空間デザイン、店舗設計、空き家改修など建築デザインを事業の軸にしながらも、捨てられそうな古材に価値を見出して回収し、それらを修繕して再利用するとともに、古民家を自分たちで借りて改修したのちに宿泊施設として運営。さらには木材や農作物など地域の資源を使った商品を開発してパッケージもデザイン、地域のプロダクトとして販売するネットショップまでやってしまう。宮崎県日南市飫肥にある『PAAK DESIGN』の事業内容は、たった5人のスタッフが担当しているとは思えないほどバラエティに富んでいる。しかも、彼らの手掛けた建物やプロダクトに触れると、土地のよさが伝わってきて、飫肥っていいところなんだなあと思えてくる。
「デザインをしすぎてしまうと本質を見逃してしまいがちなので、そうなることなく風土や環境の表情を見てもらいたいんです」。『PAAK DESIGN』代表の鬼束準三さんは、デザインにおいて心掛けていることをそう語る。2014年、故郷である日南市に帰郷した当初は「美しい作品としての建築物をつくりたい」という気持ちにあふれていた。けれども、日南市油津の商店街を活性化する『油津応援団』に参加することになり、初めてまちづくりの現場に携わったことで、その思いは徐々に変わってきた。
「地元の飫肥杉をどうにかしたい」「店をよくしたい」というクライアントの漠然とした要望に、「それってデザインの仕事?」と戸惑うこともあった。それでも思いに応えようと案件に取り組んでいくうちに、「依頼を受けて初めてスタートする仕事に対して、受け身ではなく自ら課題を見つけて、解決策を考えるのがまちづくり」ということに気がついた。自分の地元をデザインでよくしたいという思いから、一歩踏み出すことを決意した鬼束さんは、2017年に『PAAK DESIGN』を設立。伝統的な建物が立ち並ぶ飫肥のまち中に事務所を構えた。
建物とともに、地域循環する仕組みをデザイン。
『PAAK DESIGN』は、「地域資源を扱うデザイン会社」だと鬼束さんは考えている。建物やプロダクトを単体で生み出すのではなく、「眠っている地域資源を発掘して、それらを複合的に組み合わせて新しい価値を生み出し、循環させる仕組みをつくること」、それこそが自分たちの仕事だと思っているからだ。
飫肥に拠点を置いて、地域を魅力的にすることを積極的に考え、古民家改修や内装の仕事を受けているうちに、課題と魅力は表裏一体だと気がついた。
たとえば古材のこと。飫肥は城下町だから築100年を超える建物が多いが、やむなく壊されていく物件も多い。解体現場に行くたび、使い込まれた古材がただのゴミとして捨てられていくのに歯がゆさを感じていた。洗って補修すれば建築資材として十分に使えるばかりか、長い年月を帯びたからこその風合いが価値になる。そう確信した鬼束さんは、解体現場に行くたび、古材や古道具をストック。空間デザインなどの依頼でそれらを使用することで、古いものに魅力と価値を感じる人を増やしてきた。
さらに『PAAK DESIGN』は、もう一歩を踏み込んでいった。たとえば2020年3月に開業した宿泊施設『Nazuna 飫肥 城下町温泉』では、建物や空間に地域の特色を入れ込んで設計したほか、施設内で利用する花器や器などに、地域資源である飫肥杉を利用。自らその空間に合う新しいプロダクトをデザインした。また建物内にとどまらず、城下町の活性化を考えて宿泊客にまちを周遊してもらう「6つの施策」を当時、日南市クリエイティブ専門官の山野さんと共同で取り組んだ。
そのひとつが「商家札」だ。地域にある商店の魅力を記したカードを「商家札」としてロビーの壁に並べ、気になるカードを手に取って、それらの店々を巡りたくなる仕掛けをつくった。そのほか、その商店の軒先にサインとして提灯をつくったり、まち歩きがしやすいよう飫肥杉を使った街路灯をつくったり、新名物となるお土産を開発したりと、少しずつまち全体を巻き込んでいる。
プレーヤー目線で、地域資源を複合的に組み合わせていく。
2021年3月には『PAAK DESIGN』初となるサブリース事業として、宿泊施設の改修・運営を行う『PAAK Hotel犀』をオープンする予定。サブリース事業とは、オーナーから物件を借り受けて改修し、地域が必要とする機能をもつ施設として運営していく事業だが、まずは自分たちがやってみようと、鬼束さん個人が古民家を購入して『PAAK DESIGN』にサブリースする形でスタートした。
「悩んでいる人に対してアドバイスをするばかりだと説得力がないので、自分も依頼主側に立ってみることにしました。自分の資金を使ってやることで初めて感じられることもあると思うので」という鬼束さんは、宿泊施設の運営だけでなく、施設内の庭のデザインにも挑戦。楽しそうに瞳を輝かす。
地域の遊休資源の活用にも積極的だ。ストックしている古材を使ってコースターやアクセサリーなどの製作を、デザインから加工までを自分たちの手で行っている。「いい素材はあるのだけど、なにかが欠けていてうまく回っていかないということが地域ではよくあります。取り組んでくれる適切な事業者をひたすら探すというより、まずは自分たちでやってみて小さな循環を促すようにしています」と鬼束さんは言う。
さらに2020年6月には、自社で運営するオンラインショップ『PAAK supply』も立ち上げた。「コロナ禍でなにもできないなか、モノをとおして地域の魅力を伝え、ほかの地域で暮らす消費者や事業者との接点をつくりたいという思いがありました。うち一社だけだと限定的になりすぎるので、ほかの事業者にも声を掛けて、九州南部エリアという面として発信することに。産直とセレクトショップの中間くらいの立ち位置で、受注から発送までのオペレーションの仕組みも一緒に考えました」。
現在は、出荷できないレモンなど規格外品の柑橘を使ったクラフト・コーラも開発中。「デザインでできることを見せることで、何かできるかも、というイメージをもってもらいたい。こうしてゆるりと牽引することで、自分もやってみようと思う人を増やしたいと思っています」と、一言ずつ噛みしめるように鬼束さんは言う。
地域と呼応しながら次々と「新しい一歩」を踏み出していく『PAAK DESIGN』。彼らが手掛けるデザインを改めて見てみると、地域の風土や表情とともに、瞳を輝かせながら取り組むスタッフたちの表情も感じられる気がした。