とうしゃん

連載 | こといづ | 101 とうしゃん

 えい! あーい! あおー! 今日も息子が元気だ。生まれて2か月が過ぎて、にこっと笑ってくれるようになった。それだけでふわあと力が湧いてくる。この無垢な力は絶対だ。比べるものがない。お陰で、いま抱えているドラマ音楽の仕事に200曲くらい必要だと言われ無理かもと思っていたけれど、一日に何曲も迷いなく進んでいく。ほんとうに素晴らしい力がうちにやって来たと、曲が仕上がる度に窓の外の山を見て、すごいなあとしみじみする。音を届けたい相手がすぐ側にいるのだから。


 生まれた直後はどうなることかと思ったけれど、なんとか今日までたどり着けた。毎日、食事が終わる度に「なんとかなった」と胸を撫で下ろす。出産でボロボロになった躰を回復させるために妻はほとんど動けない。よし、家のことは任せてと張り切った。朝目覚める。ストーブに火を入れ、やかんを置いて、お米を研ぎ、野菜を切り、ぐつぐつ煮込んでいる間に、お浸しをつくる。ご飯と味噌汁が仕上がったら、妻の元へ料理を運んで一緒に食べる。赤ちゃんの肌着を手洗いして、自分たちの洗濯物も一緒に外に干す。掃除をして、また昼ごはんを用意して、買い物に出かけて、洗濯物を取り込んで、夕食をつくって、お風呂を沸かして寝る準備。大人の暮らしだけでも大変なのに、その合間に2時間おきに赤ちゃんが泣き叫ぶ。哺乳瓶を熱湯で消毒して、適温に沸かしたお湯で粉ミルクを溶かす。冷ましたら赤ちゃんに飲ませる。飲み終わったら泣き叫ぶのでゲップするまで背中をさすったりトントンしたり。気がつけば深夜。赤ちゃんがいるってこういうことかと唖然とする。


「生まれた後が大変ですよ。前と同じようにはいきませんよ」と男の先輩方から教えられていたけれど、確かにこれが毎日続くのだったら音楽の仕事はしばらく無理だと思った。だけどすでにドラマ音楽の制作に取り掛かっていて、ここで放り出すわけにいかない。このタイミングで生まれてきたのだから、このタイミングでやって来た仕事もこなせるってことだろう。なにより、分娩の妻を思い返すと、命を生み出すことより大変なことはそうそうないだろう。なんとかなる! そう自分を奮い立たせて、うまくいく作戦を考えた。問題は、毎日の料理に慣れていない、きっとそれだけだ。料理は、男の人で苦手な人も多いと思うけれど、一番の原因はほかに仕事を同時に抱えているからだと思った。ほかの仕事をいったんすべて止めて、とにかく家のことだけを朝から晩まで集中してやってみた。最初の数日は慣れないことも多く、自分の時間なんて全く取れない。こんなこと続くわけがないと思ったけれど、3日経ち、1週間経ち、どんどん手際よくできるようになって、あ、やることがないかもと暇が少しできた。そんな日が続いて、もう大丈夫だなと感じてから、空いた時間に仕事をするようにしたら上手く回り出した。暮らしを最優先させて、余った貴重な時間に全力で仕事をする。躰はへとへとに疲れたけれど、どんどんいい曲が生まれた。


 入れ替わり立ち替わり、村のお母さんたちが赤ちゃんに会いに来てくれた。「かっちゃん、ご飯つくってるんやってな。えらいなあ。今日はうちのを食べて」と数日ごとに、順番に美味しい手料理を届けてくれた。自分でつくるようになって、ありがたさが心に染みる。「これはどうやってつくったの? いつもどんな流れで家事してるの?」と会話の内容がこれまでと変わっていく。「赤ちゃんの顔はシチメンチョウ。ころころ、いろんな顔しよるやろ」とハマちゃんがうれしそうな顔をして抱っこしている。本当に顔がころころ変わって、そのほとんどが妻にそっくりだけれど、時折、自分にそっくりだなと感じる顔があって、どきっとする。自分で自分を抱いている、父親が僕を抱いてくれた光景が蘇って、そんな時もあっただろうな、幸せだったんだなと感じると、いま幸せになった。


 ぐずりだした息子を腕に抱いていると、自然と歌が出てくる。覚えている歌を片っ端から歌っていくけれど、すぐに詰まり、大きなバイクでドライブする歌、浦島太郎が竜宮城で接待された歌など、その場で適当に創作した歌を一緒に踊りながら歌う。おもしろがっているのか分からないけれど、自分が楽しくなるので、たくさん歌ってたくさん動く。そろそろ疲れてきたかなと感じたら、とっておきのこの子のためにつくった新しい曲を心を込めて歌う。どうやら気に入ってくれたようで、この曲を歌う度に真剣な眼差しで聴いてくれる。母乳も出ないし、圧倒的にお母ちゃんを求められるとどうしようもないけれど、どこにもない自分の歌をこの場に生み出せる。部屋の空気が、ふわっと柔らかく色付く。音楽をやってきてよかったな。

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