くるくるくるくる。子どもと一緒に暮らしていると毎日が規則正しく進む、というより、あまりにも同じことの繰り返しが起こりすぎて、なんとも不思議な、永遠に引き延ばされたような時空をぐるぐる回り続けて、ぽーんと世界の外側に放り出されたような気分になることがある。
夜、一緒にお風呂から上がる。寒い寒い、急げー! と(息子はまだ言えないので、きゃっきゃっと笑って)裸で走り回る息子を捕まえ、オムツをはかせ、肌着を着せる。少しだけ水を飲ませると手を広げるのでぎゅっと抱き上げる。遅れてお風呂から上がってきた妻に「ママ、おやすみ~」と言うと、ものすごく上機嫌に、あいあいー! と手を振って母屋から外に出る。夜空に浮かぶ月を一緒に探して、あおーーーっと高い声で叫ぶと、谷間から、ぁぉぉぉぉぉと声が返ってくる。息子も真似して、おおーーー、ぉぉ……。月を指差して、おっおっ。僕の目を見て満足そうににっこり。うん、とっても綺麗なお月さんだね。離れのドアを開けて、抱っこしながら階段を上る。もう腕がしびれて無理かもというところで、ガラガラッと寝室に辿り着く。そのまま、ぎゃあああっと布団に倒れ込む。「電気、つけて、お願い」、はい、それ、できます! 灯りのスイッチを押すと、さて、今日はどれにしよう、布団の周りに無造作に積まれている絵本の中からお気に入りの一冊を探し当てて、ん!! と力強く僕の顔に突き出してくる。「あい、わかった。いくでー、『ズン、ドコドコドン、むかぁし、むかし、おおむかし』」。僕のちょっと激しい手振り、効果音、BGM付きの読み方との相性がいいのか、毎晩読んでいるのに毎回はじめてのように集中して聞いてくれる。一度読み終わると、次は自分でページをめくって、どぅくどぅく、ずばーん! と、手で絵を触りながら物語を反芻していく。そうやって、次の絵本、5冊、6冊、……10冊、あっ、もう限界……という頃に、ガラガラッ、妻が湯たんぽを抱えてやってきた。助かったあ……バタン。息子はこれから2回戦、きゃあー、ひゃっひゃっ、満面の笑みで、ママにバトンタッチ。きっと大勢の親子が同じような夜を過ごしてきたのだろうと、ほんとうにすごいなあと尊敬する。
同じことを繰り返しているようで、少しずつ、すこーしずつ、ちょっとした変化がある。その時には気づかないけれど、ある日振り返ると、あっ、もうあの絵本は読まなくていいのね、ん? いま、「おとう」って言った? いつの間に積み木ができるようになったの。おやつ、お父さんにくれるの? ありがとう。優しいね。
ちいさな息子が延々と何かを繰り返して、ずっと同じ毎日やなあと油断してたら、わあっ、いつの間にか新しいことできるようになっている! 僕も何でも同じようにやってきたんだなと、ピアノが弾けるようになるのも、作曲できるようになるのも、大人になっても、ずっと
文・高木正勝
絵・Mika Takagi
絵・Mika Takagi
たかぎ・まさかつ●音楽家/映像作家。1979年京都生まれ。12歳から親しんでいるピアノを用いた音楽、世界を旅しながら撮影した「動く絵画」のような映像、両方を手がける作家。NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』のドラマ音楽、『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』の映画音楽、CM音楽やエッセイ執筆など幅広く活動している。最新作は、小さな山村にある自宅の窓を開け自然を招き入れたピアノ曲集『マージナリア』、エッセイ集『こといづ』。
www.takagimasakatsu.com
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記事は雑誌ソトコト2023年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。