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連載 | 発酵文化人類学

パンの歴史に見る、主食パラダイムの相違

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 発酵の起源はグルメではなくサバイバル。ワインを「砂漠における安全な飲料」とするなら、パンは「痩せた土地における合理的なカロリー供給源」と言うことができます。ということで今回はパンのルーツを深掘りしてみるぜ!

目次

粒食と粉食

 東アジアにおける主要なカロリー源=主食はコメです。温暖で水の豊富な気候に稲の栽培がマッチし、しかも面積あたりにおける生産効率がものすごくいい。東アジアにおける人口密度の高さは稲の生産性のあらわれです。対してユーラシア大陸中東以西の主食の筆頭はムギ。乾燥して水の少ない痩せた土地で再現性を持って栽培しやすい作物だったんですね。コメと比較すると、ムギは①面積あたりの生産効率が悪い、②食べやすくするのに手間がかかるという2つのデメリットを抱えています。

 コメを食べて栄養を摂取するためには外側の籾殻を脱穀して、粒のまま煮るか蒸すかすると玄米として美味しく食べることができます(さらに表面の糠を削ると白米としてより消化しやすくなる)。ムギをコメと同じように加工しようとすると、脱穀した時点で中身が砕けてしまい、粒状のまま調理できない。そこで中身を外殻ごと挽いて、ふるいにかけて中身の栄養部分を粉にして取り出す必要があり、さらにその粉を何かしら食べやすい形状の固形物に調理しなければいけません。これがパンの起源なのですね。粒状のコメと粉状のムギ。植物の特性が、主食の文化を東西に分かつことになったのですね。

ムギの短所が文化を生んだ

 粉状にして取り出したムギの中身を水で練ったものを焼いた食べもの。これが考えられるかぎり最も広義のパンの定義です(ちなみにムギを練ったものを延ばして茹でたのがパスタやうどん)。そのなかで僕たちが一般にイメージするパンの定義は、ムギの粉を練ったものを「酵母によって発酵させ」「オーブンで全方位から熱を加えて焼き上げた」ものと言うことができるでしょう。前者で言えば、チャパティやフラットブレッドのように鉄板でクレープのように焼いたものは広義のパンで、窯焼きのバゲットが狭義のパン。で、話を狭義のパンに絞って進めていくとだな。挽いてふるいにかけて練って発酵させて窯焼きして……とご飯の何倍も手間をかけて調理する理由は、単に美味しいというよりは、子どもや老人でも食べやすくするという理由があります。今は品種改良された小麦の粉が簡単に手に入りますが、昔は小麦粉どころかめちゃ粗挽きのライ麦の粉しか収穫できない土地もあったわけです。それをなんとかふっくらと軟らかくするために発酵の力が必要だったんですね。パンのふっくら感は酵母のおならであるガス、香ばしい匂いは酵母のつくるアルコールや香気成分のおかげです。

 そしてだな。パンはご飯よりも圧倒的に水分が少ないので、それだけ食べていると口のなかがパサパサしてくる。だから何かを飲みながら食べないといけない。これがワイン文化の発達と密接に関わっているんだな。そして味が淡泊なので、スープや肉類、チーズなどと組み合わせて食べるコース文化の発達の原動力にもなるわけさ。もちもちしていてそれだけでいっぱい食べられるコメに比べると、ムギからつくるパンには短所がありすぎる。しかしその短所こそが西の食文化を形成する原動力になっていったわけです。次回も引き続きパンのお話!

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