福岡伸一ハカセが行く発酵の現場。 生命の流れの中で食べ物をいただくということ。

福岡伸一ハカセが行く発酵の現場。 生命の流れの中で食べ物をいただくということ。

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2022.02.05

2025年に創業400年を迎える、栃木県宇都宮市の老舗味噌蔵『青源味噌』の21年5月に移転した新しい味噌製造工場を、生物学者の福岡伸一さんが見学しました。味噌や甘酒に含まれる麹菌や乳酸菌といった微生物を殺菌せずに生きたまま食べることの価値や、本来の食のあり方を、代表の青木敬信さんと福岡ハカセが語り合いました。

photographs by Masaru Suzuki text by Kentaro Matsui
※新型コロナウイルス感染症拡大防止策を行い、取材をしています。写真撮影時などにマスクを外しています。

焼け残った味噌を種味噌に、『青源味噌』の味を継承。

青木敬信(以下、青木) 『青源味噌』の味噌づくりの工程をご覧いただきました。いかがでしたか?

福岡伸一(以下、福岡) 味噌づくりを間近で見学したのは初めてです。必要な量をていねいにつくられている印象でした。こちらに工場を移転されたことで変わった部分はありますか?

青木 例えば、麹菌は大豆を潰してから混ぜるか、混ぜてから大豆を潰すか、潰し方も大きく潰すか、小さく潰すかなど、機械も環境も変わりましたから、仕上がりの様子を見て工夫しながらつくっています。

麹菌や乳酸菌を生きたまま食べることや、発酵させて食べることの価値を語り合った。
工場の2階のガラス窓から、大豆に麹を混ぜて発酵させる工程を見学する福岡ハカセ。
青木さんの案内で味噌の製造工場を見学する福岡ハカセ。蒸し上がった栃木県産大豆を取り出し、麹菌と混ぜ、発酵させる。

福岡 科学の実験もそうです。研究室が変われば、同じ方法で行っているのにうまく再現できないことがあります。生き物を相手にする実験は非常にセンシティブ。味噌づくりも麹菌をはじめ多様な菌を相手に行うものですから、相当なご苦労があると思います。

青木 江戸初期の1625年から創業の地で味噌づくりを続けてきました。ただ、建物は戊辰戦争(ぼしんせんそう)や大東亜戦争の戦災で焼失しました。父から聞いた話ですが、大東亜戦争で建物が焼けた後、軍隊から戻ってきて蔵に向かうと、大きな山のような塊が焼け跡に点在していたそうです。見ると、木桶に仕込んでいた味噌でした。真っ黒に焦げていた味噌の塊を手で少し掘ると、中は燃えておらず味噌として食べられました。それが、戦後の『青源味噌』を再建するための種味噌になりました。今年、移転して新しくなった工場でも、前の蔵で仕込んだ味噌を種味噌として補充しながら仕込み、『青源味噌』の味を受け継いでいます。

工場のエントランスには、移転前の蔵にあった作業着や金庫を展示。再現した蔵の扉を前に、青木さんが『青源味噌』の歴史を語る。

福岡 味噌の中で『青源味噌』の麹菌が生き続けているわけですね。

青木 はい。ご存じのとおり、麹菌は2つの大きな特徴を持ったカビの一種です。工場でご覧いただいたように、蒸したお米に麹菌をつけ、40時間ほどかけて培養したものが米麹です。麹菌の特徴の1つは、食べられるということ。普通、食べ物にカビが生えたら捨ててしまいますが、麹菌は食べられます。もう1つは、強力な酵素を持っているということ。酵素がお米に含まれるデンプンを分解して糖に変え、大豆に含まれるタンパク質を分解してアミノ酸に変えてくれます。

福岡 カビは最強の分解者。乳酸菌や酵母は強い酵素を持っていないので、お米や大豆をおいしくするにはカビである麹菌の力が不可欠です。

元々は蔵の壁や梁に付着していた乳酸菌「ペディオコッカス・アシディラクティシーAS19」を顕微鏡で覗く福岡ハカセ。シャーレで培養も。

青木 カビを食品の加工に使おうなんて、人類の素晴らしい知恵。発酵は豊かな食文化です。福岡さん、その知恵の一つである甘酒をどうぞ。

福岡 ありがとうございます。

青木 『青源味噌』では味噌のほかにも、味噌だれで食べる餃子や甘酒を販売していますが、こちらは『発酵専門店 青源本店』で提供している生の甘酒です。加熱殺菌処理をしていないので、菌や酵素などの微生物がそのまま生きています。昔、おばあちゃんがつくってくれた甘酒はこういうもの。早く飲まないと発酵が進んで酸っぱくなったりしたものです。

福岡 旬という言葉がありますが、上旬、中旬、下旬というように、旬の食材がもっともおいしく食べられるのは10日間ほど。それを過ぎると旬ではなくなり、さらに季節が変われば店で見かけなくなり、次の年に食べることを楽しみにします。そんな自然とともにある食の感覚を、この生の甘酒が思い出させてくれます。

取材日は小雨が降り肌寒い天候で、ほんのり甘い甘酒が体に染み入った。砂糖は使っていないとのことだが、癖のないしっかりとした甘みが口に広がる。

食べ物を生で、あるいは、発酵させて食べる価値。

青木 『青源味噌』でも加熱殺菌処理をした甘酒も販売しているので言うのも何ですが、加熱殺菌処理をして微生物や酵素の数を抑えたいわば発酵済加工食品というべきものが世の中に増えてきています。味噌でさえそうです。けれども、発酵食品を食べる価値は、生きているものを食べることにあると思います。その価値を見直そうと、こんなことも行っています。これは「味噌玉」という、味噌を丸めて具材を添えたものです。お椀に入れて、お湯を注ぐと味噌汁になります。商品ではなく、『発酵専門店 青源本店』で開催している「味噌玉教室」で参加者と一緒につくっているもので、こうしたものを弁当と一緒に会社に持っていき、ランチに生の味噌汁を食べていただきたいですね。殺菌したインスタント味噌汁とは違う本来の発酵食品の味わいが楽しめるはず。

福岡 可愛らしいですね、いろいろなバリエーションがあって。おすすめの味噌玉はどれですか?

青木 私はアオサ海苔とエビの味噌玉が好きです。

福岡 それをいただきます。あ、おいしい。塩辛くなく、とてもやさしい味です。

味噌玉をお椀に入れて、お湯を注げばおいしい生の味噌汁に。アオサ海苔とエビの味噌玉に舌鼓をうつ福岡ハカセ。

青木 ありがとうございます。すべての動物は食べ物を生のまま食べますが、人間だけが煮る、焼くなど加工し、菌の数を減らして食べます。さらに文明が進歩した今では、殺菌処理によって半年前に炊いた真空パックのご飯や、1年前につくったレトルトのカレーも食べられるようになりました。

もう一つの人間だけの食べ方が、発酵させる食べ方です。煮たり、焼いたりすることで失われる微生物や酵素を補完します。これら、「生、調理、発酵」という3つの方法で人類は食べ物を食べてきたのですが、殺菌して食べることが日常化している今、食べ物を生で、あるいは発酵させて食べる価値が高まっているように思います。

福岡 人類はいかに安定的に食料を確保するかを課題にして生きてきた中で、食べ物を保存するための技術を磨いてきました。煮る、焼くことによって加熱殺菌したり、燻製など干して水分を飛ばすことで長持ちさせたり、塩漬けや砂糖漬けは浸透圧で水分を出すことで保存力を高めています。発酵も保存技術の代表的な方法です。ただ、現代は保存や加工技術があまりにも進歩しすぎたため、青木さんのおっしゃるとおりレトルトカレーなどは1年経っても食べられます。食べ物は時間の流れとともに変化していくのが当たり前なのに、レトルトパックすることで時間を止められるようになったのです。

私たちは日々、時間の流れの中で生きています。その流れの中で、人間の体は絶えず分解と合成、つまり、細胞を壊すこととつくることを繰り返しながら動的平衡を保っています。動的平衡を保つための材料となるのは、他の生き物の生命です。生命は常に動いています。食べ物も時間とともに動いています。その食べ頃を見極め、いちばんおいしく食べることで食文化が発達していったのだと思います。

青木 時間を止めた食べ物が大量に流通し、1年中いつ食べても同じ味がする均一な食べ物に価値があるとも言われていますが、本来はそういうものではないはずです。生命と同じように、その源である食べ物も常に動き、変化しています。ピタッと止まっていることが好ましいという風潮には疑問を抱きます。

福岡 いつでもどこでも同じものを食べられるようにすることが品質管理だと、つくるほうも、食べるほうも思ってしまっているのが大きな間違いです。生命を機械論的に捉えすぎたゆえに、食べ物も均一なものを求めがちになっているのかもしれません。ただ、大量生産、大量消費の経済合理性が追求されてきた一方で、本来の食べ物の味わい方を暮らしに取り入れたいという消費者も増えているのではないでしょうか。

『青源味噌』では味噌はもちろんのこと、植物性乳酸発酵飲料「pedio」や「本格あまざけ」、餃子につける味噌だれ「餃子の達人」など、多彩な商品を製造・販売している。

生きたまま腸に届く乳酸菌は、「もの言わぬ小さな仲間」。

青木 はい。そういう方々に向けて、「pedio(ペディオ)」という新商品をつくりました。以前、発酵食のランチが食べられるレストランを運営していたのですが、お客様にウエルカムドリンクとして生の甘酒をご提供したところ、「酸味があっておいしい」「お腹の調子がよくなった」「販売してほしい」というお声をいただいたのですが、なぜこういう味わいになるのか、効果が出るのか、わからないままお売りすることもできませんでした。そこで、宇都宮大学と共同研究を行い、DNAを調べると、おいしさの正体が「ペディオコッカス・アシディラクティシーAS19」という植物性乳酸菌だということが判明しました。『青源味噌』の味噌蔵の壁や梁に昔から棲みつき、味噌や甘酒の中に入り込んでいたようです。味噌に入り込むということは耐塩性のある頑丈な乳酸菌なので、胃酸に死滅させられにくく、腸まで届くという機能性もありそうだと、クラウドファンディングで応援をいただきながら商品化することができました。発酵食品のあり方として、生きた微生物が含まれたまま食べたり、飲んだりすることが本来ではないかと考え、たくさんの生きた乳酸菌を腸に届けるために、発酵後に加熱殺菌処理を行わず、冷凍で配送しています。

福岡 それは生物学的にも意味があることだと思います。生きた乳酸菌などの微生物を消化管に届けることは、それ自体が腸内細菌として補給されることもありますし、既存の腸内細菌コロニーを刺激することによって、整腸効果をもたらすことが考えられます。近年の研究では、腸内細菌が身体の免疫系や代謝系に有益な働きかけをしていることがどんどんわかってきています。

青木 長い間ずっと、私たちの「もの言わぬ小さな仲間」として一緒に過ごし、働いてきた乳酸菌です。ぜひ、多くの方に飲んでいただきたいです。

クラウドファンディングで商品化した植物性乳酸発酵飲料「pedio」

福岡 今日の対談でたくさんの菌が体内に入り、健康になれそうな気がします。では、私もいただきます。

JR宇都宮駅前に置かれている餃子像の前で。宇都宮は餃子のまち。『青源味噌』は宇都宮が餃子の街として有名になる前から、持ち帰り餃子を発売し、餃子の発展にいち早く取り組んだ企業でもある。青木社長が「餃子の青源として認識している宇都宮市民もいるかも」とおっしゃるほど知られている。“味噌だれ”で食べる餃子やゆず餃子、水餃子などを販売。JR宇都宮駅ビルにある飲食店『味噌と餃子の店 青源 パセオ店』で“味噌だれ”で餃子を食べた福岡ハカセ。「さっぱりしていておいしいです」。

青源味噌オフィシャルECサイト:https://aogen-store.com/