自転車で世界一周を成し遂げ、地元の長野県辰野町で自転車による地域活動を行う小口良平さん。世界一周旅では157か国、実に15万5500キロメートルを自転車で走破。壮大な旅のきっかけを紐解くと、原風景となっていたものは故郷・長野県の自然でした。辰野町で「サイクルツーリズム」と「野外教育」の2つを軸に、地域に根ざした活動を続けている小口さんの核になっていたものは自転車。彼が考える「自転車×地域創生」の可能性を聞いてきました。
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世界一周の旅を終えて、いちばんやりたかったのは「グラバイキャンプ」
僕が世界一周から帰国したときに一番やりたいと思っていたのが、「グラバイキャンプ」という企画です。ここ長野県辰野町から富士山麓を抜け、太平洋まで200km以上もの距離を走り抜ける “自転車冒険塾” で、対象は11〜13歳の子どもたち。仲間たちと野営をしながら1週間ほど走り続けるサマーキャンプです。
3回目となる2023年は、対象年齢やルートを変えて3つのコースを展開するまでに拡大しましたが、企画をスタートしたときはコース設定から実際のガイド、怪我の対応を含めたサポート体制まで一筋縄ではいきませんでした。大人向けのサイクリングツアーを重ねながら、僕自身もいろいろな資格を取りながら粛々と準備を進めて、チームメンバーやサポート体制、会社として整備ができたのが2021年。コロナ禍のなかで初のグラバイキャンプを実施しました。
移動は自転車ですから、子どもたちは当然自分の脚をエンジンにして進みますし、夜は自分たちでテントを張り、自炊をします。それを5泊6日と続けると、子どもたちの成長はそれはもうすばらしいものなんです。
初日ははじめて出会うメンバーばかりでとても緊張していますし、自転車に乗ることさえ上手にできなかったりします。ギアもうまく使えていないし、立ち足も右足で止まってしまったり。でも子どもたちはさすがで、2日もするとずいぶん上手になりますし、メンバー間でスピードも整えて走っていけるし、スキルが足りない仲間がいれば助け合って進んでいきます。
まわりから見ていても、彼らの表情の変化がよく分かります。最終日ともなるとみんな顔が輝いていて、本当にいい顔をしている。日焼けもたくさんするので、とてもたくましく見えますよ。 今年も実施回数を増やして、3本から4本を目標に夏に向けて企画しています。今後は大人向けも検討していく予定です。チームビルディングとしてもフィットすると思いますし、少しずつ幅を広げて提供できればと思っています。
クルマではできないツーリズム体験。自転車がつなげる地域のグラデーション
グラバイキャンプと並行して活動しているのが、地元に根ざしたサイクルツーリズム事業です。サイクルツーリズムなので、移動はもちろん自転車。世界を旅するなかで自転車のさまざまな特性を実感してきましたが、大きな気付きのひとつが、自転車は「移動」「アクティビティ」「サイトシーイング」をシームレスにつなげてくれるという点でした。
たとえば「カヤックは湖」というように、アクティビティを兼ねた乗り物はフィールドが限定されることがほとんどなんです。自転車のようにフィールドを問わずに、アクティビティを楽しみながら移動もできる乗り物って実は珍しいんですよね。フィールドが限定されないから、自然の奥深くにも入り込めるし、その足で街中へも入っていける。コンパクトで生活に身近な自転車ならではの特徴です。
ツーリズムの観点から見ても、有名な観光地だけでなく街中にまで入ってその土地を見るよさというのは、文化歴史、産業に触れられることはもちろん、地元の人たちの息遣いを実感できるところにあります。移動を伴いながらアクティビティ性を持たせ、大自然から生活圏にまで入っていけるモビリティが自転車で、コンパクトな地域観光に最適な乗り物です。その土地に存在するコンテンツを点ではなく線で結ぶことができるから、地域をグラデーションで体感してもらえます。
もうひとつ、自転車の特性にその速度域が挙げられます。「すぐに止まって人と会話ができる」速度感や距離感は、自転車がもつ大きなメリットです。この距離感、フレンドリーさはクルマや電車だと速すぎて実現できない。自転車の“人と近い距離感”もまた、地域に根ざした観光振興と非常に相性がいいんです。
観光を起点に、サイクリングが地域にもたらす好循環
観光業というのは地元の人たちの協力が不可欠です。その前提があるなかでサイクリングツアーを始めたとき、地元の方々の反応は必ずしもよいものではありませんでした。たとえばツアーのコース組みひとつを取ってみても、細い道をコースに入れると地元の人にしてみたら「渋滞起こす要因じゃん」となる。ただ、この活動の歯車が少しずつ噛み合いだすと状況は変わってきました。経験豊富なガイドが単純に文化・歴史を話すだけでなく、地域の人の生活を結びつけながら案内することで地域経済も潤うし、ツアー参加者の満足度・ウェルビーイングにもつながります。
次に住民の人たちがサイクリングツアーや観光業、人気店の賑わいに気づくようになる。そこから「もしかして、ぼくらのエリアって自転車で走るのによい環境なの?」となり、今まで知らなかった自分たちの地域の魅力に気づいてもらえます。地域の人々が自転車に乗り始めて自転車人口が増えると、今度は行政を巻き込んだインフラづくりも進められる。サインクリングロードをつくるなど、ハードを整備すればするほど安全に乗れるようになるので、子どもや高齢者の方も安心して自転車に乗るようになる。さらに自転車人口が増える。いいスパイラルでしょう?
自転車はヒューマンフレンドリーで多幸感をもたらすモビリティ
人との距離が近く、いつでも立ち止まれる速度で移動もできて運動にもなる。グラバイキャンプとサイクルツーリズムのどちらにも言えることですが、漕いでいるだけで「幸せホルモン」が分泌される感じがして、参加者同士の会話も弾むんですよね。人との距離を縮めてくれる世界一フレンドリーなモビリティが自転車だと思っています。
ヨーロッパでは「生まれてはじめて乗るのが自転車で、人生で最後に乗るモビリティも自転車」というほど。とくにフィットネスのツールとしてライフスタイルに根付いています。日本でもそんなふうに、自転車を「幸せモビリティ」として定着させるのが、私の大きなミッションです。
取材・文 : 市 奈穂(いち なほ)
編集者・ライター。ウェディング・女性向けサイトを経て、現在では主にアウトドアメディアで編集者として活動中。ロードバイクでソロキャンプに出かけるのが一番の楽しみ。https://www.instagram.com/ichi_naho_photos/