※本記事は雑誌ソトコト2017年11月号の内容を掲載しています。記載されている内容は発刊当時の情報です。本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
食や食べるということを切り口に、ユニークな作品を発表してきたEAT & ART TAROさんが、今年初めて開催される「奥能登国際芸術祭2017」に参加している。しかも、つくったのは準備中のキャバレー。日本海に突き出た能登半島の先端で、何かが始まっている。
食をテーマにする、現代美術作家EAT & ART TAROさん。
かつて、佐渡へ向かうフェリーが発着していた船着場は閑散とし、人影もあまりない。一年のうち数日、天気がよければ対岸の北アルプスが見えるというが、今は霞んで目前には海が広がるばかり。冬ならば“荒涼”という言葉が似合うだろうこの場所に、一軒の建物が立っている。初めはフェリーの待合所として建てられ、その後レストランとしてこの春まで営業していた。かなり広く、テラスもあり、大きくとられた窓のガラスには、アールヌーボー風の装飾が施されている。建物があるのは石川県飯田町。10月22日(日)まで珠洲市全域で開催されている「奥能登国際芸術祭2017」で、作品「さいはての『キャバレー準備中』」として公開されている。作品として鑑賞できるのはもちろん、昼間はカフェ、夜はお酒も楽しめる場所として、誰でも訪ねることができる。最果て感と場末感が漂うけれども、居心地のよい独特の空間が生まれていた。
価値が生まれる場。
この作品を手がけたのは、これまで「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」、「中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス」、「瀬戸内国際芸術祭」で、“食”や“食べること”をテーマにパフォーマンスやワークショップを行ってきたEAT & ART TARO(以下TARO)さん。「奥能登国際芸術祭2017」の開催が決まった3、4年前から何度も珠洲市を訪れ、飲食が提供できる空き物件を探していた。「今年の3月か4月頃、『出物がありました!』と連絡があって、さっそく来てみたのですが、大きくて、広くて、かなり手に余る。つい『っきすぎませんか?』とつぶやいてしまいました。ただ、店内からの海の眺望が素晴らしく、珠洲では珍しく洋風のしつらえ。家具なども、よく聞けばフランスから取り寄せたものが揃っていて、あまり内装に手を加えなくても使えそうでした」
そんな建物をキャバレーに、と考えたのは、TAROさんの脳裏に映画『華麗なるギャツビー』の、荒れたお城の舞踏会のシーンがすぐに思い浮かんだからだという。「映画のような”祭りの後“感のあるこの空間を生かし、キャバレーにしようとすぐに思いました」。そこからTAROさんのキャバレー研究が始まった。書籍『キャバレーの文化史』や『クラブとサロン──なぜ人びとは集うのか』などを読み、日本のキャバレー王といわれる人物に会いに行き、その人が経営する東京・赤羽と北千住のキャバレーにも足を運んだ。「そもそも、キャバレーは文化人やアーティストが集まるサロンとして誕生しました。サロンとは、そうした人たちが集まることで、モノの価値がたまっていく場所です。今は情報や価値を発信しやすいし、反応もすぐ返ってくる。即時性はあるけれど、じっくりと価値を育んでいくには適さない。ロートレックが描いたようなヨーロッパのキャバレー、日本なら茶室のように、一部の人たちが集まり、何かを愛でることである価値が生まれます」
芸術祭の展示は夕方まで。それ以降、この場所にいろいろな人が集うことで、何かが生まれる──。そんな場所としてのキャバレーを、TAROさんは作品としてつくり上げたのだ。
食べ物は会話のきっかけ。
さて、“食べること”を常に考え、作品にしてきたTAROさん。今回のキャバレーではどんな仕掛けを考えているのだろうか?「メニューはお客さんとの“距離感”を考えて決めました」。キャバレー発祥の地、フランスにちなんでパテやキッシュを揃えても、地元の人にはちょっと馴染みがない。外から来た人には地元珠洲のおいしいものも食べてほしい。そこにキャバレー感も加えたい。そこで決まったのが、おつまみのナツメバター、レーズンクリームチーズ。ボリュームのある食事メニューとしては珠洲で採れるサザエのピラフ、珠洲の魚のブイヤベース、能登牛のハヤシライスなどなど。「フルーツサンドイッチやフルーツサンデーは、キャバレーっぽいから、絶対入れたかったんですよ。でも実は、今回は食べ物が主役というよりも、食べ物を媒介にしてスタッフがいかにお客さんとコミュニケーションできるのか、をポイントにしています」とTAROさん。
たとえば、外からのお客さんであれば、珠洲の素材を使ったものの話を聞けば興味をかき立てられるだろうし、地元のお客さんならフルーツサンドイッチからキャバレーという存在そのものへと話が広がるかもしれない。そこで大切になってくるのが「スタッフ」だ。TAROさんの作品を理解し、訪れた人にその解説をし、接客もできなければならない。なかなかにハードルが高いのだが、これまでTAROさんの作品を通してつながってきた人たち一人ひとりの顔を思い出しながら声をかけ、集まってもらった。言ってみれば芸術祭における「TARO組」なのかもしれない。「作品をつくるたびに、声をかけると来てくれる奇特な方(笑)が増えているんですよ。なによりうれしいのは、スタッフ同士が仲良くなってくれることですね」。今回もいろいろな人が協力しているそうだ。50日間すべてに参加する覚悟で来ている人もいれば、数日のお手伝いとして来ている人もいる。学生が多いが、社会人もいて、一時ほかの人に仕事を任せてきている人もいる。それだけTAROさんの作品に参加することは魅力的なのだろう。
多様な人が交錯する。
芸術祭初日、TAROさんも蝶ネクタイを締め、ビシッとウェイター姿で決めて、率先してキャバレーを訪れた人を案内している。この場所がどういう意図でつくられ、どんなものがあるのか、舞台はどう活用されるのかなどなど。つくり込んだ楽屋は一見の価値あり。日中は窓の外に広がる海を眺めてのんびりする人が多かった。「初日なので、夜、お客さんが来るかどうか……」とTAROさんは少し心配そうだったが、地元の人やTAROさんのファン、またスタッフの女の子目当てで通っている人など、決して満席の賑わいではないけれど、常連さんがポツリポツリとやってくる少し妖しいお店の雰囲気が醸し出されていた。会期中はダンスやショーが楽しめるスペシャルナイトも開催。芸術祭が進むごとに、集う人が増え、入れ替わり、芸術祭の夜に欠かせない場所に成長していくのではないだろうか。
能登半島の先端、最果ての地に現れた「準備中の『キャバレー』」。TAROさんは、芸術祭の後もどうにかこの場所を残していきたい、と考えている。「キャバレーですが、作品でもあるので、うまく利用していくことも考えていきたい。ここを始めるにあたって地元の魚屋さん、お肉屋さん、パン屋さんとも知り合えました。酒屋さんからは、若いバンドを紹介してもらいました。どんな形なら残していけるのか、残してもいいと地元の人に思ってもらえる状況を、これからつくっていきたいですね。いろいろな人が巻き込まれ、この場所でなにかやる人が増えれば、可能性はあると思います」
珠洲は確かに最果ての地だが、能登半島の沖では、北から南下するリマン海流と北上する対馬海流が交わり、古くから国内外へ人や物が移動する海の道だった。海を通じた交流があり、さまざまなものが交わってきた場所である。食、文化、風俗、言葉……これらが、「さいはての『キャバレー準備中』」で交わったとき、新しい価値が生まれてくると、予感している。