1200年ほど前、小野小町が発見した美人の湯
百人一首のひとつに、
「花の色は うつりにけりな いたづらに
わが身世にふる ながめせしまに」
という、春の長雨に色あせる桜を見て、物思いにふける小野小町の歌がある。
JR米沢駅から南西へ車で20分ほどの大樽川沿いの山あいにある「小野川温泉」は、今から1200年ほど前の平安時代前期、承和3年(836年)に、女流歌人「小野小町」が父の行方を訪ねて京都から東北に向かう途中、病に倒れた際に偶然発見したと言われている。
そのお湯は、含硫黄ーナトリウム・カルシウムー塩化物泉で、皮膚炎や胃腸の症状などに、体の外からも中からも効果のある美人の湯とされている。
小野川温泉の美味いものを凝縮「豆もやしラーメン」
その温泉のお湯や熱を利用してつくられる小野川温泉の名物がいくつもあり、その代表的な美味いものをひとつの丼に凝縮したのが冬季限定「豆もやしラーメン」だ。
豆もやしラーメンは米沢の中華そばをベースに、小野川の伝統野菜である「小野川 豆もやし」と、温泉のお湯で茹でてつくる「ラジウム玉子」がトッピングされている。
豆もやしは室(むろ)と呼ばれる木箱に砂を敷き詰め、そこに「もやし豆」という在来種の大豆を播き、藁などでしっかりと覆う。その室の下に温泉のお湯を通すことで温室状態にして7日間、長さ30センチほどになるまで育てられる。
その味は豆の甘みと香りが濃く、茎のシャキシャキとした食感も特徴で、つるつるとした細縮れの多加水麺をすする合間のアクセントとしても小気味良い。
スープをひと口飲むとほんのり煮干しの香りがして、油が少なくあっさりしながらも、まろやかな旨味がある。
ラジウム玉子は、半熟玉子に比べ黄身がクリーム状に固まっていて、白身はよりトロッと柔らかい。その黄身をスープに溶かしたり、麺に絡めたりすればコクが楽しめる。
このラジウム玉子を食べるタイミングは人によって様々なようで、ある人は麺を2~3口すすってノーマルな味を確認したら、玉子を崩しスープに混ぜると言う。筆者はレンゲですくって丸ごと頬張り、ダイレクトに味わう派だ。中にはこの玉子を気に入っておかわりする人もいるとか。
高度成長期に開業した龍華食堂
豆もやしラーメンとお店について店主に伺った。
龍華食堂は先代のお父さんが開業して51年、現在の店主で二代目になる。
「先代は以前、左官業をしていました。当時、旅館で料理の手伝いをしていて飲食業に目覚めたのではないかと思います。」
その頃、以前からあった食堂の店主が金型の仕事を始めたため、空いた店舗を使って始めたと言う。1970年頃といえば高度経済成長期で大阪万博があった年。社会が目まぐるしく変化する時代だったのだろうか。
「私は千葉県のホテルに板前の修業に行くはずだったのですが、先代が病気になったため中止しました。それで短期間で調理師免許を取るため、山形県内の調理師専門学校に通いました。」
その後1年ほどで免許を取得し、先代と一緒に店を切り盛りする期間を経て家業を継いだ。
現在、お客さんは常連さんが多く、米沢市近郊の方が7割ほど。温泉街という観光地でありながら観光客の割合は多くないため、新型コロナ感染症の影響はそれほどでもないのが幸いだと言う。
小野川 豆もやしの美味しい食べ方
一番の人気メニューはやはりこの豆もやしラーメンで、通常、冬場から3月いっぱいまでが旬の時期。4月以降になると豆もやしが “しなこぐ” なるためシーズンオフとなるのだそう。
注)「しなこい」は米沢の方言で、繊維質が強くて噛みきれない食感のこと。
「スープは煮干しや鰹節、あご節、鯖節、ムロアジなどの魚介をベースに、香味野菜と、あとは企業秘密です。」
基本の味を守りながら、足したり引いたり試行錯誤しつつ、あっさりして飽きのこない味を目指して今に至ると言う。
「豆もやしは注文が入ってから生のもやしをスープで煮ます。」
美味しく煮るコツは特になく、「うちのスープと合っているのではないか」と店主は言うが、蓋をして煮ないと美味しくならないなど、聞くと色々と出てくる。
おすすめの食べ方は、一番は味噌汁で、豆の味やシャキシャキ感が楽しめるそう。その際も、ひと手間かけるなら水から煮ることで倍ぐらい美味しくなるのだそうだ。
「他には、個人的に豆もやしと白菜の辛子浸し、ただのお浸しよりも辛子と醤油を絡めた味が好きですね。」
その「個人的に」がきっと一番美味しいに違いない。
山形の豊富な伝統野菜と県民性
豆もやしの栽培の始まりは明治初期とも江戸中期とも言われ、多いときは70軒ほどあった栽培農家も現在は2軒のみ。米沢・置賜の郷土料理「冷や汁」などで親しまれている地域の文化を大切に残していきたいという思いで栽培されている。
そういった伝統野菜を手軽に味わってもらうため、ラーメンに入れたのは画期的ではないだろうか。
他にも山形県の伝統野菜は「食の至宝 雪国やまがた伝統野菜」として87品目が認定されている。(2021年4月時点)
全国的に見ると、長野県の「信州の伝統野菜」79品目、東京都の「江戸東京野菜」50品目、京都府の「京の伝統野菜」37品目(絶滅したものを含む)などがあり、単純比較は出来ないが、その中で山形県は全国トップクラスの品目数を誇り、年々、新たな品目も確認されている。(品目数は2021年4月 各都府県のホームページで確認)
山形の在来作物を研究する山形大学農学部 江頭宏昌 教授によると、伝統野菜を含む在来品種は改良されていないので収量が少なく、病気にも弱く、見た目や日持ちも悪いなど、欠点を持つものが多い。それでもなお残されてきた理由は「美味しいから」だと言う。
子どもの頃から慣れ親しんできた季節の味は、他に代えがたい美味しさがある。そしてもう一つの理由は、先祖代々続いてきた種子を自分の代で無くすのは申し訳ないという気持ち。
そうして多様な在来作物を守ることは多様な文化を守ることにつながり、さらには地域の人々のアイデンティティーの形成へとつながると言う。
雑草を食べると揶揄される山形の人々の県民性は、保守的で一時の流行に流されにくく、義理堅い面もある。多くの伝統野菜を含む在来作物が残されてきたことも山形らしさだと筆者は考える。
先代とともにつくってきた味、お客さんや地域の人に支えられてきた店を大事にすることもまた同じだ。