約1年ぶりに編集部へ連絡をくれたロルファーの田畑浩良さん。イタリアのロルフィング講師との初めてのコラボレーションで得たものは大きかったようです。その体験をレポートしてもらいました。
『欧州ロルフィング協会』講師、ニコラ・カロフィーリオさんを迎えて。
昨年末、欧州トレーニングを修了したロルファーの串崎昌彦さんから、「ニコラさんという『欧州ロルフィング協会』の講師が、田畑さんと一緒に日本でクラスを教えたいと希望しているが、どうでしょうか?」と打診のメールが来た。サーフィンを愛し、世界各地のマニアックな波を追い求めてきた串崎さんが、私と組み合わせたい人物がいるという。彼によると、ニコラさんは私がロルフ・インスティテュートの機関誌で報告してきた、「間」と「イールド」を用いた技法に共感し、とても興味を持っているらしい。
近年、欧州講師フベア・ゴダールさんが知覚を使った独自の理論を導入することで、さらに発展を遂げたロルフ・ムーブメント™。この流れを汲むニコラさんの目に私のワークは、どう映るだろうか? 会ったこともない相手と共演するのは、かなりチャレンジングなことだが、ここは串崎さんの勘を信頼することにした。
6日間のクラスを通して大きなテーマとなったのは、施術・セッションにおいて最も基礎となる、安全・安心な「場」をどうやって創り出せるかについてだった。そして、キーワードはエンボディメント(体現)。朝はニコラさんの誘導で、ムーブメント瞑想から始まる。会場の柱や畳に一つ一つ手で触れることによって、今この空間にいることを実感する。会場に次第に親しみを感じ、安心できる空間へと捉え方が変わっていく。
ニコラさんは母国語のイタリア語に加え、英語、ドイツ語やフランス語も話し、ラテン語にも造詣が深い。言葉の語源や音の響きからもその意味を背景ごと伝えようとする。彼の声の響き、言葉と言葉の間の取り方、一つ一つの動きの精妙さ、そのすべてに「静けさ」が存在した。時折ダイナミックな動きを見せても、それまでの流れや場を乱すことはない。きっとそれは、彼のダンサーとしての経験が関係しているに違いない。
前半のクラスは、フリースタイルのラップのように相手のデモを受けて、次にどんなデモをするか決めていく。その大半は普段試したことのないワークだった。3日目の終わりには、感極まったニコラさんの目から涙がこぼれた。
後半のクラスは、ロルフ博士が残した「重力がセラピストである」という言葉を体現するための探求で、前半の内容をマッサージテーブル上での実践に応用する内容となった。ニコラさんのデモから生徒同士の交換セッション、体験のシェア、私のデモというサイクルが回り続ける。ニコラさんは重力の音としての「静けさ」を、私は居心地よくあるための相互主観的な「間」を深めた上でデモを提示していく。教える側にはライブ感と同時に、実験のような緊張感があった。デモによってインスパイアされ、それを参考に実習をする。その体験を全体でシェアすることで理解が立体的に深まり、頭での理解を超えて身体全体にエンボディされる。ワークを重ねるごとに個々の静けさが深まり、重力のみならず空間との親和性がどんどん高まっていくドープな体験となった。
参加してくれたギリシャ人のコスタスさんは、このクラスの終わりに、私たち講師が互いにインスパイアされ合う姿をみて、アリストテレスの言葉を引用しながら、讃辞に満ちたフィードバックをくれた。「古代ギリシャで最高位の価値があると考えられた理想の一つは、気のいい、同じ価値観を共有する友人関係。それを二人のやりとりに見ることができた。これからもその関係を続けてほしい」。
このクラスで扱われた内容は、テクニック以前の施術者としての在り方や意識の向け方について、そして、創造的なセッションを目指す施術者にとっても参考になったに違いない。講座をコーディネイトしてくれた串崎昌彦さん、通訳の古川智美さん、そしてそこに賛同してくれた参加生の方々には感謝の言葉しかない。クラス後数か月が経過した現在も、余韻が残っている。音の波が、減衰することはあっても消えることはないように、あのクラス全体で共に響き合った振動は、ずっと身体とその周りで響き続けているようだ。