
静岡県島田市、大井川のほとりに広がる「川越街道」。江戸時代、旅人が川を渡るために「川札」を購入した場所、それが『川会所(かわがいしょ)』です。
今回、この歴史的な文化遺産をもともとあった場所へと移築するための「解体現場」という、普段は見ることのできない舞台裏を覗かせていただきました。
旅人の拠点から、学び舎へ。建物のたどった数奇な運命

この川会所、実はとてもおもしろい歴史を持っています。江戸時代、大井川に橋がなかった頃は川越しの拠点として賑わっていましたが、明治に入り橋が架かると、その役目を終えることになりました。
しかし、建物はそこで終わりませんでした。ある時期には「小学校」として使われ、子どもたちの成長を見守っていたこともあるそうです。解体現場の柱には、当時押されたと思われる印が今も残っています。
時代の変化に合わせて場所を転々とし、役割を変えながらも、地域の人々に大切に引き継がれてきた建物。それがこの度、ようやく「本来あった場所」へと戻ることになり、移設工事が始まったのです。
江戸の職人と、現代の研究者が対話する場所

現場では、工事を担当する建設会社の方と、文化財保存を専門とする先生にお話を伺いました。そこで目にしたのは、以前見学した「病院の建設現場」とは全く異なる世界でした。
最新の病院建設といえば、最先端の資材を使い、耐震・免震を徹底し、「いかに便利で、快適で、長く安全に使えるか」を追求する、いわば現代技術の結晶です。
一方、川会所の移築現場で行われていたのは、「江戸時代の知恵との対話」でした。
柱の一本一本を確認すると、当時の大工さんが残した墨書きの跡や、後から使われた時代の痕跡が見つかります。その一つひとつから、「なぜここをこう加工したのか」を推察していく。それはまるで、数百年という時間を超えたコミュニケーションのようでした。
「わからない」を、そのまま未来へ託す勇気

特に驚いたのは、文化遺産を守るための「引き算」の考え方です。
現代の建築は、すべてに理由と正解を求めます。しかし、文化財の移築においては、「現代の技術で解明できないものは、あえてそのまま残す」という選択をすることがあるそうです。
「いま無理に解き明かそうとして壊すのではなく、そのままの形で後世に託す。そうすれば、いつか技術が進んだ未来の人たちが、その謎を解いてくれるかもしれないから」
その言葉を聞いたとき、胸が熱くなりました。現代の価値観ですべてを塗り替えるのではなく、あえて「余白」を残して未来にバトンをつなぐ。それもまた、立派な建築の、そして文化のあり方なのだと。
「知らない」が「楽しい」に変わる瞬間

これまでは歴史や建築に触れる機会があまりなく、どこか遠い世界のことに感じていました。けれど、こうして二つの全く異なる「建築」の現場を同時に知ることで、私の世界はパッと明るく、おもしろいものに変わりました。
- 新しい技術で、私たちの「今」を守る建築。
- 昔の技術を、解明できない謎や歴史の痕跡ごと守る建築。
どちらが優れているわけではなく、どちらも「誰かの未来」を想う気持ちは同じ。それぞれが本当に素晴らしく、尊いものだと感じました。
「新しいことを知る」というのは、単なる知識のアップデートではありません。今まで自分の中にあった景色に新しい視点が加わり、心が動かされる。それこそが、本当の意味での「学ぶ」ということなのだと、川会所の古い柱が教えてくれた気がします。
島田市の歴史が詰まったこの場所。ぜひ、たくさんの方にこの不思議で温かい「建築のバトン」の物語を知ってもらえたら嬉しいです。












