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ウェルビーイング

特集 | 続・ウェルビーイング入門

高野翔さんの、地域のウェルビーイングQ&A。

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ブータンでGNH(国民総幸福量)の業務に携わった知見を生かしながら、福井県立大学でウェルビーイングと地域の関係を研究する高野翔さんが、ウェルビーイングな暮らしや生き方についてわかりやすく解説します!

目次

「自分にとっての幸せ」を、 対話しながら考えてみる。

今年3月に発表された「World Happiness Report 2022」(世界幸福度調査)で、日本は146か国中54位でした。上位トップ3は北欧の国々で、日本はG7で最下位であり、先進国の中で低位が続いています。この結果から、「日本は経済的に発展し豊かになったのに幸福度は低い」と指摘されます。実は、この生活評価という測定の枠組みにおいて幸福度の国際ランキングを決める質問は1問だけで、「はしごの一番上の10があなたにとって最も理想的な生活で、はしごの一番下の0の段が最悪の生活を表すと考えてください。あなたは、今現在、はしごのどの段に立っていると感じていますか?」というもの。0から10までの11段階となり、回答した数字の平均値が国際ランキングをつくります。はしごというメタファーを用いて、高ければ高いほど、回答者の幸福度/ウェルビーイング度が高いと見なします。ちなみに、日本の場合、平均で6ぐらいになっていますね。

幸福度の国際標準がこの測定方法となり、その結果、上位を占める北欧諸国の社会システムなどから日本が真摯に学ぶべきことは多いわけですが、同時に、この測定方法には国際的な文化差があることにも留意が必要です。日本には個人の達成や高ければ高いほどよいという価値観ばかりでなく、中庸や周囲との調和を重んじる文化があるため、5段目に基準を置きながら、それより上かな、下かなと評価する傾向もあるものと考えられます。文化差がある中で一つのものさしだけで幸福度を国際比較するのは簡単ではありません。そのような中、最新の「World Happiness Report 2022」では、人々の生活における調和やバランス(Balance and Harmony)の度合いを基にした幸福度の調査結果も新たに発表されました。日本的な「和」の視座が、世界の幸福度研究に新しい視点をもたらすことが期待されるものです。

人々のウェルビーイングを測る技術は進化を続けています。客観的に測るだけでなく、主観的な側面からウェルビーイングを測定する方法が心理学者のエド・ディーナー博士により研究開発され、今ではブータンをはじめさまざまな国で公共政策に活用されるようになっています。

ただし、ウェルビーイング度が高いか低いかを、あるものさしをもって測るだけでは十分ではありません。自分にとって大切なものは何か、どんなときに幸せを感じるのかを家族や仲間、そして職場や地域の人々と対話することで伝え合い、共有することが大事なのです。それによって、「私のウェルビーイング」から「私たちのウェルビーイング」へと、価値観を広げていくことができるからです。そのための対話の場や学びの時間を設けることが今、必要とされています。

コロナ禍の社会になり、3年目に入りましたが、その間、私たちは「本当の豊かさ」や「自分にとっての幸せ」は何かと問う時間を過ごしました。そう、世界中の人々がウェルビーイングについて思い、考えたのです。そんな背景もあって、対話を重ね、互いのウェルビーイングを理解し、認め合い、表現することでよりよい社会を築くことができると考える人が増えてきているのです。

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『クラフトブリッジ』の屋上で運営者の高岡勇治さんと談笑する高野さん。

ウェルビーイングの本質を知る。

Question:ブータンのGNH(国民総幸福量)。 大事なポイントは?

Answer:主観的なウェルビーイングに寄り添い、聞き取っていることです。

JICAの職員としてブータンに3年間ほど滞在したことがあり、その際にGNH調査に同行しました。5年に1度、人口の1パーセントにあたる約8000人を対象に聞き取り調査を行うのですが、国の職員が一人ひとりの家を訪ね、約150項目ある質問を一人につき2時間以上もかけて調査するのには驚かされました。印象的だったのは、「病気で困っているときに何人の人に助けてもらえますか?」という質問に、人口300人ほどの村の20歳ぐらいの青年が「50人はいる」と答えたこと。50人ですよ! 日本にいた頃の私なら1桁だったと思います。この村には、ある基準を基にした経済的な貧困がたとえあったとしても「人との関係性の貧困」を感じている人は少ないのだろうと思いました。

GNH調査は、その地域の文化度を映画館の数や書籍購入額で、健康度を一人あたりの医師の数で、教育度を進学率で測るといった社会基盤の豊かさを客観的に測るばかりでなく、社会的つながりのような質的な状況を「僕は50人には頼れる」というように主観的に測定していることが重要なポイントです。一人ひとりの多様な価値観や実感を捉えるために、"主観的"ウェルビーイングを聞き取ることが求められます。

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国民から尊敬されるブータン国王の誕生会の招待状。
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和やかな雰囲気の調査風景。調査員をお菓子でもてなす。

Question:ブータン滞在中に、 ウェルビーイングを感じたことは?

Answer:原っぱで朝から夕方まで、みんなでダーツをしたことです。

ブータン滞在中の休日、現地の友人から「ダーツをしよう」と誘われました。街にダーツバーでもできたのかなと思いきや、連れて行かれたのは原っぱ。「これを投げるんだよ」と持たされたダーツはとんでもなく大きく、それを30メートルほど先に置かれた30センチほどの的に当てるというのです。僕は一生懸命投げましたが、一度も当たりませんでした。でも、とても楽しかったです。

ダーツのゲームは家族や親戚、隣近所の人たちなど大勢が集まって、チーム対抗で点数を競います。農村のほうだと村対村とか、組織同士で競ったりもします。ゲームは1度や2度ではなく、朝10時頃から夕方の4時頃まで、長時間にわたって延々と続けられるのです。昼食には、それぞれが持ち寄った食べ物を地面に広げ、みんなで一緒に食べます。そのとき気づきましたが、行為としてはダーツを楽しんでいるのですが、目的は人々が集まること。彼らはダーツをツールにして、「共にいる時間」をつくっているのです。ダーツを投げたり、昼食を摂ったりしながら、最近あったことを話したり、困りごとを相談したりしているのです。まさに、社会的なつながりを実感するウェルビーイングな休日の過ごし方だと思いました。

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「クル」と呼ばれるブータン式ダーツを楽しむ高野さん。

Question:福井県って、日本で一番 幸せな県なんですよね?

Answer:幸福度ランキング1位のことですね。本当にそうなのか、調べてみました。

私が暮らす福井県は「全47都道府県幸福度ランキング」で4回連続で1位を獲得しています。ただ、この調査は客観的幸福度を測るもので、主観的には幸せを実感しないという声も少なからず聞こえます。そこで、福井新聞社と日立京大ラボと一緒に、「未来の幸せアクションリサーチ」というプロジェクトを実施。「あなたはどんなときに幸せを実感しますか?」という問いに、400人ほどから得られた1000個以上の主観的な回答を集め、「福井人の幸せ分類」という指標をつくりました。

一方で、不幸せだという県民の声も収集。「寛容性が足りない」や「女性の負担が大きい」という、「幸福度ランキング1位」のブランドに埋没しそうな指摘により、幸福度のあり方を再考することができました。

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未来の幸せアクションリサーチ」のワークショップ。右下/福井人の幸せを分類し、キーワードを列挙。
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福井人の幸せを分類し、キーワードを列挙。

Question:「できるフェス」って、何ですか?

Answer:大雪で中止・縮減された事業を、みんなで復活させたイベントです。

2018年に福井県で記録的な大雪が降りました。福井市ではその除雪作業などに多大な費用がかかり、財政難に陥ったため、151に及ぶ公共事業の中止や縮減の検討を余儀なくされました。私たち市民は大きなショックを受けたのですが、「好きなことを持ち寄れば、中止・縮減された事業を私たちなりに復活させることができるのでは?」と考え、市民一人ひとりの好きなことや得意なことを実践するフェスティバル「できるフェス」を開催したのです。

私は夏休みの小学校のプール開放事業が中止になったことにショックを受けていたので、各々の家にあるビニールプールを持ち寄って、福井市中央公園にプール空間をつくり、子どもたちが水遊びをするイベントを開きました。ほかのメンバーも、図書館の本の購入費が削減になったことに対して本の交換市を開いたり、敬老祝金進呈事業が中止になったことに対して、会場で孫の写真を撮ってプリントし、メッセージを添えて祖父母にプレゼントするイベントを開いたりして、人との関わりをつくり出し、自分の好きなことをシェアし、伝えるという「私たちのウェルビーイング」を実現しながら、中止・縮減事業のうち12事業を私たちの形で復活させることができました。

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2018年夏に福井市中央公園で開催された「できるフェス」のプールシェア・コーナー。子どもたちも大はしゃぎ!
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「できるフェス」の打ち合わせ。ウェルビーイングについても考えた。

社会的なつながりをつくっていく。

Question:高野さんが大事にされている、 「居場所」と「舞台」とは?

Answer:ウェルビーイングにおけるキーワードだと考えています。

私の人間観は、国連難民高等弁務官を務められ、JICA理事長をされていた緒方貞子さんの教えから培われました。一つは、緒方さんが唱えられた「人間の安全保障」でも述べられている、「尊厳」です。すべての人の尊厳は社会によって守られなければなりません。そのために必要なのが「居場所」です。その人がありのままでいられる居場所は、尊厳を守るために大切なものです。
 
もう一つは、これも「人間の安全保障」で触れられている、「可能性」です。誰もが持っている可能性、それを引き出し、表現する場が「舞台」です。私は、それら居場所と舞台を私たちのウェルビーイングを実現するために欠かせない要素だと考え、地域のなかにたくさんつくっていこうと活動を続けています。

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「できるフェス」は、市民が好きなことや得意なことを表現する場としても機能した。
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高野さんも携わった社会実験「ふくみち(福井市の道路活用プロジェクト)」も、まちに居場所と舞台をつくる大きなきっかけになった。

Question:個と社会のウェルビーイング。 どっちを重要視すべき?

Answer:どちらも重要です。個から社会への循環を。

「World Happiness Report」のところでも触れましたが、日本人は周りと調和しながら自分のウェルビーイングを見出す人が多いように思います。個よりも集団や社会のウェルビーイングを優先する傾向が強いからです。日本人に足りていない「個のウェルビーイング」の充足から始め、それを対話や実践をすることで周りに伝えていきながら集団や社会のウェルビーイングを実現させていくというベクトルで、個と社会のウェルビーイングの循環をつくっていくのがいいと思います。個から社会を考えるというベクトルが日本人には足りていないと感じるからです。

まちづくりも、「あなたのウェルビーイングは何?」から、つまり、個の主観的ウェルビーイングを考えることから始めるといいと思います。

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「できるフェス」の打ち合わせ。ウェルビーイングについても考えた。

Question:ウェルビーイングを、 自治体の政策に生かすには?

Answer:地域を考える場やプロセスを、公共の場に設けてみては?

一つは、住民の主観的ウェルビーイングを測り、把握すること。もう一つは、学校、図書館、広場、市民大学といった公共の場に、ウェルビーイングについて考える場を導入すること。考え、対話した内容を元に地域活動を実践したり、居場所や舞台をつくったりするのです。

私は福井県の永平寺町と連携して開講する「永平寺町学」という授業を持ち、学生たちと一緒に地域について学んでいます。自分と自分、自分と他者、自分と自然との関係性が調和をもってととのっているときに自分らしく生きられるのではと考え、町民の方々に「あなたにとって、ととのうとは?」と取材し、自分や町にとってのウェルビーイングを考えました。地域を考える場やプロセスを設けることから始めては?

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福井県立大学の学生たち。

Question:ウェルビーイングと ハッピーは、違うもの?

Answer:短期的か中・長期的かで違いを捉えています。

学術的には、ハッピーは短期的なポジティブ感情を示し、ウェルビーイングは中・長期的に持続する幸せと捉えられています。好きな趣味に心を躍らせるのは、ハッピーだけでなくウェルビーイングな状態。趣味は生きがいに近いですから。「好き」はその人の可能性を引き出し、人生を豊かにするための大きなエネルギーになります。

Question:二拠点生活も、 ウェルビーイングを高める?

Answer:高まる可能性ありますよ。二拠点や移動によって。

居場所の数とウェルビーイングには相関関係があるという内閣府の調査結果からも、居心地がよい二拠点や多拠点生活であれば、ウェルビーイングを高める可能性があります。移動の多様性とウェルビーイングも関係があると言われていて、近くから遠くまで多様な距離を移動する人はウェルビーイング度が高い傾向があるようです。

たかの・しょう●1983年福井県生まれ。福井県立大学地域経済研究所准教授、ウェルビーイング学会理事。専門は、ウェルビーイング×まちづくり。地元福井にて、さまざまなまちづくりプロジェクトを手がける。2014年から17年には、人々の幸せを国是とするGNHを軸としたブータン王国の国づくりに協力。
photographs by Hiroshi Takaoka  text by Kentaro Matsui

記事は雑誌ソトコト2022年7月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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