福井工業大学で雨水を活用する研究を続けている笠井 利浩さん。前回紹介した雨水の利用促進のためのプロダクト「あまみずドリンク」に続いて、今回は水道設備のない長崎県の離島で行なった「赤島活性化プロジェクト」、そして都市部での防災を兼ねた雨水の活用システムである「雨水タンククラウド」について、笠井さんと、同大学でともに研究を進めている北上 眞二さんにお話をうかがいます。
きれいな水を確保することの重要性。長崎県・赤島の活性化プロジェクトを通じて見えた社会課題
もっと雨水と共生する社会へ—「水」という本質を追う研究者が見すえるもの
今回はさらにこの雨水の利用について、詳しくうかがっていきたいと思います。笠井さんは長崎県の離島をモデルに、生活のなかに雨水を利用するシステムを構築していると聞きました。
笠井 利浩さん(以下、笠井) はい。では今回は「赤島活性化プロジェクト」と、それを発展させた「雨水クラウドタンク」についてお話ししたいと思います。今回は、これらのプロジェクトに協力していただいている、福井工業大学 環境情報学部 経営情報学科の北上 眞二教授にも来ていただきましたので、2人で説明していきます。
北上 眞二さん(以下、北上) よろしくお願いします。
笠井 長崎県の五島列島に“赤島”という小さな島があります。人口は10数名の小さな島なのですが、ここには水道施設がなく、国内で唯一すべての生活用水を雨水に頼っている島です。雨水関係のシンポジウムに参加したとき「島国の日本ならいまだに雨水生活している島あるんじゃない?」という話題になり、直ぐにネット検索しました。それで偶然この赤島の存在を知り、私にとっての「夢の島だ!」って気持ちになって1か月後には赤島に行ってました。でも、島民に生活用水の事を聞いてまわると、水の量が全然足りていないこと、水質にも不安があることなどが分かってきました。
そこで、私の雨水利用に関する研究成果を活かして赤島の水問題を少しでも解決しようと2017年から「赤島活性化プロジェクト」を立ち上げ、福井工業大学デザイン学科の近藤先生や学生たちとさまざまな活動を展開してきました。
赤島島内の家は比較的小さく、その屋根で集めることができる雨の量も限られています。そこで初年度は雨水をより効率的に集める“集雨装置”を作ろうということになり、半ばジャングル化した島内の土地を開墾して「雨畑(あめはた)」と呼んでいる雨の集水面を3週間かけて製作しました。その翌年には6m3の貯水タンクの設置、さらに次の年には浄水装置や全体の配管作業などを行い、IoTを活用した「雨水を水源とする小規模スマート給水システム」として水資源の確保とその運用を行なえるようにしました。
(編註:WHOが提唱する人一人が健康に生活するために必要な清浄な水の量は50~100L。赤島では雨水100%で世界的な基準の最低限の水量での生活が営まれていることになります。)
ソトコト 島に降る雨を広範囲に集めるだけでなく、その運用もできるようにしたわけですね。IoTの技術は雨水を回収し、利用するなかでどのように活かされているのでしょうか。
北上 まず、システムの稼働状況を福井工業大学からモニタリングできるようになっています。また、雨の降り始めの水、これを“初期雨水”というのですが、雨が降る際にこの初期雨水にはさまざまな汚れが含まれていて、それが降り終わると比較的汚れの少ない雨水に変わります。この初期雨水は貯水するわけにはいきませんから、これを自動でカットする制御技術も導入されています。また、久しぶりに雨が降ったときと、降ってから一度止んで、また降りなおしたときで、大気中や集雨装置の表面に含まれる汚れの量も異なるため、カットすべき水量も異なります。これを管理し、最小限の量だけを除去できるようにもしています。
笠井 このシステム構築を2018年から始め、赤島の水環境を改善することができました。現在は、島の宿泊施設である“あかしまの家”にも水を引き、これらのシステムの運営を島民の方に委ねています。衛生的な水を安定して供給できるか否かは、生活基盤のみならず、産業の招致などにもかかわってきます。島に産業を呼び込めれば、同時に人を呼び込むことにもなり、地域経済が活性化することで島の無人島化を防ぐことにもつながってくると期待しています。
ソトコト 雨水を介しての安定した水の供給が、複合的に島の方々の生活に好循環を呼び込めるわけですね。
都市部でも雨水を活用することの重要性は高まっている。IoTを導入した街全体での防災・利水システムとなる「雨水タンククラウド」
笠井 「赤島活性化プロジェクト」は、離島という限定的なシチュエーションでの雨水活用を考えたものでした。それを発展させ、都市部でも同様に雨水を活用するためのシステムが「雨水タンククラウド」になります。
北上 街中に大小さまざまな雨水タンクを設置し、そのタンクの貯水量をモニタリングします。これにより、街のどこに、どれだけの水があるのかを把握できるようになります。こうすることで、たとえば災害時にどこに行けば水を入手できるかなどを住民の方にスムーズにアナウンスすることができたり、大雨になりそうなときはあらかじめタンクから排水しておくことで、洪水リスクを低減させたりといったことが可能になります。これらはすでに技術的には実用化の段階に来ていますので、タンクの設置や各種情報との連携が実現できれば、というところです。
笠井 ただ、雨水を利用することに関しては、2014年に「雨水の利用の推進に関する法律」 として施行されているのですが、まだまだ雨水を生活用水や飲料水として利用することには抵抗がある状態です。雨水=汚れの混じった汚い水というイメージが根強いんですね。技術的な面だけではなく、啓蒙の面でも雨水の利用を促進していく必要があると考えています。
雨水の利用の推進に関する法律の施行の理由にも挙げられていますが、この50年で気候変動の影響は着実に大きくなっています。降雨に関しても極端化しており、年間を通しての降水量には大した変化がないのに、雨季と乾季のように雨の降る時間が偏り、短時間で大量の降水が見られるようになっています。
ソトコト “ゲリラ豪雨”という言葉もすっかり定着しましたが、これも15年位前から耳にするようになりましたよね。降雨の極端化というのは実感できるお話しです。
笠井 そのため、生活圏の防災・治水能力の向上が求められる時代に差し掛かっています。電気については、スマートグリッドという言葉も出てきたように、供給と需要を見極め、デマンド&レスポンスで無駄なく利用する流れが出てきていますが、水に関してはまだそこまで活用の声が広がっていない状況です。
しかし、雨水の利用が進めば水をめぐる環境というのはもっと良くすることができるんです。1ヘクタール(100m×100m)の場所に50mmの雨が降ったとすると、その雨量は500tにも及びます。汚れが含まれる初期雨水をカットしたとしても、生活用水に使える大量の水が得られるはずなのに、それが垂れ流されてさらにそれで洪水が起こっているわけです。これはもったいないですよね。
北上 水資源の活用と気候変動から生活を守ること、この両面において問題解決につながるのが、この雨水タンククラウドのシステム構築だと考えています。
水の確保は産業の第一歩。雨水と向き合うことで、多角的に暮らしが向上する未来を目指す
笠井 赤島活性化プロジェクトのところでもお話ししましたが“きれいな水が確保できる”ことは、その土地のバリューにつながります。水道を引けないところでも、雨水から水を確保できれば、その土地を有効活用できるようにもなります。これによってたとえば山間部などに地域経済を創出することで、社会によりよい変化をもたらすことができればと考えています。
また、都市部においても、たとえば戸建ての住宅それぞれに雨水タンクが設置されるようになれば、より細かい網の目で街中の水資源の状況や、防災・利水能力を管理できるようになります。気候変動による降雨の極端化が進むなかで、生活を守るという意味でも私たちはもっと雨水と向き合うことが必要で、さまざまな取り組みを通じてそのことを伝えていきたいと思います。
ソトコト 本日は、ありがとうございました。
福井工業大学 環境情報学部 環境食品応用化学科 教授
1968年京都府生まれ。1995年山口大学工学研究科物質工学専攻博士課程修了。現在、日本雨水資源化システム学会理事・広報委員長、日本建築学会あまみず活用の評価を考える小委員会主査、NPO法人雨水市民の会理事を務める。自ら始めた稲作を通じて雨水に目覚め、雨水活用の技術開発から環境教育を含めた普及まで幅広く活動中。日本国内で雨水が普通に利用される社会の実現を目指している。