長年にわたり農村や農業の現場を見てきた農業ジャーナリストの榊田みどりさん。農業生産だけではない農業もあることを知ってほしい──。今回セレクトされた5冊には、そんな榊田さんの思いが込められている。
農業ジャーナリスト/明治大学客員教授|榊田みどりさんが選ぶ、「農度」を高める本5冊

作物を生産して、その収益だけで食べていく。農業に対してそんなイメージを持っている方も多いかもしれません。ですが、パラレルワークだったり、地域資源や異業種などを掛け合わせたりして、新しい価値を生み出している農家も増えています。実際に私はさまざまな農村や農業の現場を見てきたなかで、そういう方たちに会ってきました。
『小さい農業で稼ぐコツ』は、その実例として紹介したい一冊です。著者の西田栄喜さんは、30歳で脱サラし、30アールの土地で農業を始めた自称「日本一小さい農家」。30アールは農林水産省が統計した農家・農業事業者の耕地面積における全国平均に比べ、約10分の1。にもかかわらず年間50種類以上の野菜を育て、年商1200万円という数字をしっかり出しているのです。この本にはそこに至るまでの工夫や実践的な方法が書かれています。ユニークなのは、西田さんが「種から語れる漬物屋」になろうと最初から6次産業化を考えていたこと。いまは漬物だけじゃなく菓子や土の販売など、いろいろなことをやっています。副題にある「幸せ」という言葉も大事なポイント。こういう農業の形もあるんだ、これなら自分でもできるかもしれないと思えるはずです。
『シビック・アグリカルチャー』は、発売されてすぐに読み、とても感銘を受けた本です。シビック・アグリカルチャーとは、地域と人々のつながりがある市民的な農業のことで、農業生産だけをするのではなく、「地域に雇用を生む」「地域での起業を奨励する」「地域のアイデンティティを強化する」といった再ローカル化につながる農業の形を表した言葉です。作物の生産が海外の農地に移り変わるなど、農業の世界でもグローバル化が進んでいますが、このままでは国内の農業は廃れる一方です。それを防ぐためにも、もう一度地域のなかで農業や食を取り戻していこう。そのためにシビック・アグリカルチャーが必要だとこの本は言っています。「地域にとって農業にはどんな意味があるのか」という点を考えるうえでも、ぜひ読んでもらいたいです。
今回、農業の新しいイメージが広がるような5冊を選びました。自分だけではなく、地域と一緒に元気になっていき、幸せになる。農業を通じてそういう関わり方をする人がこれからも増えていくといいなと思っています。

photographs by Yuichi Maruya text by Ikumi Tsubone
記事は雑誌ソトコト2022年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。