中国雲南省の最南端、ラオスやミャンマー国境近くの自治州・西双版納で受け継がれてきた奥深き発酵茶の文化。前編では、茶葉自体が持っている酵素を引き出した烏龍茶や紅茶の解説をした。後編では、微生物の酵素によって味を引き出す黒茶について掘り下げてみよう。
微生物発酵茶=黒茶
フレッシュで爽やかな香りの日本の緑茶。その対極に位置するのが中国の黒茶だ。カビや細菌類などの発酵作用で何年・何十年も熟成させた、香ばしい香りとコクと渋みの強い複雑極まりない茶のカテゴリー。日々の健康を保つための定番であると同時に、厳選された長期熟成茶は投機の対象になるほどの中国を代表する嗜好品でもある。
代表銘柄は雲南省名産の普洱茶。なのだが、実は、普洱市はお茶の生産地ではない。そこから数十キロほど南に下った西双版納が普洱茶の原産地。普洱は、各生産者がつくった茶を取りまとめてほかの地域に出荷する、いわば農協の共同出荷場のような役割を果たしている。なので、黒茶の生産現場を見たい! と思ったら、普洱ではなく西双版納の勐海などに行くのがオススメ。
黒茶の製法
それでは黒茶(普洱茶)の製法を見ていこう。まず茶葉を摘んで殺青(釜炒り)し、酵素を壊す。その後、茶葉を揉んで天日で乾燥させる。ここまでは緑茶とほぼ同じ。そしてここから茶葉に微生物の作用を加えていくのだが、やり方が2種類ある。一つは「生茶」で、お茶を平べったい餅のようなカタチにパッケージした後、そのまま自然に発酵していくのを待つ。これが数百年続く伝統製法。もう一つが近代になってできた「熟茶」という製法で、乾燥した後の茶葉をまるで麹づくりのようにむしろを巻いて水分を加え、保温し、カビ付けをしていきコンポスト状に発酵を促す。その後、同じく餅状に成形する。つまり、人の手によって発酵をブーストさせ、普通なら何年もかかる熟成期間を何分の一にも縮めるやり方だ。現地のマーケットの様子を見てみると、グレードの高い茶葉は生茶、まあまあの茶葉は熟茶に加工していた。発酵によって茶葉の成分が分解され、もとの茶葉にはない旨みや風味、ビタミン類などが生成されるわけなんだね。
なお、生茶は人工的に種菌をつけていないので微生物ではなく酵素のみの作用ではないか? という説も日本では見かけたが、中国の論文を読んでみると、生茶でも微生物の関与が大事であるとの論旨をたくさん見つけた。
チベットへ渡る茶の道
さて、この摩訶不思議な黒茶。どのように飲まれてきたのかというとだな。基本的には雲南を中心とする少数民族の文化だ。ラオスやタイ、ミャンマー系の山岳民族の茶畑でつくられ、それが「茶馬古道」と呼ばれる街道を通って数千キロ北のチベットまで運ばれていった。黒茶に含まれるタンパク質やミネラル、ビタミン類が農作物の乏しい高地で珍重されたようだ。僕の訪れたチベット族の都・香格里拉ではヤクの乳のバターと西双版納の黒茶を混ぜ合わせた発酵バター茶が、チベット族の人々の健康を保つ食材として大事にされていた。寒い冬に身体を暖め、ビタミン不足を補う。味噌汁椀のような大きな器になみなみと注がれる茶は、はるか数千キロを旅してきた発酵茶のロマンが詰まった素敵な味をしていたよ……!