「消滅可能性都市」にも挙げられた北海道・上士幌町。その後、「ふるさと納税」の財源を活かし、斬新な政策でV字発展を遂げています。人生100年時代を迎えるなか、町民とともに町を元気にする方法を考えようと「生涯活躍 かみしほろ塾」が開講されました。さまざまな分野のトップランナーが講師となった塾の模様をレポートします。
町の未来をみんなで考え、つくっていく。
人口減少、経済縮小のなか、町をどう維持するか。
北海道・十勝管内の上士幌町。
5年前、「消滅可能性都市」の一つに数えられたが、ここにきてふるさと納税を追い風に再生へと転じた。財源を活かし、全国初となる保育園無料化など、斬新な政策を次々と敢行し、同町は地方創生のフロントランナーとして挑戦を続けている。
その政策の一つに「生涯活躍 かみしほろ塾」(年間で3期開催)がある。町を元気にすることにつなげる独自の試みだ。「町の活性化」というと、ほとんどが経済実績を問われるが、この塾の目的は町民が生涯活躍していくための意識向上を図り、ひいては町全体の元気につなげていくことにある。
「日本では今、少子高齢化の流れの中で人口減少は避けられず、それに伴って経済は縮小し、町の維持そのものが問われている。そんな現状とどのように向き合っていくかを学んでいただけたらと思う」と、同町の竹中貢町長があいさつで語った。
今年度の総合テーマは「新たな自分探しとふるさと再発見」で、第1期(7月27日・28日)は「人生100年時代を元気に生きるために」と題し、6名の錚々たる講師陣のもとに、延べ400名余りの受講生が会場となった『上士幌町山村開発センター』に集まった。
まず講演の口火を切ったのは、内閣審議官で地方創生統括官を務める稲山博司氏だ。次期の地方創生に向けた現状を分析し、これからの基本的な考え方や方針を示したが、なかでも興味深かったのは女性や高齢者、障がい者、外国人ら、誰もが活躍できる地域社会の実現に重点を置くという視点だ。政府の地方創生のキーマンが、直に上士幌町で発信した意義は大きい。
「地方創生は自分の課題と考えていただきたい。息の長い取り組みが必要だ」とまとめた。
日本の医療費は、毎年、約1兆円ずつ増えている。
続いて登壇したのは参議院議員でJOC副会長、アルベールビル五輪・スピードスケート銅メダリストの橋本聖子氏だ。自身の経験を踏まえて「スポーツを通じた人材育成と健康街づくり」を語ったが、7度のオリンピック出場経験者ゆえに、頑強な肉体に恵まれていたかというとそうではなく、急性腎臓病にB型肝炎、ストレス性呼吸不全症など、重篤な病との闘いの日々で、生死をさまよったこともあったという。それでも諦めず、投薬治療はドーピングに引っかかると、肺活量が2500ミリリットル(成人女性の平均は約3000ミリリットル)まで落ちているのに高地トレーニングに挑み、結果、オリンピック出場を果たした。
「スポーツから医療を見る貴重な経験だった。最初から病気とどう取り組むかではなく、病気にならない予防の大切さを教えられた。日本の医療費は毎年約1兆円ずつ増えており、このまま、どのように次世代に受け継ぐのか?」。日本の将来を憂うると同時に、「心身共に良質な環境をつくることが健康につながる。健康寿命を延ばし、活力ある健康社会を築くことが今後の政策課題だ」と指摘した。
ヨーロッパでは健康を維持するためにスポーツをし、スポーツ自体が日常生活に溶け込んでいるという。彼女の体験談と提案に受講者の背筋が伸びたに違いない。
続く講師は「ドーハの悲劇」(1993年、サッカーW杯初出場をかけたアジア最終予選の対イラク戦で、日本は試合終了直前にまさかのゴールを許してしまって念願叶わず、日本中が悲嘆にくれた)の試合で、サッカー日本代表主将を務めた柱谷哲二氏だ。日本サッカー界がドン底から再興に向けた話に、誰もが魂を揺さぶられ、涙を誘われていた。
「あれだけ泣いたのは人生で初めて。『嘘だろ? こんなことがあっていいのか?』と、現実を受け入れられなかった。それでもキャプテンの最後の仕事としてサポーターに感謝を伝えるために歩き始めたら、泣き崩れていた仲間もついてきてくれた。ロッカールームに戻っても大の男たちが号泣。ただ、その当時からゴミ一つ残さずきれいに掃除することは忘れなかった」
その後もしばらくなかなか立ち直れずにいたというが、「この責任のとり方は、Jリーグで素晴らしいプレーを子どもたちに見せることだ」と、みんなで誓い合ったという。以後、日本は6回連続でW杯出場。彼
の熱い話は人生100年時代を生きる受講生の元気の素になっただろう。
健康を「守る」から「攻める」へ。
2日目となった28日も名だたる顔ぶれが登壇したが、なぜ十勝の山間の町にまで来てくれたのだろう?
受講者の一人で、北海道副知事・中野祐介氏は、「上士幌町には可能性があるから」と話していた。
また、NHKで放映中の連続テレビ小説『なつぞら』の舞台の一つが十勝ということも追い風になっているか。かつて、その連続テレビ小説の『おしん』で少女時代を演じた女優の小林綾子氏が、『なつぞら』では開拓民の母親役として36年ぶりに登場したが、上士幌町にもやって来た。『おしん』と『なつぞら』の名シーンのスライドを交えながらのエピソードの数々に、会場は興奮に包まれた。
「『おしん』は世界80か国以上で放送されました。いろいろな国を訪ね、たくさんの出会いをし、『生きる力になった』と喜んでいただいたりと、私にとって原点となる大切な宝です。(『おしん』の脚本家である)橋田(壽賀子)先生が『何でも手に入る時代だが、何か大切なものを忘れている。人を思いやる気持ちや優しさ、生きていくうえで大切なものに気づいてほしい』とおっしゃっていますが、それが『おしん』からのメッセージだったと思います」と語った。塾ではこうした人としての生きざまも隠されたテーマである。
「この中に『認知症』の方はいらっしゃいますか? では、認知症になりたい人は? なりたくない人は?」
会場に対してそんな問いかけで話を始めたのは、介護福祉士の和田行男氏だ。「誰もが最期まで人生の主人公であるために──認知症という生き方」をテーマに、現場の声を教えてくれた。「なりたくなくてもなる、なりたくてもなれないのが認知症だ」と、まだメカニズムがほとんど解明されていない認知症とどう向き合うかをユニークに語った。
「一生懸命に生きている人を、一生懸命に生きている人が支えていく社会が大切で、認知症になっても活躍できる場は必要。介護施設に閉じ込めていては何も変わらない」。超高齢化社会を迎え、介護を考えるうえで貴重な提案を投げかけた。
最後を締めくくったのは冒険家の三浦雄一郎氏だ。60歳を過ぎて3度のエベレスト登頂、今年1月には南米大陸最高峰のアコンカグア(標高6961メートル)に挑戦するも、体調不良で勇気ある撤退を余儀なくされたが、86歳にしていまだ頂を見続けている。
「これまで世界の山々を滑って、転んで、登ってきた。気がつけば七大陸を制覇していた。そもそも57歳の時、狭心症の発作に高血圧、糖尿病……と、医者から『生きているのが不思議だ』と言われた。それから体力回復と体質改善に努め、エベレスト登頂を考えたが、5年経っても500メートルの山も満足に登れなかった」
三浦氏は自身を、「無責任な楽天家」と言い、「なんとかなるだろう」と、背中や足首に重りをつけて鍛え、本当にエベレストに登ってしまった。
「健康を守るというが、『攻め』もあるのではないか」と、この言葉がエベレストに誘ったということか。
1月にアコンカグアを断念し、さすがにもう潮時かと思いきや、「ジョージ・マロリーは『そこに山があるから』と挑戦を続けたが、私は、『そこに歳があるから』だ」
「人生100年時代を元気に生きるために」を締めくくるに十二分な登壇だった。
さて、町民の意識はどれだけ向上したか。今後、どう活かされていくか、上士幌町から目が離せない。