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ウェルビーイング

特集 | 続・ウェルビーイング入門

「弱いロボット」が秘める強い力。

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「弱いロボット」とは、国立大学法人豊橋技術科学大学教授・岡田美智男さんが提唱された概念であり、プロジェクト。一風変わったロボットと人との関わりから、コミュニケーションのあり方やウェルビーイングのカタチを模索します。

ゴミを見つけるが拾えない、ティッシュを渡そうとするが渡せない、昔話をしようとするが内容を忘れてしまう。豊橋技術科学大学の教授・岡田美智男さんが自身の研究室「ICD-LAB」で学生らと制作するのは、そんな一風変わったロボットたち。「人との関わり」が生まれることによって初めて、彼らが行おうとしていることがようやく達成される。目の当たりにすると、ロボットに対するイメージが180度変わる。「弱いロボット」とはつまり、「不完結なロボット」のこと。
目次

できない、強くないことに、 新しい可能性が見えた。

取材の日、新年度から参加する学生に対して、先輩たちがロボットのデモンストレーションを行っていた。まずは薄い板のようなロボットについて学生が説明する。「こちらは『ペラット』というロボット。バランスを取るために振子のようにフラフラしているのと、ちょっと倒れそうになった時に『おおお!』って声を出すんですね。これ、見ていると目が離せなくなるんです。子どもを見守っているような気持ちを、見ている人みんなで共有できる、そういうロボットです」。

歩き始めた幼児のように、ちょっとおぼつかない動き。声と、バランスをとっているかのような腕のしぐさとも相まって、見ている者は思わず、支えようと手を出してしまいそうになるだろう。

『む〜』という、なんとも愛らしいロボットも印象的だった。3体のロボットが、あるニュースを元に会話をしているのだが、モソモソと話すその内容には、絶妙にツッコミどころがあり、会話に参加してみたくなる。「これまでも『む〜』という名前でいくつかロボットをつくってきましたが、これはバージョンアップ。『自分もロボットたちの話に参加したい』という気持ちを引き出すために、あえて言葉足らずな発話にしてみたり、共感や信頼関係を得られるような話法を取り入れたりしています」。ロボットと雑談できる不思議な感覚。表面的にはニュースを知るという体験を得るのだが、なんだかとても心が緩む。

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あるニュースをテーマに3体で会話する『む〜』。突っ込みの余地を残した内容に、聞く人は思わず参加してしまう。

「弱いロボット」に見る、 ウェルビーイングのヒント。

岡田さんが「弱いロボット」の研究を始めたのは1995年ごろ。ロボットと人との関わり合いから、他者とのコミュニケーションや身体性との関係を探れるのではないか、という問いが研究のスタートだったそう。

「最初のころはロボット側の視点で考えていましたね。自己完結していなくても周りからの協力を獲得できれば、結果として目的を果たせるというロボットは、ソーシャルなスキルを持ったモノとしておもしろいんじゃないか、と。2000年ごろでしょうか、『む〜』というロボットをつくり、子どもたちに見せたら、意外と子どもたちが、いい顔、いい表情をしている。動かないしうまくは話せないロボットに対して、彼らは『お世話』できることに喜びを感じ、進んで関わっていたんです。なぜ、彼らは喜びを感じたのか。思わず手伝ってあげようという自由な意思がそこにあったり、手伝ってあげることができたという有能感や自己肯定感を感じていたり、ロボットとなにかを成し遂げることができた一体感を感じたり。そういうものが組み合わさった結果、子どもたちを生き生きとした表情にしているんじゃないか。そう考えると『弱いロボット』は非常におもしろいなって」。

例えば研究室で見せていただいた『アイ・ボーンズ』。手指のアルコール消毒をしてくれるロボットなのだが、人間の側もタイミングを合わせないとうまく噴き付けてもらえない。が、成し遂げられたときの、得も言われぬ達成感と言ったら……。「昔話をするロボットなんかも、心に余裕がないとつき合えないんだけど、一緒になって物語をつくっていくことができると、お互いに気持ちを合わせ貢献し合って得ることができた達成感、つながりというものが心地よかったりする。ロボットを題材にしていますが、それは人と人との間でも同じこと。人間も、不完全や不完結なところを適度にさらけ出してみると周りの人の強みや手助けをうまく引き出せる。そういう社会のほうが豊かだと思いませんか」。ロボットと人との関わりから、未来のヒントが見えてくる。

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「弱いロボット」の研究初期の作品。

ロボットと共生する、 未来への示唆も。

これからの社会において、ロボットをはじめとしたテクノロジーと人との関わりはきっと「共生」だ。そこで大切となるのは、相手に委ねることであり、「弱さを晒すこと」にあるのではないかと岡田さんは続ける。

「機械ってのはね、自分がなにを考えているかを外に晒していないんです。例えば自動運転システムの車の考えは搭乗者にあまり伝わってこないからすごく怖いし、自分を預けることに抵抗を感じてしまう。人と人との場合、『今自分がこんな状態にある』ということを、他人からも参照可能なように社会的に表示していると、お互いの共同行為がうまくつくれるという大原則があるんです。だから自動運転システムの車と搭乗者が共同してなにかを成すためには、お互いが今どういう状態であるかを、それぞれから参照可能なように表示してあればいいわけですね。たとえば『ゴミ箱ロボット』は、なにを考えているかわかんないけど、なんとなくゴミを探しているのかな、どっか行きたいのかなと、自分の状態を動きで周囲に晒しているから、関わりを引き出せるわけですよね。この『外に表示してあること』が重要で、そのロボットの状態が社会的に表示されているか、いないか、ということが大きな違いだと考えます」。

もしも、自動運転する車が「この道、歩行者多いよね」「ちょっと不安だね」と弱音を吐いたら……搭乗者は機械が悩んでいることを察知できる安心感があるし、そのタイミングで搭乗者自身が運転を代わる、といった行動にも移せるだろう。怖さとは分からないこと。それが解消されたとき、そこに生まれるのはきっと信頼だ。

なにかする、される、だけの関係でなく、「共に成し遂げる」。「弱いロボット」の取り組みは、人とテクノロジーの最適な関わりにへの重要な示唆にも富んでいた。

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岡田美智男さん。主な著書に『弱いロボット』(医学書院)、『ロボット─共生に向けたインタラクション』(東京大学出版会)など。
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岡田さんと研究室『ICD-LAB』の学生さんたち。

「弱いロボット」に宿る コミュニケーションの 新しい可能性と、 共生社会へのヒント。

robot 01:反応があると 人は話しやすい。『ウィムボー』

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人の話を聞きながら“気まぐれ”にうなずいたりする、マイクロフォンの形を模したロボット。画面越しなど、コミュニケーションの形態が変わったコロナ禍を契機に生まれた。

robot 02:聞き耳を立ててみると ニュースを知ることができる。『ポケボー・ジュニア』

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『む〜』同様に、あるニュースを基にして雑談する3体の小さく愛らしいロボット。周囲の人は、小声で頼りなく話す彼らの会話から“なんとなく”ニュースを知ることができるというもの。

robot 03:“なんとなく” 行きたい方向に行ける。『ルンル』

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搭乗者が行きたい方向を大まかに伝えると、『ルンル』が周囲を認識し、道を見つけて進み出す「弱い自動運転車」。やりとりの繰り返しで、意思の共有や関係性の構築を目指す。

robot 04 :ポケットにいる パートナー。『ポケボー』

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装着している人と同じ方向を見たり、何かを探すようにキョロキョロと顔を向けたりしてくれる。ロボットと散歩している感覚、誰かと一緒にいるという安心感を感じられるという。

robot 05 :一緒に歩くという、 共同行為を生み出す。『マコのて』

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人と手をつないで移動する。手を引っ張り合う感覚を生かして、ロボットと共に歩く方向を決めていく。人とロボットの対等な関係、コミュニケーションが研究コンセプト。

robot 06:話が広がるから、 なにか話したくなる。『ナミダ ゼロ』

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話しかけると聞き返してくるなど、どんどんと会話を広げてくれるロボット。「一人暮らしで家に帰ってきたときに、こういうロボットが家にいてくれたら」という願望が開発の原点だとか。

robot 07:ゴミを拾えないなら、 拾ってもらえばいい。『ゴミ箱ロボット』

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周りの人たちの力を借りることで、ゴミを拾い集めるという目的を達成するロボット。ゴミを見つけると「モコ」と、ゴミを拾ってもらうと「モッコモン」と声を出し、人の助けを引き出す。

robot 08:アルコール消毒の、 新しいカタチ?『アイ・ボーンズ』

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人がタイミングを合わせて手をかざすとアルコール消毒をしてくれるロボット。成功すると頭を下げてお辞儀まで。消毒という行為に、「うれしさ」という付加価値を付けた。

robot 09:暮らしを豊かにする、 ランプ型ロボ。『ルーモス』

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人の顔のほうに注意を向け、かつ人の表情を読み取り、ランプの色を変えるというロボット。オブジェクトとロボットを掛け合わせた「ロブジェクト」と呼ばれるものの一つ。

robot 10:「なんだっけ?」 「あ、焚き木だった!」『トーキング・ボーンズ』

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昔話をしてくれるロボットなのだが、途中で重要な言葉やキーワードを忘れてしまうという「弱さ」を持っている。人がそれを補いながら、一緒になって昔話を語り聞かせてくれる。
photographs & text by Yuki Inui

記事は雑誌ソトコト2022年7月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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