新しい場所も「行けば都」「住めば都」だった私が、「何もない」と絶望した移住1か月目の北海道北見市。在宅ワーク・車なしで移住した北見に触れるために一歩踏み出したのはとあるイベントだった。
「何もない」から脱したい北見移住2か月目
2024年7月13日に約1年の北海道美唄市での生活を終え、道東の北見市に移住した。北海道で暮らす前は地元鹿児島で働いていた私。新しい場所も「行けば都」「住めば都」が特技で、北見でもすぐに楽しめるだろうと思っていたが、現実はそんなに甘くなかった。1か月を過ぎても、友だちはゼロ。共に暮らすパートナー以外の人との会話はレジでの「袋、要りますか?」「大丈夫です」くらい。Googleマップで調べても、ピンと来る場所はほとんどない。
――何もない。
漠然と絶望感と不安が身体に纏わりついた。生まれ育った鹿児島県いちき串木野市を飛び出して、高知県高知市、鹿児島県枕崎市、北海道美唄市と幾らか住む場所を転々としても、これまでは引っ越して1か月足らずでお気に入りのお店を見つけ、通い詰めていた。そんな自分が嘘かのように、月に数回しか外に出ない生活をしている。想像していなかった暮らし方に、このまま地域に刺激を感じることもなく暮らしていってしまうのだろうかと少しの無力感とどうにか脱したいという焦燥感に挟まれていた。
8月24日の晩、私はリビングのローソファでいつも通り、ダリの「記憶の固執」の時計のように、だらりと足を投げ出してスマホの画面を眺めていた。何かないかなと、北見移住をきっかけにメンバーになっていた「DOTO-NET」のイベント告知が流れるチャットを開く。なかなかの速さでスクロールしている中で、1つだけ目に留まったものがあった。
その告知には、DOTO-NETメンバーである「やの組」さんの家具屋「BEFORE VINTAGE FURNITURE」さんでマルシェイベントがあると書いてあった。そのイベントには、お会いしたことはないが一方的にこちらが知っている「さいこうファーム」さんも出店しているらしい。
ああ、行きたいな。
この一か月、食料の買い出し以外は家に引きこもってパソコンとしか向き合っていない生活をしていた私は、背もたれに預けていた背中と頭を起こして、前のめりでイベントの詳細に目を落とした。もしかしたら、何か起こるかもしれない。何かの小さなきっかけになるかもしれない。……何も起こらないかもしれないけど。開催日は8月25日の10時~18時。……明日じゃないか。開催場所を調べると最寄りのバス停から20分弱の場所だった。この距離なら行けるぞ。
翌日着る服を想像しながら、開催元のInstagramを見る。そこにはマルシェについてこう書いてあった。
「生活を豊かにするものを自慢する。知ってもらう。触れてもらう。BVFとコンセプトの合いそうな集団や商品をお持ちの方々に協力を仰ぎ、いい商品にあふれたマーケットにしたいと始める事になりました✨」
「生活を豊かにする」は私の大好物。より一層楽しみになり、気分は遠足前の小学生の気分。翌朝もいつもなら接着剤でくっつけているのかと思うほど頑固なまぶたもこの日ばかりはアラームの音と共に容易に開いてくれた。支度をしてバスに揺られて20分。バス停から歩いて徒歩2分。会場前の歩道で遊ぶ子どもたちにガン見されながら、目的の場所へ到着した。
さあ、一歩踏み出そうじゃないか。
家具屋が開催するマルシェ―The BVF Market
美味しい匂いがする。肉もある。海鮮もある。たこ焼きもある。ケーキもフルーツもある。野菜もある。珈琲もある。花もある。雑貨もある。耳つぼマッサージもシーシャもある。これは楽しみがいがある。
お目当てのさいこうファームさんのブースを見つけ、ブースに立っている百目木さんに声を掛けると、DOTO-NETを運営している「ドット道東」メンバー二人ともお会いできた。今日はさいこうファームさんの販売スタッフをしているらしい。オンライン上や記事を通して知っていた方々に会えたのは、感動の再会を果たすときほどの喜びがあった。胸がいっぱいになりながら「とにかくお会いしたかった」「これからよろしくどうぞ」を真っ白になる頭で伝え、販売しているお野菜の説明を聞いて、とうもろこし4本とアスパラガス2袋を買った。
「ほかにも素敵なところがあるから回っておいで」と温かく見送られ、ほかのブースもじっくり見て回る。ポスターやカードなどで商品やお店の紹介をしている出店者が多く、じっくりとその紹介に目を通していく。立ち止まってじっと紹介や商品を見ていると、声を掛けてくれるスタッフもしばしば。直接紹介を聞くのは楽しかった。少し知っただけでもワクワクドキドキと胸の奥から弾けて湧き上がっていく。気づいたらエコバッグいっぱいに野菜や加工品の瓶が詰められ、ずっしりとした重みが右肩に食い込んでいた。幸せな重みである。
カフェオレとダージリンクッキーでひと息つきながら、新しい出会いと発見に興奮したからだを休める。気づいたら到着してから1時間が経っていた。感覚的にはまだ経過していて15分だったので、小さく独りで「えっ」と呟いた。買いたいものは全部買ったし、会いたい人にも会えたし、帰ろうかとバスの時刻表を見ると、次のバスは1時間後だった。はて、この1時間どう過ごそうか。考えた末、さいこうファームさんのブースに戻った。随分売り切れて、そろそろ帰る準備をしようというところだった。
「もしよかったら、撤収作業を手伝わせてくれませんか」
ファーストコンタクトの客の立場としては、だいぶ図々しいお願いだったと思う。でも、百目木さんもドット道東メンバーも快諾してくれた。机を畳んだり、運んだり、持ってきたものを軽トラに運んだり、テントを畳んだり。あっという間に片付いた。
「みんなのおかげです。今日は#みんなでさいこうファームの日にしましょう」
百目木さんはそう言って、最後はみんなで集合写真を撮った。
「これからもよろしくお願いします」と手を振って、私は会場を後にした。
マルシェで見えた地域のこと
正直、イベントに行くまではこんなに楽しめるなんて思っていなかった。少し見て、淡々と消費活動をして少しの満足感と共に帰路に着くだけだと思っていた。想像していた以上に楽しめているのは、自分が知らなかった北見の魅力に触れられたからだ。
市のホームページや観光サイトでは知りえなかった北見のお店、農家さんを知る。話を聞いて、お店や商品への愛を感じる。そして、私は今、こんな素敵な、面白い、美味しい、情熱溢れるものや人がいる地域で暮らしていることに気づいた。「生活を豊かにするものを自慢するマルシェ」で、自分の住む場所の解像度が上がって、見えていなかったものが見えるようになってきた。
何もないのではない。何も知らなかっただけなのだ。
地域の「何もない」は「何も知らない」。自分が触れる機会がなかっただけで、その地域にはたくさん「ある」。当たり前じゃないかと思うかもしれない。でも、移住して1か月、何にも触れずことなく、知ることもなく、何もないと勘違いして絶望していた私にとっては、衝撃的で希望の光みたいな発見だった。その希望の光はこれからの生活に楽しみを与えてくれた。
次は何に触れようか。何と巡り合うだろうか。
宝を探すように、ときめいたものを抱きしめるように、私はこれから北見で暮らしていく。
movie