「弱いロボット」とは、国立大学法人豊橋技術科学大学教授・岡田美智男さんが提唱された概念であり、プロジェクト。一風変わったロボットと人との関わりから、コミュニケーションのあり方やウェルビーイングのカタチを模索します。
できない、強くないことに、 新しい可能性が見えた。
歩き始めた幼児のように、ちょっとおぼつかない動き。声と、バランスをとっているかのような腕のしぐさとも相まって、見ている者は思わず、支えようと手を出してしまいそうになるだろう。
『む〜』という、なんとも愛らしいロボットも印象的だった。3体のロボットが、あるニュースを元に会話をしているのだが、モソモソと話すその内容には、絶妙にツッコミどころがあり、会話に参加してみたくなる。「これまでも『む〜』という名前でいくつかロボットをつくってきましたが、これはバージョンアップ。『自分もロボットたちの話に参加したい』という気持ちを引き出すために、あえて言葉足らずな発話にしてみたり、共感や信頼関係を得られるような話法を取り入れたりしています」。ロボットと雑談できる不思議な感覚。表面的にはニュースを知るという体験を得るのだが、なんだかとても心が緩む。
「弱いロボット」に見る、 ウェルビーイングのヒント。
「最初のころはロボット側の視点で考えていましたね。自己完結していなくても周りからの協力を獲得できれば、結果として目的を果たせるというロボットは、ソーシャルなスキルを持ったモノとしておもしろいんじゃないか、と。2000年ごろでしょうか、『む〜』というロボットをつくり、子どもたちに見せたら、意外と子どもたちが、いい顔、いい表情をしている。動かないしうまくは話せないロボットに対して、彼らは『お世話』できることに喜びを感じ、進んで関わっていたんです。なぜ、彼らは喜びを感じたのか。思わず手伝ってあげようという自由な意思がそこにあったり、手伝ってあげることができたという有能感や自己肯定感を感じていたり、ロボットとなにかを成し遂げることができた一体感を感じたり。そういうものが組み合わさった結果、子どもたちを生き生きとした表情にしているんじゃないか。そう考えると『弱いロボット』は非常におもしろいなって」。
例えば研究室で見せていただいた『アイ・ボーンズ』。手指のアルコール消毒をしてくれるロボットなのだが、人間の側もタイミングを合わせないとうまく噴き付けてもらえない。が、成し遂げられたときの、得も言われぬ達成感と言ったら……。「昔話をするロボットなんかも、心に余裕がないとつき合えないんだけど、一緒になって物語をつくっていくことができると、お互いに気持ちを合わせ貢献し合って得ることができた達成感、つながりというものが心地よかったりする。ロボットを題材にしていますが、それは人と人との間でも同じこと。人間も、不完全や不完結なところを適度にさらけ出してみると周りの人の強みや手助けをうまく引き出せる。そういう社会のほうが豊かだと思いませんか」。ロボットと人との関わりから、未来のヒントが見えてくる。
ロボットと共生する、 未来への示唆も。
「機械ってのはね、自分がなにを考えているかを外に晒していないんです。例えば自動運転システムの車の考えは搭乗者にあまり伝わってこないからすごく怖いし、自分を預けることに抵抗を感じてしまう。人と人との場合、『今自分がこんな状態にある』ということを、他人からも参照可能なように社会的に表示していると、お互いの共同行為がうまくつくれるという大原則があるんです。だから自動運転システムの車と搭乗者が共同してなにかを成すためには、お互いが今どういう状態であるかを、それぞれから参照可能なように表示してあればいいわけですね。たとえば『ゴミ箱ロボット』は、なにを考えているかわかんないけど、なんとなくゴミを探しているのかな、どっか行きたいのかなと、自分の状態を動きで周囲に晒しているから、関わりを引き出せるわけですよね。この『外に表示してあること』が重要で、そのロボットの状態が社会的に表示されているか、いないか、ということが大きな違いだと考えます」。
もしも、自動運転する車が「この道、歩行者多いよね」「ちょっと不安だね」と弱音を吐いたら……搭乗者は機械が悩んでいることを察知できる安心感があるし、そのタイミングで搭乗者自身が運転を代わる、といった行動にも移せるだろう。怖さとは分からないこと。それが解消されたとき、そこに生まれるのはきっと信頼だ。
なにかする、される、だけの関係でなく、「共に成し遂げる」。「弱いロボット」の取り組みは、人とテクノロジーの最適な関わりにへの重要な示唆にも富んでいた。
「弱いロボット」に宿る コミュニケーションの 新しい可能性と、 共生社会へのヒント。
robot 01:反応があると 人は話しやすい。『ウィムボー』
robot 02:聞き耳を立ててみると ニュースを知ることができる。『ポケボー・ジュニア』
robot 03:“なんとなく” 行きたい方向に行ける。『ルンル』
robot 04 :ポケットにいる パートナー。『ポケボー』
robot 05 :一緒に歩くという、 共同行為を生み出す。『マコのて』
robot 06:話が広がるから、 なにか話したくなる。『ナミダ ゼロ』
robot 07:ゴミを拾えないなら、 拾ってもらえばいい。『ゴミ箱ロボット』
robot 08:アルコール消毒の、 新しいカタチ?『アイ・ボーンズ』
robot 09:暮らしを豊かにする、 ランプ型ロボ。『ルーモス』
robot 10:「なんだっけ?」 「あ、焚き木だった!」『トーキング・ボーンズ』
記事は雑誌ソトコト2022年7月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。