中世以降、世界に名を馳せた海洋立国ポルトガル。日本とも関わりの深い同国が、2023年9月、新たなメッセージを世界に発信しました。海外でカリスマ的な人気を誇るポルトガルのストリートアーティスト・Vhils(ヴィルス)を起用し、脱炭素化や海の環境の未来、オーバーツーリズムへの提言などを“海中ミュージアム”という手法で世界に問いかけています。現在、ポルトガル在住の筆者が現地からレポートします。
ポルトガルと海の関係、日本との出会い
冒頭の不可思議な写真の説明の前に、まずはポルトガルと海との関係から。
15世紀末、ヨーロッパ諸国に先駆けて海外へ進出したポルトガル。大航海時代にはアフリカ南部から西回りでアジアへ進出し、世界各地に植民地や貿易拠点を設けた。スペインとともに、海洋立国として、その名が世界へ轟いたことは多くの人がご存知のことだろう。
日本との繋がりも海から始まった。1543年、種子島へ鉄砲を伝えた国こそポルトガル。1549年に日本で布教活動が始まったキリスト教も、ポルトガルの宣教師であるフランシスコ・サビエルによって日本にもたらされたものだ。
そう、日本が初めて出会った欧州こそ、ポルトガル。それは現在、普段何気なく使う言葉にも息づいている。
たとえばボタン、パン、タバコなどは、それぞれポルトガル語のbotão、pão 、tabacoが由来とされる。ちなみに、首都リスボンなどで日本人であることを伝えると、「知ってるか? 日本語のありがとうの語源はポルトガル語のobrigadoなんだよ!」と話すポルトガル人に、筆者は幾人にも出会った(諸説あり。それくらい、日本との関わりが深いというエピソードとして)。
ちなみに2023年はポルトガルと日本の交流480年という記念イヤーでもある。
海洋立国が抱える社会問題
世界各国、さまざまな社会課題を抱えているが、筆者がポルトガルで顕著だと感じるのは、海、そして観光に関するものだ。
海でいえば、日本は海洋プラスティックごみの問題が議論されることが多い印象だが、ポルトガルは海流の関係からか、ビーチやリーフでそういったゴミを見ることはそう多くない。他方、問題となっているのがタバコの吸い殻。たがか“ポイ捨て”と侮ることなかれ。その量には、度肝を抜かれる。
あるビーチ沿いのカフェで、「プラカップに一杯、吸い殻を回収してくれたらレモネードサービスするよ!」というサービスがあったので試しみたら、ものの1分ほどで集まった経験がある。タバコの吸い殻もプラスティックごみ。最終的には海洋汚染に繋がるとされる。つい先日も、ポルトガルの首都リスボンで、吸い殻約65万本を積み上げ、プラスチック汚染について訴える啓発運動が行われていた。
観光においては、日本の京都などでも議論されるオーバーツーリズム。温暖で、晴天率が高いポルトガルは「バカンスの好適地」として欧州でも人気が高い。一方で、首都リスボンでは、近年オーバーツーリズムの問題が顕著で、増え過ぎた観光客に起因した、交通渋滞やごみ増加問題、さらには投機的不動産投資による地価や家賃が高騰したことで、もともと住んでいた人たちが住めなくなってしまっているという課題もある。ツーリストの多さと家賃などの高騰に、ポルトガルの知人は「ポルトガルは外国人のための国だ!」と嘆いているのを聞いて悲しくなった。
社会課題に積極的に取り組む国でもある
他方、さまざまな課題に対して積極的に取り組む国でもある。例えばエネルギーについて。長年国外から化石燃料を輸入し、発電に活用してきたが、財政を圧迫した経験から、再生可能エネルギーを推進してきた。2016年5月には国内の電力消費のすべてを、連続100時間を超えて再生可能エネルギーで賄えたことが話題となった。再生可能エネルギーの中で、とりわけ風力発電の導入量が多いのがポルトガルの特徴。2015年の実績では実に7割以上を占める。が、海風の強いポルトガルの風力利用の歴史は長く、中世のころよりさまざまな生業に活用されてきた素地もある。
前述のオーバーツーリズムについても、各地の住民と訪れる観光客の双方が環境や文化 、経済面でよい影響をもたらしあうサステナブル・ツーリズムの推進にも熱心だ。
国土がそれほど大きくなかったり、資源が潤沢でなかったり、また高齢化が進んでいたりという、一見デメリットともとれる環境が、ポジティブな未来を創造する活力になるのかもしれない。日本がポルトガルに学ぶべきことはたくさんあると感じる。
ポルトガルが世界に発信した新たなメッセージ
前置きが長くなったが、冒頭の写真について。これはVhils(本名:アレアンドロ・ファルト)という、ポルトガル出身のアーティストの作品。そしてこの作品が設置されているのはなんと海の中!
Vhilsは、欧米を中心に人気の高いストリートアーティストで、廃墟や公共空間の壁をはじめ、表層を加工した(剥がした)アート作品が特徴。あのバンクシーと同じエージェントと契約し、活動する。ポルトガル国内はもちろん、世界中にVhilsの作品はあり、人々を魅了している。
さて、Vhils作品の海中展示の話へ。作品があるのは、アルブフェイラという、ポルトガル南部にある、欧州で人気のビーチリゾートの沖合。展示されているVhilsのインスタレーション作品は13 点。かつて家の暖房や照明に使用される電気を生み出した、石炭火力発電所から除去された部材に、Vhilsがアートを施したものだ。
世界的アーティストVhils作品に込められたメッセージ
前述の通り、ポルトガルは現在、エネルギーを化石燃料ではなく再生可能技術によって生成されたものに移行している。アート作品のベースに、石炭火力発電所の部材を使うことで、脱炭素化への道を選択した、という強いメッセージ性を感じられる。また、部材はEDPという、ポルトガル・リスボンに本拠を置き、電力事業や天然ガス事業を行うエネルギー企業。同国最大電力会社で、世界14か国で事業展開する。そんな巨大企業が同プロジェクトに参画しているのも興味深い。
アルブフェイラでVhilsにインタビュー
今回のプロジェクトは、2023年9月。地元アルブフェイラ市を中心に、ポルトガル政府観光局、アルガルヴェ大学科学センターなど、さまざまな機関の協力によって実現した。
Vhilsも、今回の作品に対して意欲的だった。それは初めての海中展示であったことだけでなく、背景には彼の、海に対する想いがあったからだ。
小さい時から海は親しみのある場所だったと語るVhils。本プロジェクトでも、Vhilsは実際に海に潜り、作品の設置を見守ったそうだ。今回、アルブフェイラでVhilsに直接インタビューを行う機会をいただいたのが、そこでも海に対する愛情と畏敬の念を感じた。
「ダイビングの仕方を学び、ダイビングをするときに必要な海への敬意と、そこから得たすべての教訓を学ぶその過程で、海が人間にとって特別な場所であることを再認識するでしょう。プロジェクトを通して、海への興味を高め、できれば若い世代が海に行って作品を見て、海とともに行動すること、または考えるべき何かを持ち帰ってくれたらいい」
海に潜り、作品を見て感じたこと
実際、作品を見にいくことは容易ではない。まず、ダイビングのライセンスを保持していないと行けないし、海が荒れたらポイントまでいく船も出航できない。しかし、それらを経て海中で作品群に出合ったとき、さまざま感覚が呼び起こされる。
今回、日本人として初めて海で作品を見るという好機をいただいた。マリーナから船で出航。機材を身に付け、海底へ。水深約12メートルの海底に設置された作品は、最初は古い船の残骸が海の底に沈んでいるように見えた。注意深く観察すると、そこにはVhilsのアート作品が。人の顔や目が印象的なVhilsの作品に海中で出会ったとき、非常に幻想的であったの同時に、近未来の風景のように思えた。海面上昇によって沈んだ人類の痕跡のようにも感じた。
また、すでに作品の周りには多くの海藻が繁茂し、魚や海洋生物の姿も多くあったことも印象的だった。アルガルヴェ大学海洋科学センターと連携し、環境に配慮されたデザインを意識した作品だということも体感できた。
最後に
イギリスの著名経済雑誌『エコノミスト』の発行元エコノミストグループが開催する国際海洋会議である「ワールドオーシャンサミット」。経済性や海洋環境問題などについて議論するこのイベントは、2023年、2024年はポルトガルのリスボンで行われ、2025年は東京が開催予定地だ。
大阪万博の開催と相まって、2025年は日本からの国際社会へのメッセージの発信が一層注目されるだろう。
日本もポルトガル同様、海とともに多様な文化を育んできた。人の手が加わることによって生物多様性が守られてきた日本の沿岸“里海”をはじめ、今こそ海をテーマに日本が発信するタイミングなのではないかと考えさせられるプロジェクトだった。