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連載 | 発酵文化人類学

国づくりはキッチンで? 味噌の「噌」の字の謎

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前回の「酉」に続いて古代アジアの漢字の話。発酵にまつわる漢字のなかでひときわ異彩を放つのが味噌の「噌」の文字。中国では全く別の意味を持ち、日本においても熟語で使われるのは味噌のみ。この謎の漢字の由来はいかに?

目次

噌=にぎやかにするもの

「噌」の文字の語源を分解してみましょう。右側は、鍋の上に載った蒸し器から蒸気が出ている様子。左側が口です。「なるほど。大豆を蒸したものを食べるということだね!」と思うじゃないですか。でも違うんですよ。中国で成立した「噌」の意味は「にぎやか、やかましいさま(声)」なんですね。右側の水蒸気は沸き立つテンション、左側の口は議論する口。つまり複数人が集まってテンション高く議論するさまを表しているのだよ。6世紀に成立した中国の字典『玉篇』では、巷にあふれる人々の話し声として解説されています。

料理人が政治を司った古代中国の世界

味噌は今のようなレシピが成立する前の黎明期には未醤(醤油になる手前のもの)と書かれていたようです。そこに「噌」という字の音を当てて日本的な味噌の熟語が成立しました。調味料なので「味をにぎやかにする」という意味にも取れなくない。

なんですけど、僕にはこの「噌」の文字にもっと深いイメージが隠されているように思えるんですね。古代中国において、料理と社会のには強い結びつきがあります。

政治を取り仕切る者を意味する「宰」の字をひもとくと「家の下で包丁を振るう人」という起源が出てきます。肉や魚を無駄なく切り分けて、みんなに適切に分配する技術が古代中国における国づくりの基本でした。最古の王朝である殷の宰相・伊尹はまた天下の料理人であることが知られています。当時の政治の現場を想像してみると、キッチンで料理をしながら国づくりの議論をしているなんともにぎやかな景色が見えてくるようです。

蒸し器から水蒸気が噴き出す音や、食べ物を刻む包丁の音と人々が口角泡を飛ばして議論する声が入り乱れる様はさぞかし「噌(にぎやか)」だったのであろうよ……!

蒸す=質的転換

もう一個注目したいポイント、それは「蒸す」という行為に重ねられたイメージです。「噌」の右側は、蒸し器の原型である(穀物を蒸すための大型土器)です。日本各地にはこの甑を祀った神社がけっこうあるんですね。なぜ霊的なものと蒸し器が結びつくのか?

万物が生成される働きを意味する「むすひ(び)」という古語に当てられる漢字は一般的には「」ですが、実は「蒸す」という当て方もあります。古代において「蒸す」は、死んだ植物や動物(食材)にを加えて美味しい料理に甦らせる特別な行為を意味していたようです。

キッチンと公共の場が結びつき、蒸し器と生命が生まれる場が結びつく。そのにぎやかな場が「噌」という文字の起源に隠されているわけなのですね。

最後にもう一個。全国に蒸し器を祀った神社(通称が甑神社と呼ばれる)が、讃岐や神戸などにいくつもあるのですが、すべて海の神さまに深く関係しているのです。九州の西岸には「甑島」という列島があり、大陸からの渡来人の伝説が残っています。これは穀物を蒸して醸す技術が日本に渡ってきたルートの記憶なのか?  「噌」の文字に秘められた謎は果てしなく深い……!

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