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多様性

特集 | 明日への言葉、本

内沼晋太郎さんが巡る、韓国、台湾、中国、そして日本。「最先端」の東アジアで、書店の未来を見る。

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韓国・ソウルでインディペンデントに勃興する書店などを取材してまとめた『本の未来を探す旅 ソウル』に続き、その台湾・台北版を間もなく発刊する、ブック・コーディーネーターの内沼晋太郎さん。内沼さんは今、「東アジアにこそ、本屋の未来の姿があるのでは?」と考えています。その「東アジア最先端説」とは?

目次

“焼け野原”から立ち上がる、小さき書店。

 韓国・ソウルや台湾・台北では今、インディペンデント系の書店が増え、若手の経営者が多くいるという。東京・下北沢で『本屋 B&B』を営むブック・コーディーネーター、内沼晋太郎さんの編・著書『本の未来を探す旅 ソウル』には、個人で営む計27の書店、出版社などが掲載されている。そこで登場する、本と、本を扱う書店という場所に魅せられた若者たちが語る言葉から熱量やエネルギーを感じるととともに、内沼さん自身の興奮も一緒に伝わってくる。

 「だって、隣の国でこうした活動をしている本屋さんがあることをまったく知らなかったんです。まずは『知らなかった』ということが驚きでした。インターネットの発展で、自分にとって必要な情報って、今や勝手に入ってくるものだと思っていましたが、それは錯覚でした。結局は誰かが注目し、発信した情報でなければ入ってこないという、当たり前のことに気づかされたんです」

東京・下北沢にある『本屋 B&B』店内に立つ内沼晋太郎さん。「これからの街の本屋」を目指して2012年に開業した。
東京・下北沢にある『本屋 B&B』店内に立つ内沼晋太郎さん。「これからの街の本屋」を目指して2012年に開業した。

 さらなる驚きは、取材したソウルの書店の経営者たちは、内沼さんの『本屋 B&B』のことを当たり前のように知っていたことだ。

 たとえば、ソウルの『BOOK BY BOOK』。姉妹が営み、ビールが飲める書店として人気の場所。共同オーナーのキム・ジンヤンさんは、『本屋 B&B』に刺激を受けて店づくりをしたことを公言している。

『本屋 B&B』店内。セレクトされた本が並ぶほか、イベント開催や、ビールなどのドリンクを充実させて集客をはかる。
『本屋 B&B』店内。セレクトされた本が並ぶほか、イベント開催や、ビールなどのドリンクを充実させて集客をはかる。

 内沼さんは、「アジアから『本屋 B&B』にお客さんが来ていたのは知っていましたが、『ガイドブックに載ったんだろうな』くらいに考えていたんです。でも実際はそれ以上で、たとえばソウルの本屋さんが、日本の本屋を参考にし、店をつくって、それを広めてくれている。さらにもっと興味深いのは、僕が店でやりたいと思っていてもできていないことを、いとも簡単に、先にやっていることです」と話す。

 それは、たとえば「雨の日はコーヒー無料」とか、「イベントに来てもらったゲストにコメントを残してもらう」とか、ほんの小さなアイデアだったりするが、なかなか手が回らない部分だという。

 そのほか、『本の未来を探す旅 ソウル』では、取次を通さずに100パーセント直取引で本を仕入れているセレクト書店、詩人が営む詩集専門の書店、カウンセリングをして処方箋を出すように本を勧める活動をしている女性、読書会主体の書店など、日本にないアイデアの書店が紹介されている。

 「ただ、誤解を招かないようにお伝えしておくと、『ソウルのインディペンデント書店が元気でおもしろい』と言っても、彼らが『儲かっている』わけではないということ。むしろ”焼け野原“のあとに立ち上がってきた小さき人たちのように、僕には見えるんです」と内沼さんは言う。

ソウルにある「ビールが飲める本屋」の『BOOK BY BOOK』。姉妹で経営。『本屋 B&B』に刺激を受け、店内でのビールの提供やイベント開催を取り入れた。
ソウルにある「ビールが飲める本屋」の『BOOK BY BOOK』。姉妹で経営。『本屋 B&B』に刺激を受け、店内でのビールの提供やイベント開催を取り入れた。

「驚き」の先に見えてきたこと。

 インターネットが台頭してきたここ20年ほど、書店の存在意義は大きく変化してきた。いわゆる書籍、書店離れで、書店の閉店傾向が加速した。人口約1億3000万人の日本に対し、約5200万人の韓国、そして約2400万人の台湾だと、その影響はもっと顕著だ。台湾の場合、中国本土でも販売するという方法もあって少し事情は違ってくるが、人口が少ないほど、その国の言葉で書かれた本を読む人口も少ないため、受ける打撃は大きい。

 「日本の本屋に先んじて、深刻な課題に直面しているのが韓国と台湾だというのが、僕の見立てです。書店がつぶれていき、”焼け野原“になったらこうなるのだろうなと予感させることが、ソウルと台北で少しずつ、それぞれ違う形で起きているように僕には思えるんです」

 課題先進国だからこそ、立ち上がる人がいる。「それでも本屋さんをやりたい」という人たちが創意工夫をしてつくっている本と本のある空間にこそ、未来と希望があるのではないか。

上/韓国のネット書店『アラジン』を運営するパク・テグンさん。右下/ブック・コーディネーターのジョン・ジヘさん。自ら本屋もオープン(現在は休業中)。左下/詩集の専門書店を経営するユ・ヒギョンさん。自身も詩人だという。
上/韓国のネット書店『アラジン』を運営するパク・テグンさん。右下/ブック・コーディネーターのジョン・ジヘさん。自ら本屋もオープン(現在は休業中)。左下/詩集の専門書店を経営するユ・ヒギョンさん。自身も詩人だという。

そうした思いで、内沼さんの中で「東アジア最先端説」というキーワードが浮かんだ。

 「たいへんな状況の中でも元気にやっている人たちが、何を考えて、どういう工夫をしているのか。それを聞いて回ることで、日本の近い未来にも役に立つはずだし、世界中の本屋さんにとってもそれは同じだと考えています」

ソウルのセレクト書店のフロントランナーである『THANKS BOOKS』。
ソウルのセレクト書店のフロントランナーである『THANKS BOOKS』。

 そんな内沼さんにとって、書店は世界の「広さ」を感じられる場所だという。

 「一冊の『本』にはそれをつくった人の熱意や、何年も、何十年もかけて蓄積された知識が詰め込まれていて、それがぎっしり並んでいるのが本屋の魅力だと思っています。それはあたかもひとつの世界のようで、どういう本をセレクトするか、店主のさじ加減でバランスや奥行きをつくっていける。そして本は、言葉や写真、イラストなど、人が普段、コミュニケーション手段として用いるものを使ってできています。本を読むことで、その著者といつでも対話ができる感じがしますよね」

 ソウルにも台北にも、もちろん日本ででも、その本のセレクトから店主の思いや考え方、ときには生き方が強くにじみ出た書店があって、そういう場所だからこそ強く惹かれて通いたいと思う。

 「ソウル取材のときは驚きが先にあって、ここにこそ未来があると感じたのですが、台北を取材して少し気持ちが変わってきました。明確なイノベーションや驚きがなくても、本が好きでインディペンデントで本を売ろうとがんばっている人は、どこの国にも出てきていて、その人たちはみんな魅力的で、おもしろいと気づいたんです」と内沼さん。

ソウルの後、次に巡ったのが台湾・台北の書店。台湾では一大チェーン『誠品書店』が有名だが、一方で新しいインディペンデントな本屋文化が生まれている。 また若い世代が立ち上げる出版社も元気で、『本の未来を探す旅 台北』にまとめた。©山本佳代子
ソウルの後、次に巡ったのが台湾・台北の書店。台湾では一大チェーン『誠品書店』が有名だが、一方で新しいインディペンデントな本屋文化が生まれている。
また若い世代が立ち上げる出版社も元気で、『本の未来を探す旅 台北』にまとめた。©山本佳代子

 内沼さんは2017年9月、中国・四川省の成都市で開催された「成都国際書店論壇」にパネリストとして招かれ、世界中の書店経営者とともに未来を語り合った。このイベントは、中国の先進的な大型書店『方所』が主催したものだ。

中国の成都市で開催された「成都国際書店論壇」にも登壇。世界11の国と地域から書店経営者が招かれた。
中国の成都市で開催された「成都国際書店論壇」にも登壇。世界11の国と地域から書店経営者が招かれた。

 『本の未来を探す旅 ソウル』は、韓国語の翻訳版が出版されて好評。ソウルの出版社が、東京版『本の未来を探す旅』をつくる動きもある。課題を抱えながらも、国を超えたつながりをもち、知恵を出し合いながら希望をもって進んでいこうとする動きが、今まさに生まれようとしている。

こちらも『本の未来を探す旅 台北』で紹介される書店。おしゃれな雑貨が並ぶ。©山本佳代子
こちらも『本の未来を探す旅 台北』で紹介される書店。おしゃれな雑貨が並ぶ。©山本佳代子

内沼晋太郎 ブック・コーディネーター

 「東アジアの本屋さんがつながることで、生まれるもの」とは?

 韓国、台湾など東アジアで活躍する独立系出版社と書店が集まるイベント『ASIA BOOK MARKET』が2017年から大阪市で開催されています。内沼晋太郎さんも運営の一人です。未来を先取りする東アジアの書店がつながることで、生まれるものとは? 内沼さんに話を聞きました。

大阪で始まった、東アジアのブックフェア。

 アジアの本屋さん同士がもっとコミュニケーションをとれるようになればいい。そのきっかけになればという思いがあって、『本の未来を探す旅 ソウル』を出版したのと同じ2017年に大阪市で始まった、韓国、台湾、日本で活躍する独立系出版社と書店が集まるブックフェア『ASIA BOOK MARKET』を仲間と運営しています。18年の開催では香港からも出展がありました。

 ブックフェアでは、それぞれの国や地域ごとにブースエリアを分けるというやり方が多いですが、僕たちはそうしないで、個々の出展ブースを「日本」「韓国」「台湾」というように並べ、隣のブースが違う国になるようにしました。そこで隣り合ったブースの人たちでコミュニケーションをしてもらうことはもちろん、お客さんにも日本の本も、アジアの国の本も、並列に「本」として触れてほしいと思っているからなんです。

内沼晋太郎 ブック・ コーディ ネーター
内沼晋太郎 ブック・ コーディ ネーター

 韓国も台湾も日本も、いわば出版の課題先進国で、本屋をやっていくことは大変です。でも、「最近、こういう本屋ができたんだよ」とか、「読書会を盛り上げるために、こういう工夫をしているんだ」とかの話をして、刺激を受け合いながら「それはおもしろいね」って話せる関係性をつくっていきたい。もちろん言葉の壁はあるのですが、苦しい中から出てくる試行錯誤のひとつひとつの取り組みには、同じような気持ちで共感できるだろうし、小さいけれどもがんばっているところや、おもしろい人たち同士で関係性ができれば、国を超えて盛り上がっていけるはずです。

 インディペンデント系の本屋さんが増えているのは世界的な流れで、アメリカやヨーロッパもそうなのですが、彼らはもっとしっかりと元気。欧州のブックフェアでヨーロッパやアメリカの本屋さんと話すと、「日本って、出版不況なんでしょう?」という感じで、日本や韓国ほど本が売れていないという深刻な状況ではないようです。

 国にもよりますが、原則、本は買い切りで日本のように返品はなく、かつ単価は高いけれど、本は時間をかけてつくられ、売られていくところが多い。本屋の取り分として利益率が高く、「この店で買いたい」というブランドさえつくることができれば、コミュニティのなかで愛される本屋はビジネスが成立する。そんな意味で、少なくともアメリカでは「インディペンデントの本屋が元気」なんです。

 けれども日本や韓国、台湾でいう「インディペンデントの本屋が元気」は違う。利益も薄く、買う人も少ないなかで、『本屋 B&B』であればイベントを毎日やったり、カフェ部門を強化したり、本以外の収益源をいかにして確保するかをシビアに考えている。その結果、うまくやれたところが生き残っているという状況。もちろん、国民性も経済の状況も違うから一概には言えないけれど、本屋を経営している立場からすると、そのくらいの違いがある気がしています。

本屋 B&B』では、トークイベントなどを日々開催。
本屋 B&B』では、トークイベントなどを日々開催。

韓国、台湾、日本で、本の情報を交換する仕組み。

 たとえ利益が出なくても、赤字でも持ち出しでも、なんとしてでも本屋をやりたいという人が、日本にも、韓国にも台湾にもいて、そういう人が、今、本屋をやっている。これからは年に一度の『ASIA BOOK MARKET』だけでなく、そういう人たちの懸け橋となるような活動をしていこうと考えています。

 たとえば、お互いの国や地域の本で「売りたい本」「読んでもらいたい本」を、日本、台湾、韓国でそれぞれ5冊挙げてもらう。それを日本語、韓国語、中国語に翻訳して、メールマガジンなどで発信する。最初はそれを本屋さん同士で見るだけでもいいし、場合によってはネット上で公開してもいいかもしれない。

大阪市内で2018年5月に開催された「ASIA BOOK MARKET」(LLCインセクツ主催)。会場は熱気に満ちあふれていた。©米田真也
大阪市内で2018年5月に開催された「ASIA BOOK MARKET」(LLCインセクツ主催)。会場は熱気に満ちあふれていた。©米田真也

 日本、韓国、台湾は距離的には近いのに、これまでは本屋さん同士で情報の交換すらできていなかった。英語圏では普通にできていることなのに。だから、言葉の壁を取り除いて、情報を交換するプラットフォームをつくるだけでも、ものすごく意味があると思います。

 そうして、互いの国の人たちが交わりあって、互いに興味をもつことで、自分たちの国で生き延びていくためのアイデアにつながっていければいいなと考えています。

背中を押してもらった5冊!

破天荒な生き方から生まれた詩人の言葉に、心打たれる。
 放浪を記した詩人による自伝の3部作の一冊。「時代も時代だけれど、かなり破天荒なことをやっているにもかかわらず生きていけるし、これほど素晴らしい言葉を残すことができるのか。大学生のときに勇気をもらいました」。

『ねむれ巴里』  金子光晴著/ 中公文庫
『ねむれ巴里』 金子光晴著/ 中公文庫

こんな無茶苦茶な人が生きているんだ、という発見の書。
 どこまでが冗談で、どこまでが本気かわからない、ウォーホルの考えや、日々のことがまとめられた本。「世間一般の『人生とは』『成功とは』『愛とは』とは違う、無茶苦茶なウォーホルの生き方に学生の頃、大きな影響を受けました」。

『ぼくの哲学』 アンディ・ウォーホル著/ 新潮社
『ぼくの哲学』 アンディ・ウォーホル著/ 新潮社

今聞いておかないと、近いうちに失われてしまう話の集積。
 後藤繁雄さんが師と仰ぐ大先輩たちに、長い時間をかけて行ったインタビュー集。「これはものすごい本。果たして自分は、どのように年老いていくのか、もはやほぼ故人となった大先輩の貴重な言葉。この先も読み返し続けたい」。

『独特老人』 後藤繁雄著/ ちくま文庫
『独特老人』 後藤繁雄著/ ちくま文庫

本屋という職業のよさを、改めて感じる。
 暇と退屈が人生でどのような意味をもつか。それを考えたとき、多くの人に「本を読む時間」を届ける「本屋」という職業の意味を教えてくれた。「自分がこの仕事を選んだことは間違ってなかったと、改めて認識できました」。

『暇と退屈の倫理学』 國分功一郎著/ 朝日出版社
『暇と退屈の倫理学』 國分功一郎著/ 朝日出版社

ピカソは何時に起きて、なにを日課にしていたか。
 偉人たちの日課や生活信条が綴られ、どんな生活から作品が生まれたかが想像できる。「僕が一時期、『朝、読みながら起きる』ことをしていたのは、人と違うことを習慣にしたら新しいスイッチが入るかなと思ってのことでした」。

『天才たちの日課』 メイソン・カリー著/ フィルムアート社
『天才たちの日課』 メイソン・カリー著/ フィルムアート社

 

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