「東京都で新規就農する」──十数年前であれば、あまりにも非現実的なことだった。しかし、それを実現し支え合っているのが『東京NEO-FARMERS!』だ。彼らはどのように農業を始めたのか。“世話人代表”の松澤龍人さんと、メンバーの川名桂さんを追った。
少しずつ増えている、東京での新規就農者。
「ひと昔前は『東京で農業がやりたい』と相談されても、近隣の県を紹介することもありました。農家の親族以外は新規就農はできないというのが、東京では当たり前とされていたんです。地方では就農は歓迎されますが、東京にはそもそも貸し出せる農地がない」
そう語るのは、一般社団法人『東京都農業会議』で新規就農者のサポートを担当する松澤龍人さん。松澤さんは2006年から都内での新規就農を支援してきたが、2009年に、初めて非農家出身者が東京都・瑞穂町に新規就農したことを皮切りに、少しずつ状況が変わってきたという。
ちょうどその頃、都内の瑞穂町や日の出町などで農地の貸し借りが、制度を活用し始まったことがこの背景にはある。相談者は研修と並行して松澤さんとともに農地を探し、町の職員や近隣の農家と交渉を繰り返した結果、ついに農地を借りることができた。
「その後、あきる野市、青梅市などで立て続けに3人が新規就農しました。そういった最初の段階で実感した我々の強みは、『農地の制度を知っている』ということ。断られても、『こういう制度もあります』と話をつなげていくことができます」
松澤さんらの尽力により、以前に比べれば東京都内での新規就農はしやすくなった。しかしそれは希望すれば必ずできるようになったわけではなく、借りられる農地が圧倒的に少ないという根本にある問題自体は変わっていない。「農業をしたい」ではなく、「東京で農業をしたい」という強い意志と理由がある人ではないと、東京での就農は依然難しいと松澤さんは語る。
「農業が好き!」でつながる、『東京NEO-FARMERS!』
現在、『東京NEO-FARMERS!』は新規就農者、就農希望者、農業法人などで働くメンバー、他県のメンバー、農家の後継者、農業に関心のある人など、100名ほどで構成されている。規則らしい規則はないが、「農業が好き」という気持ちを共通して持つ結束力のある集まりだ。直売所などを通し、地産地消にも取り組んでいる。
「つくるだけの農業ではなく、売るところまで自分でしたいと思ったんです。ある程度賑わいがあり、生活と近いところで、そこで暮らす人たちの声を実際に聞きながら新鮮な野菜を届けたいと」
実は、川名さんの両親は日野市在住。自家に近い場所で農業ができたらとは思っていたが、ハードルが高いことはわかっていた。
「生産緑地」を借りて、地元・東京で就農できた。
「制度的に貸し借りが可能になったとはいえ、実際に借りるまでは大変でした」と、川名さんはそれまでを振り返る。生産緑地というのは、農業をしたい人が指定したものだから、他人に貸すという発想のない人がほとんど。またこれまでにない制度だけに、貸したときにどうなるのかもわからない。
しかし川名さんの場合は、本人の熱意、松澤さんや市の担当者の力強い協力もあり、もとは5年程度の予定が、30年にもわたって地主から農地を借りることができた。この長期的な貸借期間により、川名さんは東京都の新規就農者向け補助金制度を活用して、ビニールハウスの設置など規模の大きい投資を行うこともできた。現在はビニールハウス栽培のトマトを中心に、ナスやジャガイモなども育てている。できた野菜は直売所や地域のマルシェで販売するほか、農園の外に設置した自動販売機で毎日売っており、野菜の補充に行くたびに近所の人と立ち話をして、おいしい食べ方を紹介するという。まさにやりたかったとおりの農業を今、実現できている。
『東京NEO-FARMERS!』は、都内で初めて畜産を始めたり、それまで中国シェアがほとんどだった榊の栽培と太陽光発電を組み合わせる農業を行ったりなど、ユニークな就農者を輩出している。今後も松澤さんのような頼れるサポート役に導かれ、新しい農業のかたちを生み出していく。