誰かのためにだったら、 記録できると思った。
ヘッドフォンをした女性が、仮設の小さなFMステーションで機器を操作する手を、表情を、カメラが追いかける。女性はこの仕事のプロというわけではなさそうだけれど、その落ち着いた声は、乾いた土地に降る雨のように、聞く者に滲みる。
東日本大震災で、他の沿岸部同様、津波で甚大な被害を受けた陸前高田市。小森はるかさんの『空に聞く』は、同市で約3年半「陸前高田災害FM」のパーソナリティを務めた阿部裕美さんが、ラジオを通じて陸前高田の人たちに届けようとしたいくつもの声を、そしてその背後にある阿部さんの、町の人たちの思いを伝える。
震災直後、ボランティアとして東北に足を運んだのを機に、大学院を休学して、2012年の春に陸前高田に移り住んだ小森さん。「住んでいなければ撮れないものを記録したい。そう思ってはいたけれど、カメラを向けるとせっかくできたつながりが、被災者と撮る人という関係性に結び直されてしまうことがいやで、なかなかそれができなかった」と、そう話す彼女が、その気持ちを超えて撮りたいと思ったのが阿部さんであり、前作『息の跡』で、その人となりと活動を映した佐藤貞一さんだった。「阿部さんがいることで、人の話を聞く場が生まれ、いろいろな人たちが何かを思い出す、あるいは祈る時間ができて……。そこで立ち上がってくるものを撮らせてもらいたいと思っていました」
当時、被災地では、専門家やボランティアが地域に入り、傾聴や聞き書きが行われていたが、本作でも、阿部さんが茶飲み話の延長で年配者のしに耳を傾ける番組の様子が映し出される。「どこの町でも、聞き手は外から来た人が担うことが多いなか、阿部さんは土地の人で、専門家でもなく、ご自身の生活も大変な立場でありながら、聞き手としての『語り』の価値に気づいていたんです。聞く人がいなければ出てこない話を、阿部さんが引き出してゆく場に立ち合って、語りたい人がいて、聞きたい人がいることはなんて幸せなことだろうと思いました」
月命日に行う黙祷。復興工事が本格化する前の、最後の七夕祭りの実況中継。若いパーソナリティが語る陸前高田の未来……。人々の表情、ことば、行動のあいだに映される、嵩上げ工事によって造成が進む風景が、変わりゆく町の状況を見る者に伝える。
自分の代わりに町を撮ってほしい。避難所でそう言われ、誰かのためにだったら、被災した風景を記録できると思った小森さんには、ここにいない人に手渡すために撮っている意識があるという。「震災直後や復興のことは今後も語られるだろうけれど、そのあいだの、語りづらい、みんなに忘れられてしまいそうな時間を伝える人が必要な気がして。自分が陸前高田で記録していたのは、そういう時間だったのだと思います」
© KOMORI HARUKA
『空に聞く』
ポレポレ東中野ほか、全国順次公開中。
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