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連載 | 発酵文化人類学

持続可能性を担保するアップサイクル

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発酵によって生み出されるものは、人間の住む環境にも役立つポテンシャルを秘めている。実は浄水や土壌づくりなど、環境工学に微生物の力が広く使われている。下水を微生物によって浄化したり、微生物の働きによって家畜の排泄物を発酵させて堆肥にする。このような技術が、産業のインフラを支えているんだよね。

目次

牛のおしっこが消臭剤に!

ということで、今回は環境技術を活用した発酵についての話をしようではないか。北海道北見市のバイオメーカー『環境大善』。ここの主力商品である「きえ〜る」は微生物の力でつくられる消臭剤だ。本社のある北見は畜産が盛んな地域。日々、大量に廃棄される牛のおしっこは、放っておくと川に流れて環境汚染の恐れがある。そこでその牛のおしっこを畜舎から集めてタンクで何段階も発酵させ、最終的に洗濯物の生乾きのニオイを抑制し、排水溝の詰まりを軽減させる不思議な液体コンポストを開発してしまったんだよ。不快なニオイや水回りのぬめりや詰まりは雑菌によって発生することが多いのだけど、この「きえ〜る」は発酵作用によって雑菌の有害な働きを抑え込むのだそう。

友人の紹介で「きえ〜る」の発酵槽を見学しに行ったら、さまざまな微生物のコロニーや代謝物質による泡が激しく沸き立っていてビックリ! 後日この訪問の様子が、僕の連載の隣ページで書いている徳谷柿次郎さんが編集長のローカルWEBメディア『ジモコロ』の記事になると、謎の発酵消臭剤「きえ〜る」は大ブレーク。北海道・道東の地元を一気に飛び越え、全国から注文が相次ぐ人気商品になっていった。

発酵によるアップサイクル

僕が最初に訪ねた時、「きえ〜る」の仕組みはそれを作っている『環境大善』にもさっぱりわからなかったらしい。さまざまな微生物たちの複雑な作用で、タンパク質をはじめ有機物が分解され、その過程で悪臭を放つ雑菌類の作用が阻害される。しかし具体的にどのような微生物の、どのような作用なのか? それを突き止めるべく、代表の窪之内誠さんが大学の研究室やバイオテクノロジーのファンドと提携して「きえ〜る」の発酵の謎、多種多様な善玉菌が雑菌を抑え込む原理を解き明かす研究が去年から本格的に始まった。

有害廃棄物のはずの牛のおしっこが、石油も合成香料のような添加物も一切使わないお役立ちプロダクトに変わる。有害物質が微生物の作用により役立つものに変わる。この原理が解き明かされ、再現性のある技術としてほかのプロダクトやサービスにも応用することができるようになれば、廃棄するのにお金を払うゴミが、人に役立ってお金を稼げる宝物に変わる超ナイスな産業が生まれてしまう。不用品の再利用=リサイクルではなく、廃棄品の価値の次元の差し替え=アップサイクル。この「価値の次元の差し替え」こそが発酵の真骨頂だ。

何かを我慢したり排除するのではなく、不用なもの、有害なものを役立つものに変換してしまう。小さな生物たちが増殖していくことで、生態系のバランスの崩れを防ぎ、社会の持続性を担保する。「きえ〜る」の中にある、この発酵的な持続可能性は今後の日本社会、とりわけ、ローカル経済を再興させていく時の核になるはずだ。北海道・道東の牧草地から、地球規模の課題を解決する発酵テクノロジーが生まれていく。小さな自然のなかに、とんでもない可能性が眠っている。その力を引き出す鍵こそが発酵なんだよ。

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