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特集 | 続・ウェルビーイング入門

寄付は一人よりみんなで、 『新しい贈与論』桂大介さん。

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「社会がよくなるような働きかけとエンターテインメントは、僕の中では切り離されていない」と語る、一般社団法人『新しい贈与論』代表・桂大介さん。『新しい贈与論』を知ることで新しい寄付の形が見えてきました。

目次

会社と寄付団体は、 真逆の存在ではない。

「寄付」と聞いて思い浮かべるものはなんだろうか。地域を応援する「ふるさと納税」だろうか、企業の資金調達に少額から協力できる「クラウドファンディング」だろうか。さまざまな支援活動が生まれる中で、2019年に一般社団法人『新しい贈与論』は設立された。

「以前から個人的に寄付はしていたけれど、一人だとつまらない。みんなでやったほうがおもしろいから、『新しい贈与論』を始めました」と、代表を務める桂大介さんは話す。

桂さんは2012年当時、史上最年少で東証一部上場したことで話題になったIT企業『リブセンス』の共同創業者としても知られるが、なぜ寄付活動に積極的なのだろうか。

桂さんは「あえて違いを挙げるなら、『リブセンス』は営利団体で、『新しい贈与論』は非営利団体です。どちらか一方が絶対的にいいことをしているはずはない。僕は、それぞれの団体が守るべきルールの中で、それぞれにできることをしようと思っているだけです」と語った。

『新しい贈与論』の会員数は、現在80名。学生から会社員・企業経営者など会員の属性はさまざまで、月会費は、5000円(学生のみ)・1万円・3万円・5万円のいずれかが選択できる。80名分の会費から運営にかかる諸経費を除いた全額が、毎月どこかへ寄付される。『新しい贈与論』ではこの80名分の寄付金を「共同贈与」と呼び、「共同贈与」の行き先は、一人一票の投票制で決まる。

『新しい贈与論』の特徴は、80名分のまとまったお金を、毎月どこかへ「共同贈与」するという結果だけではなく、届け先を決めるプロセスのユニークさにある。

「”生活“や”傷“など、毎月設定されるテーマに応じて、2人1組で寄付先となる個人や団体を探すことから始まります。そしてほかの会員に対して、自分たちが探し出した先が、「共同贈与」先としていかにふさわしいかを、その個人や団体の概要も織り交ぜて、推薦文という形に落とし込みます。最終的には3つの候補先に対して、会員全員で投票して、最も票を集めたところが、その月の『新しい贈与論』の「共同贈与」先になります」。

例えば2021年8月のテーマは”笑い“で、神社と2つの特定非営利活動法人の計3団体が候補に挙がり、最終的にNPO法人『日本クリニクラウン協会』が共同贈与先に決まった。同団体は、赤い鼻がトレードマークの「クリニクラウン(臨床道化師)」を小児病棟に派遣し、入院している子どもたちが、笑顔になれる環境をつくる活動をしている。

『日本クリニクラウン協会』を推薦した2人は、協会の事務局長にアポイントを取って1時間面会し、理解を深めた。『新しい贈与論』が目指す寄付文化の発展、「笑い」を病気の子どもたちに届けるというテーマとの適合性、熱心に取り組む団体の活動を応援したいという3点が、推薦理由だったそうだ。

同団体に投票した会員の気持ちは、「3つとも魅力的な寄付先だなと感じたが、子どもの孤独と向き合うというコンセプトが素敵だと思った」や「『すべての子どもに子ども時間を』、この言葉が響いた」など、さまざまだ。桂さんも会員として投票権を1票持っており、『日本クリニクラウン協会』に投票したそうだ。「笑いというテーマがなければこの団体に出合わなかったのではないか。それくらいテーマにぴたりと合った、ユニークな団体だと思いました」と振り返った。

『新しい贈与論』は、 大きな流れの一手。

寄付をする人や団体には、「経済格差」「地球温暖化」「子どもの教育」など特定の関心事があり、そこに対して寄付を続けるイメージがあるが、毎月テーマが変わり、お金の贈り先が替わる『新しい贈与論』の仕組みは、桂さんの「このジャンルの課題を解決したい」といったこだわりや”固執“を手放した、なにに対してもフラットな姿勢が、下支えとなっているようにも見える。

「僕は『リブセンス』を大学時代に友人の紹介で知り合った村上太一さんと共同創業しましたが、共同創業者としての関係を通じて、他人の意思は自分の意思でもあると、どこかで理解したんだと思います。意思決定をしていかなければいけない場面で、彼と僕の意見が異なっているように見えても、最終的には一つになってきた。そう思えば、自分の意思なんてこだわりがあるように思えるけど、いつ変わるかわからない。生まれ持った揺るぎないものではなくて、読んだ本や聞いた話、いろんなことに影響を受けてできたものだから。自分の意思は、今この瞬間にも変わるかもしれない、それくらいのものだと受け入れてみると、自分の意思にこだわることはなくなっていくものです」

『新しい贈与論』の会員は、毎月の「共同贈与」先の決定プロセスで、自分の意思への”固執“を、手放す作業を体験しているようだ。毎月80名が一つの贈り先を決めるため、自分の希望どおりにはならない月も出てくるが、「集団である限り、それって当たり前のことですよね。自分の希望が叶わないということは、他者の希望を受け入れるというとらえ方もできます」と桂さんは話す。実際、「共同贈与」先が自分の投票した先であった場とそうでなかった場でも「プロセスがおもしろくて、毎回とっても学びになります」という声が上がることからもわかるように、会員は、自分の希望が叶わななかったとしても、豊かな感情や体験を得ていることがわかる。

『新しい贈与論』は「共同贈与先」を決めるプロセスで会員が楽しみ、贈与先は資金を得ることで、活動に集中することができる。それだけでも多くの人のウェルビーイングが実現していることになるが、この先はどう発展していくのだろうか。

「今はどの企業からも問題解決という言葉が聞こえてきますが、一つのプロダクトやサービスだけで、そんな簡単に問題は解決なんてしませんよね。だから僕は、『新しい贈与論』だけで、劇的になにかが変わることもないと思っています。でも、今までにないやり方だからこそ、寄付とのつき合い方の一つになって、寄付の間口が広がればいいかな。とは言え、いつも大きな碁盤みたいなものをイメージして、『新しい贈与論』が大きな流れの中の、どの一手になれるかは考えていますよ」と、桂さんは語った。

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桂 大介
かつら・だいすけ●1985年、京都府生まれ。早稲田大学在学中の2006年に、同大学で知り合った村上太一氏と『リブセンス』を共同創業。2012年10月には、当時史上最年少での東証一部上場を果たした。2019年に一般社団法人『新しい贈与論』を設立し、代表理事を務める。設立から現在で3期目、会員数は80名になる。『新しい贈与論』をはじめとした寄付活動を通じて、寄付や贈与の在り方を見直している。
text by Maho Ise illustrations by Chiiko Hoshino

記事は雑誌ソトコト2022年7月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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