神奈川県横浜市と新潟県新潟市、2つのまちで働き、生活している建築家・大沢雄城さん。1か所にとどまることにこだわらず、拠点と拠点の間を軽やかに行き来している。
きっかけは、第2子の誕生で始めた在宅勤務。
横浜市にある設計事務所『オンデザインパートナーズ(以下、オンデザイン)』で、シェアオフィスやコワーキングスペースの設計、まちづくりのビジョン形成などに携わっていた大沢雄城さん。「手がけてきた事業もそうですし、会社自体が新しいワークスタイルをつくることに取り組んでいる中で、自分の働き方はどうなのだろう、何か自分でもやってみたいと考えていました」。二人目のお子さんが生まれたことをきっかけに、まず在宅で勤務を始めた。2018年のことだ。
元々、外での打ち合わせなどが多く、事務所にいることが少なかった大沢さん。在宅でも変わらず仕事をして、移動が減った分、時間を効率的に使えるようになった。自宅での仕事は、オンとオフが混ざり合うものだったが、大沢さんにとっては自然だったという。「事務所にいるからずっとオンかというとそうでもないでしょう? 休憩もしますし、隣の人と雑談をすることもあります。家でも同じで、仕事部屋で集中したら、リビングに出てきて少し家族と過ごし、また仕事に戻る。オンとオフが細かくスイッチングする感覚に近くて、それまでと異なる感覚はありませんでした」。
当初は数か月の予定だった在宅勤務をその心地よさから継続。同時に「これは横浜でなくてもできるのでは」と思い始める。いずれは実家のある新潟市に戻りたいと考えていたこともあり、19年からは2、3か月に1週間ほど新潟市に行き、実家を拠点にリモートワークをする「お試し二拠点スタイル」を実行した。「リモートで相対していると、私が新潟にいるとわかる人はいませんでした」と笑う。
新潟市では移住を見据えた物件探しをしながら、市内では当時珍しかったコワーキングスペース『Sea Point NIIGATA』を利用し、そこに出入りしているフリーランスで仕事をしている人たちや、後に立ち上げることになる新潟市内でまちづくりの活動を展開する『8BANリノベーション』のメンバーらとネットワークが生まれていった。
少しずつ広がっていった新潟での仕事。
2年ほどお試し二拠点スタイルを続けた後、大沢さんは生活の拠点を新潟市に移すために物件探しを始める。「移住や多拠点生活でネックになるのは住宅。新潟では、家族向けの戸建て賃貸物件が少なく、あっても賃料が安くなかったんです。そこで中古住宅を購入して、リフォームしようと考え方を変えました」。中古物件リノベーションの需要が少ない新潟市で、空き家を活用するビジネスモデルにもなるのではという考えもあったので、完成した自宅をモデルルームとして、何度も見学会を実施した。
仕事面では、それまで横浜でやっていた仕事をそのまま新潟で行うスタイルをとった。コロナ禍でリモートワークの認知度が上がり、クライアントの理解も得やすかった。その頃の大沢さんは、1か月半新潟にいて、その後横浜に1週間、そしてまた新潟に戻って1か月半というスケジュールで動いていた。
移住して半年ほど経った頃、新潟で知り合った知人の紹介で市内の上古町商店街にある築100年の長屋『上古町SAN』をリノベーションし、まちの拠点にするプロジェクトを一緒にやらないか、と声をかけられた。このプロジェクトをきっかけに、少しずつ新潟での仕事が増えていった。「仕事の受け方はいろいろです。例えば新潟駅前の東大通の道路空間利活用のような行政の仕事は、会社でないと受注できないので、オンデザインの新潟支社を立ち上げ、同時に個人事務所もつくっています。仕事をいただく相手や予算、関わり方によって、どのように受けるのかを決めています」。
会社員でありながら、かなり自由度のある働き方ができているのは、『オンデザイン』の制度や考え方も大きい。仕事のうち20パーセントは自分のスキルや経験を上げるために使っていいルールがあり、大沢さんも個人で受ける仕事はこの範囲で行う。また退所した人でも、その後一緒に仕事をすることが珍しくないそうだ。そんな企業風土があるからか、オンデザインの中にも大沢さんのように拠点をほかに移した人が何人かいるという。
死ぬまでにやってみたい10拠点スタイル。
今、大沢さんは自宅と『Sea Point NIIGATA」、『8BANリノベーション』のメンバーとして借りているシェアオフィス『WORKWITH本町』をぐるぐると自転車で移動しながら仕事をしている。最初は自宅で仕事をしていたが誰にも会わない日が続き、これは良くないと思い、日によって働く場所を変えるようになった。「“不必要な出勤”をしています(笑)。一人で仕事をしているからこそ、いろいろな人がいるところで働くのがいい。その人たちは同じ仕事をしている人ではないので、適度に他者。その距離感が僕には心地いいです」。
新潟と横浜の二拠点スタイル、大沢さんは「ぬるっと実現してきた」と表現する。「傍から見たら、いつの間にか横浜の自宅で仕事をするようになって、たまに新潟に行っていたのが、だんだん新潟の比率が増えていき、いつの間にか家族で新潟に引っ越してしまった、という感じ。何か大きな決意を持って二拠点にしたのではなく、『これくらいなら会社も家族も許容できるかな』と試しながら、進めてきた感じです。今は、それがうまくいって二拠点になっていますが、そこにもこだわりはありません。やってみて何か違うと思ったら戻ってもいいし、違う場所に移動してもいい」。
そう語る大沢さんが冗談混じりに口にするのは「死ぬまでに10拠点スタイル」だ。すでに3拠点目は関西でと目星がついていて、4拠点目は海外もいい、と考えている。「新しい拠点での仕事のつくり方、暮らし方もわかってきて、新潟以外にも拠点を増やせそうだと思っています。僕は、友達は多いほうがいいし、人でも場所でも関係性を増やせるなら増やしたいというタイプ。今は二拠点をほぼ同じ割合で行き来していますが、今後拠点が増えていったら、僕の生活の中で拠点の占める割合は変わっていくと思います。その時々で、自分がちょうどいいと感じる拠点と関わり方をつくっていきたいですね」。
大沢さんは、今日も拠点と拠点の間を軽やかに行き来する。
建築家・大沢雄城さんの、移住にまつわる学びのコンテンツ。
Book:MOMENTMOMENT 1
白井 暸ほか編、リ・パブリック刊
「トランスローカルマガジン」を掲げ、世界中の都市での取り組みを、カルチャー的な切り口で紹介しています。一人ひとりが参加・実践できそうなボトムアップな活動が中心で、もっといろんな都市のローカルに飛び込みたいと思わせてくれます。
Book:佐渡に暮らす私は
新潟県立佐渡総合高等学校著、『3710Lab』刊
佐渡総合高等学校1年生の1年間の授業から生まれた本。プロから写真の撮り方、取材の方法、原稿のまとめ方などを教わった生徒が町の大人にインタビューしてまとめています。高校生がとらえた佐渡で暮らす大人たちの魅力が伝わる一冊です。
Podcast:Replicant.FM
ゲストを招き、カルチャーや自転車、ラン、ビールなどさまざまなテーマでトークする番組。数年前からハマっています。独特なライフスタイルや仕事の話を聴いていると、人の生き方はいろいろあると、自分の背中を押される気がします。
photographs by Mao Yamamoto text by Reiko Hisashima
記事は雑誌ソトコト2024年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。