関西の百貨店で会社員としてフルタイムで働く傍ら、お茶を拡める活動にも励んでいる松澤康之さん。「複業」という働き方を選んだ理由は何なのか。活動を通して目指すものは何なのか。松澤さんに話を伺います。
お茶が好きという気持ちを再認識
松澤さん「いわゆるサラリーマン家庭に憧れていました。友だちの家に遊びにいって、夜になると、スーツ姿のお父さんが帰ってくるんですよね。自分の家にはいつも父がいたんですが、反発する気持ちもあり、就職で埼玉を離れました。
2006年に大学を卒業したあと、就職で関西の百貨店の会社に入社しました。実家にいるときにはよく店を手伝っていて、接客が好きだったんです。あと、大学で専攻していた経営戦略が生かせると思って」
入社して4年ほどは、仕事に熱中していて、お茶からは離れていたそう。そして5年目になった頃、仕事もプライベートも辛かったとき、実家から送られてきたお茶を飲んで、お茶が好きだ、という気持ちを改めて感じたそうです。
松澤さん「実家から茶葉が送られてきていました。それはいつものことだったのですが、このときはメンタル的にまいっていたので、久しぶりに丁寧に淹れてみたんです。分量を量って、お湯を沸かして、急須を引っ張り出して、きちんと淹れました。
そのとき、自分と向き合うことができ、気持ちが浄化されたような感じがしました。実家で飲んでいたお茶や、元気だった頃の自分の姿を、ふと思い出したんです。お茶の力を感じました」
お茶活動の割合を増やしていく
松澤さん「勉強をするうちに、お茶の楽しさにどんどんのめり込んでいきました。そして、それと同じくらい危機感も感じるようになりました。茶畑の面積やお茶を飲む人がどんどん減っていること、そして、本来お茶の良さを伝えるべき人たちが、身内同士でネガティブな争いをしていることを目にするようになったんです。
お茶の良さを伝えるには、もっと違う方法があるのではないか、危機感を煽るより、『あなたの生活がこんなに楽しくなりますよ!心がもっと豊かになりますよ!』と伝えられるのではないか、と思うようになりました。
百貨店も同じです。商品をそのまま並べていても売れないので、売り方・伝え方の改善に力を尽くします。自分は自分なりのやり方で、お茶の良さを伝えていこう、と思うようになっていったんですよね。
もちろんお茶自身にももっと磨くところや変わるべきところはあって、お茶も変わるし伝え方も変われば、もっと良い未来に届くと感じます」
複業という働き方
松澤さん「家業を持っている人は、継ぐのか・継がないのか、家に戻るのか・サラリーマンを続けるのか、と二者択一で悩むことが多いと思います。でも、会社員だからこそ得られるスキルや経験は間違いなく大きくて、その経験やスキルを家業にかけ合わせられると、とても良いものができると感じています。
家業にとっても新しい風を吹かせられるし、会社員としても段取り力や外部の人間・会社との折衝力がつくなど、相乗効果があるんです」
その頃はまだ、会社では副業が禁止されていたそう。しかし、松澤さんが「副業は絶対やったほうがいい」「むしろ専業禁止くらいでもいい」と上申を続けたことも後押しして、副業が解禁されました。
松澤さん「一方、複業をやることによるデメリットもあると思っています。
仕事をしていると、ある程度の人的・時間的リソースを投下しないと得られない経験やスキルがあります。複業をすることでリソースが足りなくなり、本業で得られるはずだったスキルや経験が得られなくなることは覚悟しておいた方がいい。そしてその先には、本業にフルコミットしている同僚と差がついてきてしまうことは理解しておかなければならないでしょう。
複業家には、本業だけで突き進む同僚とは違うルートで、しっかり自身のオリジナリティを研ぎ澄ませていくことが求められていくと思います。本業・複業どちらの世界でも中途半端になってしまわないよう、私も日々精進していきたいです」
心の事業承継
松澤さん「当時は本業も非常に忙しく、またプライベートでも子どもができたりと、毎日精一杯だったんですよね。そんなときに開いたお茶のイベントで、お茶と一緒に出す予定だった三種類のお菓子のうち、一つを持ってくるのを忘れてしまって。
これは僕の甘さが出てしまったんだと思いましたね。一つひとつのイベントに対し、心の準備が疎かになっていたのだと思います。まだ継いでないから大丈夫、という心の甘さですね。お客さんにとっては、お茶の一期一会の機会。とんでもないミスをしてしまった、と思いました。
以来、『松澤園の看板を背負っているのは自分だ』とプライドをもって仕事をしています」
心の事業承継を完了させたことで、責任感をもって仕事に向き合えるようになった松澤さん。継ぐ・継がない、といった事業承継のことで悩んでいる人たちに、「必ずしも家業に入ることだけが事業承継ではないと伝えたい」と言います。
松澤さん「家業に戻って事業を継ぐのは『事業承継1.0』。家業で代々受け継がれてきた思いを継ぐのが『事業承継2.0』です。お茶業の思い、一代目や二代目の思いを受け継ぎ、そのあと私がどう活動していくかが大切だと思っています。
会社員の方も、すぐに家業に戻るのではなく、可能な限り会社員と家業を併走させてほしい。そうすると、片方の世界だけでは見えなかった景色が見え、絶対おもしろいことになります。
最近では会社を買うという手段もありますよね。家業がない方も、家業を『つくる』という選択肢も面白いかもしれないです」
将来について
松澤さん「家業は、右肩上がりの成長を目指すより、繋げたり深めたりしていくことを大切にしたいと思っています。そのためには、多様化する人々の生活に合わせて『お茶×〇〇』の掛け算を、どんどん増やしていきたいですね」
最終的には、お茶が人々の日常に入り込み、彩りのある世界になってほしい、と言います。
松澤さん「私のお茶活動のコンセプトは「お茶で世界に彩りを」としています。お客様に彩り豊かな生活を感じてもらえるよう、様々なセレンディピティをつくることに全力でコミットしていきます」
職業や生き方を一つに絞らず、組み合わせることで、人生はもっと豊かにしなやかになるはず。松澤さんの挑戦は続きます。
取材・文:宮武由佳
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