「誰も写ってないんです」。そんなキャッチコピーとともに中野正貴氏の写真集『TOKYO NOBODY』が発売されたのは、2000年8月のこと。画像加工ではなく、渋谷、新宿、銀座と、昼夜人であふれかえる街に本当に人がいない瞬間を狙って撮影された写真は、今まで見たことがない都市風景として大きな話題となった。
本作の魅力は、その珍しさだけではない。8×10と呼ばれる大きなサイズのフィルムを使う大判カメラで撮影したことで、ビルや看板、信号機や道路などのディテールがくっきりと写し出された。人の不在により役割をなくした建造物が際立って見えることで、空虚な都市風景を描き出していたのだ。
あれから20年。再び本作を手に取ると、当時とはまた違った感情が湧き上がることに気づく。自覚のないままに街は様変わりし、今はもうない風景が、そこには写っていたのだ。開発が続く渋谷の駅前の元の姿や、建設中のお台場・フジテレビ本社に、看板が入れ替わっている銀座の目抜き通り……。私たちが普段よく知っている街並みに、かつてあったものがタイムスリップしたように目に飛びこんできた。さらに人が不在の風景にはどこか既視感があった。それは2020年に緊急事態宣言が発令され、実際に街から人がいなくなった映像を、毎日のようにテレビで観ていたからだろう。本作を見てコロナ禍を思い起こすのは、われわれの経験によるものかもしれない。
『TOKYO NOBODY』は今年10月に重版され、14刷となった。写真は、年月や経験により、見え方や意味合いが変わる。今も東京を撮り続けている中野氏の作品を、10年、20年後に再び見るのが楽しみだ。
写真集『TOKYO NOBODY』
著者:中野正貴/リトルモア