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連載 | 瀬戸内の古民家で子育てはじめました

新築? それとも中古? わが家が“古民家”を選ぶまで【瀬戸内の古民家で子育てはじめましたvol.2】

小林友紀

小林友紀

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2年前の9月。当時1歳と0歳の子を連れ、東京から愛媛県の今治市へ移住した。今治は妻である私の生まれ故郷。つまりUターンである。昨年、築70年を超す古民家を自宅として購入、再生し、家族4人で暮らしている。そんなわが家の日常を通して、住むほどに味わい深く、子育て世代におすすめしたい古民家の魅力をお届けしたい。

目次

「自分たちの家を持つ=新築」への違和感

絶賛育児繁忙期のわが家だが、そんなさなかに職を変え、拠点を変えようと思い立ったきっかけは前回書いた通りだ。ただ、わが家の場合、移住した当初からその目的が古民家暮らしだったわけではない。その証拠に、一年間実家を間借りしながらの住居探しでは、新築も視野に入れていたし、何なら途中まで新築のプランニングも進めていた。

地域柄、周りに確かに「古民家」と言える物件は少なくない。それでも同世代の友人たちが「家を持つ」といえば、それは当然「新築」を意味することが多い。というわけで、私たちも例に漏れず、「とりあえずはハウスメーカーだよね?」といくつかのメーカーを回った。

元々大学時代に建築関係の学科(正確には、環境設計学科)を出た私。建築メーカーで働く旧友も多く、大学時代には一応…一応…設計図面も書いたりした。そんなちっぽけなプライドとこだわりもあり、「どうせ建てるなら圧倒的なオリジナリティがなきゃ面白くないな…」と思っていた私。そして出会ったのは、注文住宅で最近人気を呼んでいる地元のある住宅会社だった。

5~6回は打ち合わせに行っただろうか。いくつか図面も引いてもらった。その上で、なぜかしっくりこない!

理想の土地がなかなか見つからないこと、予算の兼ね合いで実現できる“ユニークさ”に限界があること、その他にも確かに様々な制約があった。ただなんというか、自分が思い描くような『暮らし方』が、机上で間取りを操作するだけの図面からは、どうにもうまく思い描けなかった。

私がしたい『暮らし』ってどういうのだろうか。

思い浮かんだ「暮らし」の2つの原風景

私が「家」を考えたときに一番に思い浮かぶ原風景がある。実家のそばの、今は亡き祖父母の家だ。最初に断っておくと、この家が大層立派な古民家で、というわけでは全くない。こぢんまりとして、段差だらけで、外壁なんかは所々トタンで、2階へと続く階段は薄暗く埃っぽくどこか不気味で。俗にいう「いい家」ではなかったろう。ただ私は子どものころからこの家の「温度」が好きだった。
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祖父母宅。座敷とこたつという純和風の家だった。
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盆、正月、地域の祭りなど何かにつけてたくさんの人が集まった。
いつも誰かがそこにいる「温度」。正月には親戚が大勢寄って餅をつき、古い古い畳の部屋で女性陣がそれを丸めてあんこを詰める、そんなわいわいがやがやとした空気。使い古された台所から感じる日々の営み。染みついた匂い。柱の背比べとシールの跡。

そんな味わい深い、年を取るに連れ熟すような家に住みたい、そう思った。

もう一つは、私が地域おこし協力隊として赴任した島根県の風景だ。島根県の石見地区は、西日本でも有数の雪深い地域だ。そんな大雪から暮らしを守るのが「石州瓦」という赤い色の瓦屋根。私はのどかな農村風景が広がる中に点在する赤屋根の家が大好きだった。

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島根県美郷町のまち
緑の中に凛とした佇まいの石州瓦の家は、これもまた人々の営みを感じさせた。日々癒しをくれる自然も、実は人の手がなければ美しくは持続されない。農村で自然と共存する人々の暮らしそのものを、この赤屋根の家は体現していると、見あげるたびに感動した。

私にとっての「家」って、ああいうものなんじゃなかったっけ?

そんなことを思い出してからは、たとえ土地がいくら広くて、たとえいくらお金をかけれたって、庭に木をたくさん植えたって、私が住みたい家は新築の家ではたどり着けないんじゃないの? と考えるようになったのだった。

理想の暮らしを叶える家を追い求めて…

新築のプランニングをしてくれた地元の住宅会社さんには、ここまでお付き合いいただいたことに感謝と謝罪を述べ、率直に「新築以外の選択肢を考えたい」と伝えた。実家を譲り受けリフォームするだとか、中古住宅を購入して一部を改修するだとか、そういうケースをご担当されたことはあったようだが、古民家をわざわざ購入しようという人に出会ったことはないようで、大層驚かれた。

ただもう心は決まっていた。分譲地何坪、坪単価いくら、ではない価値観で自分たちの暮らしの基盤を整えたい。そのまちの風景として存在し、長い年月を紡いできた古民家のあたたかみを、自分たちの暮らし方のベースに取り入れたい。

そう思えば、大学生になって経験した初の賃貸一人暮らし。新築マンションの真新しく白い壁紙がやけに淋しく、たくさんのインテリアで埋めた。社会人になり上京した後は、その反動もあってか、あえて下町と呼ばれるエリアの古い部屋を借り、階段の軋むような音と木目の目立つ天井の、風呂なしアパートで生活した。強がりで言うわけではないが、お金がなかったこと以上にその雰囲気を気に入ったのだった。(だいぶ奇人扱いされたし、今の私も確かに引くが…)

白くきれいな壁紙より、古くて使い古されていてもどこかホッとするレトロなぬくもりにいつも”安心”を感じてきたのだった。ここまでくれば、もう古民家以外の選択肢は完全に消えていた。

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当時住んでいた東京の3万円台のアパート。気に入っていたトイレのガラス窓。

よし!古民家に住もう!と思いきや難航する古民家探し

夫は当初、古民家という選択肢には半信半疑というか、「どういう暮らしになるのかわからない」と不安がっていた。確かに、古民家という選択肢は、一つのカテゴリとしては大きすぎる。かたや中古住宅、かたやボロ家暮らし、かたや指定文化財を疑う「旧○○住宅」のような立派な御殿…。

ただ、夫もやはり新築のプランニングにはしっくりきていなかったのも事実。というわけで、ここから私たちは「古民家探し」の旅に出ることになる。そしてこの旅は、ひたすら、ひたすら、長い旅となる。

とにかくネット検索するも、まず該当エリアにまったくと言っていいほど物件情報が無い。あっても明らかに住めるような状態ではないものを土地として紹介しているものや、崩壊間近のボロ家。実際見に行って畳が腐っている物件にも多数遭遇した。小動物がしっかり侵入して、しっかりお亡くなりになっている物件も……。かと思えばはたまた古民家というにはほど遠い、昭和中後期に建てられたであろうただの中古物件。

金額もまったくのバラバラで、参考にならない。情報収集からここまで難航するとは、当時はひたすらに絶望した……。

ただ私たちは運よく、日本家屋の伝統工法をしっかり判断いただける信頼できる工務店さんに出会い、物件巡りにも同行いただき、ついに運命の物件と出会うのだった。

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記念すべき初見学物件。ただ、ずぶの素人だけでは全く判断がつかず、工務店探しに奔走することに。ここから10軒以上の”古民家”を見て回る旅が始まった。
次回、いよいよ古民家探し始めます。お楽しみに。
文・写真:小林 友紀(こばやし・ゆき)
大学卒業後、大手総合PR会社にて日用品メーカー・製薬会社・商業施設など幅広い広報業務の支援に従事。5年のPRキャリアを積み、2020年に愛媛県今治市にUターン。現在はフリーランスとして活動中。2児の母。大学在学中には、島根県美郷町の「地域おこし協力隊」を務めた。

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