写真だからこそ、伝えられることがある。それぞれの写真家にとって、大切に撮り続けている日本のとある地域を、写真と文章で紹介していく連載です。
2013年の夏、生まれ育った兵庫県西宮市から夫と5歳の息子と香川県・小豆島へ。思い立って移り住んだこの島での暮らしも気付けば10年が経ちました。
小豆島には小豆島町、土庄町の2つのまちがあります。島に来て最初に住んだ家は土庄町の中心にあたる地区でした。住み始めてからいろいろな場所へ遊びに行くうちに、今はもう使われていない島の西端の海沿いに立つ『旧・戸形小学校』の存在を知りました。
校舎の窓からは海が見え、その海の上を高松市と小豆島をつなぐフェリーが行き交います。遠くには瀬戸内の島々、お天気のよい日は小さく瀬戸大橋も見え、寒い季節にはそこに夕日が沈んでいく。かつて子どもたちがランドセルを背負って海沿いを歩いて通学している風景は、とても素敵だっただろうなと想像してみたりしつつ、いつも心地よい風が吹いているこの場所が、いつの間にか島の中で私が一番好きな景色になっていました。
この『旧・戸形小学校』のすぐ近くの海岸に春に1か月の間、海の上を泳ぐ鯉のぼりが見られます。1990年から、新入生の成長を願って上げられていたというこの鯉のぼり。閉校になった2005年以降も地域の有志の方によって上げられていて、小豆島の春の風物詩になっています。
最初に見に行ったのは2014年の春。まだ幼かった息子と一緒に海辺で遊びながら眺めたのを覚えています。都会に住んでいたときは、ほとんど鯉のぼりを見ることもなかったので、この景色はとても新鮮でした。
翌年、鯉のぼりをどんな風に上げ始めるのかが気になり、友人から「週末の早朝に地元の人が集まって上げてるよ」と教えてもらい、朝早くから準備を見にいきました。
学校の裏山から沖にある岩礁に立つ支柱にワイヤロープを張って、鯉のぼりを設置する作業。潮が満ちている時は小さなボートで岩礁まで渡ります。この時季は海風が強い日も多くて想像以上に大変な作業。30名ほどの男性たちが集まっていて、学校の裏山とその下の海側にいる人とが大きな声でやりとりしながら設置を進めていきます。「もっと引っ張って」「ゆるすぎる」「どんくさいなあ、何年やっとるんや〜(笑)」とか、さまざまな声が飛び交い、とても賑やか。大変な作業なのになんだか皆が笑顔で取り組む姿が本当によい雰囲気だったのを覚えています。作業が終わると皆で並んで空を見上げていました。
この美しい景色をつくってくれる人たちがいることをそばで見て感じて、心にじわじわと温かなものがあふれ、毎年見て感じていきたい「地元の人がつくる風景」になりました。
今では我が家もこの地区へ住まいを移して暮らしています。愛すべき地元のおっちゃんたちの姿とともに、いつまでも続いてほしい大好きな春の景色の一つです。
きうら・ともこ●兵庫県生まれ。関西で写真館アシスタント、ブライダル・カメラマンとして活動し、2013年に小豆島へ家族で移住。島の思い思いの場所へ足を運びポートレートを撮影する出張写真館『しまもよう』を始める。小豆島を拠点に、瀬戸内エリアへの雑誌・広告などの撮影も行う。
記事は雑誌ソトコト2023年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。