横浜市健康福祉局保険年金課担当係長として、国民健康保険の保健事業全般を担当。行政とアカデミアの橋渡しをモットーに、従来の政策手法と異なる行動デザインを市役所内に浸透させる活動を行う。横浜市出身。1985年生まれ。趣味は、登山をはじめとしたアウトドア全般と、人が集まる場づくり。男性保健師として横浜市に勤める高橋さん。物事を「やりたくなる」、ナッジという手法を行政でも取り入れようとチームで仕掛けている取り組みを紹介します!
保健師として現場で感じた、
市民の病気予防への課題。
「やりたくなる」デザインを
有志チームで広げていく。
例えば、おもちゃを整理整頓できない子どもに、「ちゃんと片付けなさい!」というのは簡単ですが、なかなか整理する癖をつけるのは難しい。ところが、整理箱の上にバスケットボールのゴールを設置すると、ついついおもちゃをシュートしたくなって、遊んでいたらいつの間にか片付けてしまう。「~しなければならない」というルールではなく、「やりたくなる」仕掛け。行政がついやってしまうのが、前者のルールづくりです。「やらなければならない」で発揮できる力よりも、「やりたく」なって発揮できる力の方が大きい。これは、いわゆる「ナッジ」と呼ばれる手法の一つですが、そうした仕組みを、もっと行政の施策の中に取り入れられるのではないか。そうやって立ち上がったのが、今回取り上げさせていただく、横浜市の保健師・髙橋勇太さんです。現在では有志のチームとして取り組み、市長や副市長も応援するほどに。「一人でできないことでも、みんなでやれば大きな力になる」。髙橋さんたちの活動を通じて、若手公務員が切り拓く、新しい行政の可能性に触れていただければ幸いです。
保健師として現場で感じた
「届かない」という課題。
「やりたくなる」仕掛けを
チームでデザインしていく。
ふとテレビで見た、延命治療に奮闘する患者さんの姿を見て、病気になる前にできることがあるのではと思い、医学部保健学科へ進学した髙橋さん。大学卒業後、最前線で病気の予防に取り組みたいと、地元の横浜市に就職、全国的にも珍しい男性保健師として採用されます。そこで最初に配属された区役所で、髙橋さんは大きな経験をします。自覚症状が比較的少ない糖尿病などを放置した結果、脳梗塞で倒れてしまう住民を多く目にしたのです。「定期的に健診を受けて、生活習慣を改善してください!!」とできる限り伝えてはいましたが、「もっと早く気付いて、予防していればよかった」という患者さんの声は数知れず、とても悔しい思いをしていました。「うまく伝わってはいないのではないか。このままでいいのだろうか」と思うように。なんとかして打開策を見つけたい、もう後悔はしたくないという想いが募り、仕事をしながらの大学院進学を決意。3年間、人が健康になるために必要な情報をどうに扱うか、いわゆるヘルスリテラシーについて研究しました。そこで感じたことは、研究の世界では、本当にたくさんの知見があるのに、行政の現場で活用しきれていないのではないか、そして、自分がその橋渡しができないかということでした。
大学院在学中に配属されていたのは、認知症予防や認知症になっても住みやすい街づくりを進める高齢在宅支援課でした。認知症予防はとても難しい課題ですが、どういう政策をすべきか、国内外を含むさまざまな研究を自分で調べて、まさに実務との橋渡しをしていました。一方で、自分と同じように国内外の研究まで調べている人は周りには少なかったので、「どこまでやるべきなんだろう?」と悶々としていました。もしかしたら、自分が知らないだけで、同じような想いの人がほかにもいるんじゃないか。
そうした時に出会ったのが、海外留学時に学んだナッジの理論を行政の現場に取り入れたかったという津田広和さんと、もともと民間で働いていたこともあり行政職員だってもっともっとワクワクしてもいいと常々思っていた大山紘平さんたちでした。みんな専門性や所属は違うけれども、それぞれの立場でもがいていた仲間8人と、今年2月、横浜市行動デザインチーム『YBiT』を発足。住民の方々が行動を選択しやすい環境をデザインすることで、これまでのような補助金を配るとか、条例で縛るのではない、新しい政策手法として、住民の幸せを達成できるような仕掛けをつくることが目的です。昼休みや終業後を中心に、知見を深めていきました。
自治体の枠組みを超えて
連携を広げる『YBiT』。
ほかの職員と知見を共有し、
市民サービスの向上へ。
動き始めて半年。市だけの取り組みを超えて、国で強力に進めていた環境省とも連携し、今ではナッジに関する知見をまとめ、発信している国際機関であるOECDにも認められるほどの活動に。さらに、第一線で活躍する研究者や政府職員らの外部アドバイザーとの連携も密にすることで、髙橋さんたちも思っていなかったスピードで活動の幅を広げています。今検討しているのは、国内外の知見を参考に、例えば、「健診を受けてください」という通知ではなく、「周りの方々は、これだけ多くの人が受けています」というほうが受けてみようと思いやすいのではと、通知の文言を変更しようとしています。個人として動いていた活動が、組織としての仕事に。住民の人に届けるうえで、組織だからこそできる。その強みも感じた瞬間でした。
もう一つの大きな変化は、どうやったら住民の人がワクワクするかを考えていたら、それを考えているメンバーがワクワクし始めて、楽しく仕事をするようになっていたことです。教職員なども含め横浜市の職員は4万人超。今後は、一人でも多くの職員にこの楽しさを知ってもらうことで、一人ひとりがもともと持っている可能性を最大限引き出すきっかけになれば。そしてそれが、日々の業務の改善、ひいては市民サービスの向上につながると、髙橋さんは確信しています。この取り組みが全国に広がって、もしもっと健診を受けてくれる人が増えたら、何人が脳梗塞などの病気のリスクを早期発見し、健康でいられるか。あの時現場で出合ったような後悔を、日本中で増やしたくない。そういう思いで、髙橋さんは今日も新たな政策のデザインを考えています。
\市長は見た/
市役所から新たな行政モデルを。
『YBiT』チームへ期待すること。
横浜市 林 文子市長
人口減少や高齢化など、深刻化する都市の課題を乗り越え、SDGsが目指す持続可能な都市をつくり出していくためには、組織の枠を超えたチャレンジが不可
欠です。ご紹介いただいた『YBiT』チームは、高いモチベーションと専門性、行動力を持ち合わせたメンバーがそろい、私も期待を寄せています。
人と人との出会いや交流は、新たなイノベーションを生み出し、組織を活性化させます。そして、私たちの働く喜びは、市民の皆様の幸せにつながっています。
横浜の今と未来のために、こうした取り組みを市役所で大いに後押しし、職員一人ひとりがワクワクしながら、やりがいをもってチャレンジできる組織風土をさらに広げていきたいと思います。