夏は観光客でにぎわう式根島も、秋冬になると島の様子がガラリと変わり、おだやかな時間が訪れる。そんな時こそ島民とゆっくり過ごしたり、話をしたりできるチャンス。この季節に観光やワーケーションで訪れたらぜひ会って話をしてほしい、式根島との“縁”を案内する魅力的な島民の方々を紹介しよう。
(取材は2021年11月に行いました。撮影時にのみマスクを外しています)
ーーーーーーーーーー
島の内外をつなぐ役割になれたら。
『式根島 ゲストハウス&ダイビングサービス ひだぶん』(以下、ひだぶん)の女将である肥田光代さん。肥田さんは5代目にあたる。離島ブームで島に多くの観光客が訪れるようになり、庭を利用したビアガーデンで資金を集めて約50年前に民宿を始めた。肥田さんは一度本土で暮らすも、宿が全焼してしまったのを機に帰郷。以来、36年にわたって宿の仕事を続けてきた。
「本土の東京で約8年暮らしたこともあり、帰郷した当初は島の暮らしを窮屈に感じることもありましたが、今では周囲に守られている、助け合っている感覚が心地よいです。おすそ分けしたり、隣の留守時に猫の面倒をみたり。また、自然が身近にあり、朝と夜でも季節によっても景色が違う。家事で家にこもった後に外に出ると、リフレッシュされます」と肥田さん。
また、島外の人と島民をつなぐことも積極的に行い、民宿にアルバイトできた人や宿泊者が島の人と友達になったり、ここでの出会いが縁で結婚するケースもあったそう。「島おこしのつもりはありませんが、自然が好きならこの島に住みませんか? とつい声をかけてしまうんです(笑)」。もっと気軽に島民とお客さんとが交流できる場所にできたらと、居酒屋経営もしてみたいと思案中だという。
『ひだぶん』では漁も行っているため、タイミングが合えば、揚げた網から海藻や魚を取り除いたり、網をほぐしたりする作業や、近くにある畑で収穫を手伝うことも可能。肥田さんとおしゃべりしながら、島のことをもっとよく知る時間を過ごせそうだ。
島の話をすることもおもてなしの一つ。
青沼和美さんは、『民宿きろく』(以下、きろく)の2代目女将。約40年前に母親が民宿を始めた。夫や息子が漁を行っているため、宿の食事には新鮮な魚料理が何品も並び、魚好きにはたまらない。「最大5組と小さな宿なので、お客さんがお腹を空かせないように、あるものは出してあげたいとつい多めに出してしまいます(笑)。宿泊中はメニューが被らないように工夫しています」とおもてなしの心にあふれている。気さくで優しい青沼さんに会いに来る、リピーターも多い。1年に4回、約40年通う釣り好きな人もいるという。
長男が本土より帰郷した青沼さんにとって、島が直面する少子高齢化はより一層目をそらすことができない問題だ。今の島の平和な状況を壊したくないという思いから、移住者に対して慎重になってしまう島民もいる中、ワーケーション事業は島の内と外をつなぐ一つの有効な方法と青沼さんは考えている。「オープンに若い人を受け入れているほかの島のように、柔軟な考え方で次の世代に引き継いでいける環境づくりができたら」と話す。
お客さんに島の話をすることもおもてなしの一つと考えている青沼さん。夏は難しいけれど秋冬であれば、飼っている猫との朝の散歩や、宿の食事の買い出しに同行したり、島寿司を一緒に作って食べたりなどもタイミング次第では可能とのこと。生まれ育ったこの島のことを知り尽くし、海にいるクジラやカメを見つけるのが得意という青沼さんと一緒に過ごすと、思いも寄らなかったことに遭遇できそうな期待が高まってくる。
人間らしく生きるための心の持ち方を。
式根島唯一のお寺である『法光山東要寺』は、『ひだぶん』のすぐ隣にある。境内には東京都の天然記念物に指定される樹齢約900年のイヌマキの巨木やナギの自生地があり、祈祷したナギの葉は良縁成就、海上・交通安全のお守りとして人気がある。サーフィンが趣味という住職の横山智公さんは、島を訪れた人をこれまでも広く受け入れてきた。
「お寺は葬式法事だけの場所ではなく、人間らしく生きるための心の持ち方ができるよう努力を重ねることを知る場なんです」と話す横山さんは、コロナ禍になる前まで瞑想と法話の会を催したり、今でもInstagramで自分のことをよく知って笑顔で感謝して暮らせるための言葉などを発信したりしている。
横山さんと話をしていると、心のつかえが取れて、お寺を出るころにはリセットされた気分になってくる。お寺に気軽に遊びにきて欲しいと始めたInstagramのフォロワーは、約1450人。2年前に台風で被災したお寺を心配する声が届いたり、これをきっかけに実際に会いにくる人もいるそうだ。今年か来年にお寺で飼っていた猫のココのことをテーマにした絵本を出版予定で、「泣いたり笑ったりしながら少しずつ書いているんだよね(笑)」と話す横山さんにふと会いたくなる人も多いはずだ。
商店を通じて島の暮らしや文化を伝えていく。
『ファミリーストアみやとら』(以下、みやとら)を営む、宮川央行(ひさゆき)さん、純さん兄弟。央行さんは店の経営を、純さんは店で販売するお弁当やホットスナックの調理を担当している。コンビニほどの広さの店舗に約3000アイテムがぎっしり。島民が食料品や雑貨を買いに求めるのはもちろん、夏場の観光客も買い物に訪れる場所だ。
式根島の名物となるものを、と純さんと妻のかおりさんと一緒に考案した「たたき丸」が名物で、魚のすり身を味付けをした「たたき」という島の郷土料理の中に、明日葉の佃煮やくさや、ハム&チーズのいずれかを入れて丸めて油で揚げたホットスナックだ。観光客はもちろん、島民もおやつにと購入するという。現在純さんは、母親が手掛けていた郷土料理の「いももち」づくりにも力を入れている。「自分たちが残さなければいずれ消えていってしまう」そんな島を思う気持ちが、純さんを突き動かしている。
兄の央行さんも島の人口減少に危機感を募らせ、子育て世代を島に呼び込みたいと東京宝島事業をはじめ、島おこしの事業にも力を入れている。『みやとら』ではデリバリーも行っており、キャンプ場などに食料品などを届けることも。「民宿への帰り方や目的地への行き方が分からないと聞かれることはよくあります。これといった買い物がなくても、気軽に立ち寄って何でも聞いてください」と央行さん。買い物がてら、島のことを宮川さん兄弟に聞くチャンスがあるかもしれない。
観光事業を後ろから支える。
自動車の整備とレンタカー業を営む『藤井サービス工業』。代表の藤井知浩さんは、島の生活のことを考えながら、電気自動車7台を導入して貸し出しを行っている。「海上運賃がかかってガソリン代が高いことから、10年前に工場の屋根にソーラーパネルを取り付けました。このことをきっかけに環境を意識するようになり、電気自動車を4年前に導入しました。式根島は周囲12キロメートルの島なので、4、5日の滞在なら1回の充電で間に合います。この島には病院がなく、災害などで停電した際に電気自動車を蓄電池代わりに使えたらという思いもあります」と藤井さん。
自動車関連の事業以外にも、藤井さんは妻の悠子さんと共にスイーツやパンの製造販売を行っている。「あめりか芋」と呼ばれる焼酎の原料にもされるサツマイモを育てて、悠子さんがそこから酵母種をおこしてつくったパンや、あめりか芋と式根島の焼酎をたっぷりと使ったパウンドケーキなどを手掛ける。式根島の新しい名物の一つだ。「私たちの本業は自動車の整備販売なので、民宿が活気づいていないと仕事として成り立たなくなります。だから、たくさんの人が島に来てくれることが大事。そのため、自分たちができることを積極的に行っています」と藤井さんはいろんなことを手がける理由を教えてくれた。
来島者と多くの接点を持つレンタカー業。話をしているうちに仲良くなってお酒を飲む仲になった人や、島の生活や空き家について尋ねてくる移住希望者もいるという。おすすめの釣り場や秘密の海水浴スポットなどを教えることもあるそうだ。
式根島には、自然や島の生活を心から大事にする人たちがいる。秋冬に島に行き、少し長く滞在するからこそ、島のことをもっと理解して好きになる会話が生まれるかもしれない。
photographs by Yusuke Abe text by Mari Kubota
ーーーーーー
ソトコトオンライン内「東京宝島」関連のほかの記事も読みたい人は
下記のキーワード一覧から「#ソトコト流 東京宝島 離島歩きガイド」をクリック!