この夏から、古い民家で暮らし始めた。最初に建てられたのは100年ほど前だと聞いているが、何度か改修され、キッチンや風呂場は比較的快適である。一番大きく面積をとっているのが中央の畳の部屋というのが昔ならでは。かつてはここに仏壇と神棚が祀られ、親族の集まりの場となっていた。生活を始めてから、家は急激に輝き始めた。掃除をしたから当然といえば当然だが、空気の濁りはなくなり、フローリングや畳も艶が出て、まさしく「家が喜んでいる」感じがあった。
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人が住むと家は輝き始める
「なるべくたくさんの人の手で掃除するといいよ」。そう教えてくれたのは、茶室の庭の手入れを専門としている庭師さんだ。畳の手入れは、ごみをほうきで払い、雑巾で乾拭きするだけのシンプルな方法でOK。そうやって摩擦を起こすことが大事で、できればいろんな人の手で拭くといいという。人が住み始めるとなぜ家は輝き始めるのか。庭師の彼に聞いた話によると、この現象は”微生物のはたらき”で説明がつくらしい。詳しいことはわからないが、家に棲みついた微生物が、人がやってきたことを認識し動き始めるというのである。「いろんな人の手で」というのも、菌の関係。「となりのトトロ」で描かれている「まっくろくろすけ」は、本当に実在しているのかもしれない。
昔の人は、なにを感じとってこのような営みを続けてきたのだろう? そこに科学的立証はなくても、「こうするといい」という確かな実感があったにちがいない。
荒物屋にアンテナをはる
畳の手入れと正面から向き合った時、最初に必要としたのは「ほうき」だ。畳に掃除機をかけるというのは滑稽な気分である。せっかくならホームセンターではなく荒物屋さんで素敵なほうきに出合いたいと思い探し始めたのだが、グーグルマップはもとより、なかなか情報が見当たらない。小さな商店街を歩いたり、京都に行った時に専門店を訪れるなどして、荒物屋探しの日々が続いた。普段ならネットやホームセンターで簡単に見つけてしまうので、思わず楽しいフィールドワークになった。
天然素材感のある生活道具はとても美しく、触っていて心地いい。座敷ほうきをメインに、障子のサッシのほこりを取るミニほうきを手に入れた。目下探しているのは、フローリングや畳の仕上げに掃くと艶がでるという「棕櫚(しゅろ)のほうき」である。品質はまちまちなのでじっくり吟味するべきとのこと。聞けば、和歌山でよい棕櫚のほうきが作られているらしい。地域の手仕事を発見できるのも喜びの一つである。
環境にやさしい昔の家
こうしてみると、掃除機はなくても困らないことに気づく。カーペットや布団用の掃除機も、きちんと洗濯したり天日干ししたりすれば、不要になるのだろう。「面倒くさい」と思えばそれまでの話だが、昔の暮らしと今の暮らし、一体どちらが面倒なのだろう?と考える。便利になったようで、エネルギーを余計に消費しているなと思うことは多々ある。たとえば新築の家屋は密閉されていて、最近は24時間換気が多い。寒さ暑さ対策にはなるが、自然の空気循環がない。古い家は冬は非常に寒いが、あらゆるところに隙間が作られているため、窓を閉め切っていてもどこか風通しがよく夏は涼しい。襖・障子・ガラス戸のサイズが同じため、入れ替えることで日光の調整もできる。
これらのことは、暮らして、手入れをして初めてわかったこと。時が経ち、日々が重なるほどに家は朽ちていくだろうけれど、愛着をもって育てる気持ちを大事にしたいと思う。「あたりまえ」が変わる新鮮さを糧に……。
文・写真:あおのり