は嵐に突入。船酔い客続出の船内はディナーどころではなくなり、一転、阿鼻叫喚の世界に突入する。

さらには海賊によって、英国人老夫婦の会社が製造した手榴弾を投げ込まれ、船は難破。カールとヤヤ、数人の大富豪と一部のスタッフが無人島に流れ着く。わずかな水とスナック菓子でどう生き延びるか。このとき船内ではヒエラルキーの最下層にいた清掃係のアビゲイルが、サバイバル能力を発揮し、物語は新たな展開を迎える。

口座にどれだけお金があっても、インフラのない無人島では無用の長物に過ぎない。火熾し、食材調達から調理まで一手に行うアビゲイルは、ここでは自分がボスだと宣言する。

人は立場に影響されずにいられない生き物で、だからこそ、人間の力関係は、状況次第であっけなく転じる。アビゲイルだけじゃない。登場人物全員、いや映画を観ているわたしたちも、その点は同じだろう。

ルッキズムや格差を是とする現代社会、人種や性差で役割を限定しようとする価値観とどう向き合うか。簡単には応えにくいこうした課題を、オストルンド監督は今回も、マルクス主義の船長とクソの資本家との言葉の応酬など、ブラックユーモアやサーカシズムを交えて見せてくれる。笑いながらも、そういう自分はどうなの? と、他人事では終わらせずに、観客の胸に残す微妙な気まずさ、その匙加減に監督のセンスが感じられる。

『逆転のトライアングル』

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2月23日(木)より、TOHOシネマズ日比谷ほかにてロードショー、全国順次公開。
Fredrik Wenzel© Plattform Produktion
text by Kyoko Tsukada

記事は雑誌ソトコト2023年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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