鹿児島県南さつま市にある『ダイナミックラボ』。運営するのは、一般社団法人『その辺のもので生きる』だ。なんだかおもしろそうな雰囲気が漂うネーミングだが、次世代が安全安心な環境で暮らせるように、自身を養う技術を伝える、真剣な姿がそこにあった。
高度な道具が使える、開かれたラボ。
ファブラボは元々、アメリカのマサチューセッツ工科大学教授による取り組みで、困っている人ほど高度な技術が必要という思想から、インドの農村地区やアメリカ・ボストンの低所得者地域などで2002年から始まった。『ダイナミックラボ』はその思想に基づき、世界の解決すべき課題に目を向けて、廃材や廃物の利用、自然技術の伝承、生態系が豊かになることを目的に運営。また、自然技術の体験ワークショップなども行っている。
1階には、鉄工部屋、デジファブ(デジタルファブリケーション)部屋、国際会議場、図書室&カフェ、プラスチック部屋、元放送室のDJ室がある。鉄工部屋には、高精度の加工に必要な器具類がそろい、基準面となる「定盤」、高さを測定する「ハイトゲージ」、固定具の「マスブロック」のほか、鉄工の必需品が所せましと並ぶ。また、隣のデジファブ室には3Dプリンターや、分厚い板を自由に切れる自作した巨大なレーザーカッターもある。
「ラボにある機材の9割がもらったものです。使わなくなった機械を寄付してくれたり、私が遠方に出かけるついでに引き取ってきたりしました。この鉄工部屋で買ったのは、インパクトドライバーと丸鋸くらいです」とテンダーさんは部屋を見渡した。『ダイナミックラボ』の建物も機材や道具類も、使われなくなったものが生かされている。
経験が重なり合い、ファブラボに行き着いた。
その後、このような自然環境に導いてしまった要因の一つである政治を変える必要があると思い、選挙にて候補者の戦略などのコピーライトやデザインを行うように。そして2016年、テンダーさんに転機が訪れた。鹿児島市内に講演に来ていたITエバンジェリストに今一番ホットな話題を尋ねたところ、“ファブラボ”という答えが返ってきたのだった。「自然を壊さない北米先住民の技術を用いて、これまでと変わらずに環境活動をして、そこに行政も関わることができて、ここでの活動が最新事例として扱われる。これまでの自身の経験や気づきの集合地点がファブラボだと思い、産・学・官の連携が取れるので戦略的にこれを選びました」。
問題の質を変える「プレシャス・プラスチック」。
2016年、このプロジェクトの動画を見たテンダーさんは、プラスチックが今起こしている根本的な問題の質を変えることができるかもしれないと思い、感銘を受けたという。その後すぐに公開されている図面を地元の鉄工所に持ち込み、破砕機と六角タイルの金型を発注。金属加工を得意とする義父から技術を学びつつ射出成形機を自作して、廃プラからのものづくりを始めた。
まちや海岸で拾ったプラスチックごみでつくったタイルをイベントに持っていくと、飛ぶように売れた。まちや海がきれいになって、商品ができて収益にもなると分かり、テンダーさんは研究を続けることに。そして、建材製造に必要な押し出し機を自作して廃プラから角材をつくり、また家庭用アイロンを使い、ペットボトルキャップからアクセサリーをつくる方法も開発。ついには、捨てられたアルミ缶やアルミサッシを溶かして金型をつくるまでになった。2020年には海岸清掃で拾ったアルミ缶から金型をつくり、拾ったプラごみを破砕してその金型に流してバングルをつくることに成功。海岸清掃から収益につなげるモデルに着手できたのだった。
価値を変える仕組みをつくる。
「これまで、私にとってのプラスチックという言葉は、『大量生産』『チープ』『使い捨て』の代名詞でした。ところが、プラスチックの研究を進めるうちに、その語源はギリシヤ語の『プラスティコス』であり、可塑性がある、自由に再成型できるという意味だと知りました。自由に再成型できる素材であれば、そもそも捨てる必要すらありません」とテンダーさん。
価値が見出されなくなったものは捨てられてごみとなるが、アルミから金型を作り、廃プラから新たなプラスチック製品をつくれば、これらは“価値を見出されなくなったもの”ではなくなる。ごみ問題を誰も不幸にせずに解決するには、人々が望んで目の前のごみを拾いたくなったり、そもそも捨てたくないと思えるシステムをつくることではないか。テンダーさんはそう考える一方で、市場にあふれているプラスチック製品を新たにつくり出したところで、構図は何も変わらないことにも気づいた。「世界には今、何が足りていないのか」と問うことが、「プレシャス・プラスチック」の次の段階だろうと、テンダーさんは思っているという。
次世代に向けて教育にも力を入れる。
さらにテンダーさんは今年2月から、多様な背景を持つ人々や多様な価値の存在に寛容な社会をつくることを目指して事業を行う財団『国際文化フォーラム』と、世界中の中学・高校生に向けたオンライン講座「その辺のもので生きる」の企画講師を担当している。アルミ缶を使って金属加工や鋳造について学んだり、3D設計と3Dプリントのやり方を覚えたり。また、雨水タンク、コンポストトイレ、廃プラ製品づくりなどをとおして、技術や構造だけでなく、関連する社会の課題なども併せて学べる内容に。テンダーさんがこれまでにたくさんのものを修理し、廃棄物から機械や道具をつくっていく中で分かったこと、自身ができるようになったことなどを伝える講座になっている。
子どもたちへの伝承に注力する以外にも、世界の水資源の問題に伴って、雨水を貯める文化をオープンソースでシェアできるよう、現在は雨水システムを研究して本を執筆しているというテンダーさん。世界を変え得るモノを淡々と追及していく。