MENU

ウェルビーイング

自転車冒険家・小口良平さんが地域にもたらすウェルビーイングな好循環[後編]

市奈穂

市奈穂

  • URLをコピーしました!

自転車で世界一周を成し遂げ、地元の長野県辰野町で自転車による地域活動を行う小口良平さん。世界一周旅では157か国、実に15万5500キロメートルを自転車で走破。壮大な旅のきっかけを紐解くと、原風景となっていたものは故郷・長野県の自然でした。辰野町で「サイクルツーリズム」と「野外教育」の2つを軸に、地域に根ざした活動を続けている小口さんの核になっていたものは自転車。彼が考える「自転車×地域創生」の可能性を聞いてきました。

目次

世界一周の旅を終えて、いちばんやりたかったのは「グラバイキャンプ」

 (196277)

自転車冒険家・小口良平と走るサマーキャンプ「グラバイキャンプ」。
僕が世界一周から帰国したときに一番やりたいと思っていたのが、「グラバイキャンプ」という企画です。ここ長野県辰野町から富士山麓を抜け、太平洋まで200km以上もの距離を走り抜ける “自転車冒険塾” で、対象は11〜13歳の子どもたち。仲間たちと野営をしながら1週間ほど走り続けるサマーキャンプです。
 (196279)

2022年度のパンフレット。
3回目となる2023年は、対象年齢やルートを変えて3つのコースを展開するまでに拡大しましたが、企画をスタートしたときはコース設定から実際のガイド、怪我の対応を含めたサポート体制まで一筋縄ではいきませんでした。大人向けのサイクリングツアーを重ねながら、僕自身もいろいろな資格を取りながら粛々と準備を進めて、チームメンバーやサポート体制、会社として整備ができたのが2021年。コロナ禍のなかで初のグラバイキャンプを実施しました。
 (196281)

夜はテントを張ったキャンプ泊。子どもたち自身で自炊をする。
移動は自転車ですから、子どもたちは当然自分の脚をエンジンにして進みますし、夜は自分たちでテントを張り、自炊をします。それを5泊6日と続けると、子どもたちの成長はそれはもうすばらしいものなんです。

初日ははじめて出会うメンバーばかりでとても緊張していますし、自転車に乗ることさえ上手にできなかったりします。ギアもうまく使えていないし、立ち足も右足で止まってしまったり。でも子どもたちはさすがで、2日もするとずいぶん上手になりますし、メンバー間でスピードも整えて走っていけるし、スキルが足りない仲間がいれば助け合って進んでいきます。

 (196283)

スタートから5日目にもなると、子どもたち同士の緊張も解けて火起こしや調理も手慣れてきた。
まわりから見ていても、彼らの表情の変化がよく分かります。最終日ともなるとみんな顔が輝いていて、本当にいい顔をしている。日焼けもたくさんするので、とてもたくましく見えますよ。 今年も実施回数を増やして、3本から4本を目標に夏に向けて企画しています。今後は大人向けも検討していく予定です。チームビルディングとしてもフィットすると思いますし、少しずつ幅を広げて提供できればと思っています。

クルマではできないツーリズム体験。自転車がつなげる地域のグラデーション

 (196286)

自転車を使った地域観光はインバウンド需要も。
グラバイキャンプと並行して活動しているのが、地元に根ざしたサイクルツーリズム事業です。サイクルツーリズムなので、移動はもちろん自転車。世界を旅するなかで自転車のさまざまな特性を実感してきましたが、大きな気付きのひとつが、自転車は「移動」「アクティビティ」「サイトシーイング」をシームレスにつなげてくれるという点でした。

たとえば「カヤックは湖」というように、アクティビティを兼ねた乗り物はフィールドが限定されることがほとんどなんです。自転車のようにフィールドを問わずに、アクティビティを楽しみながら移動もできる乗り物って実は珍しいんですよね。フィールドが限定されないから、自然の奥深くにも入り込めるし、その足で街中へも入っていける。コンパクトで生活に身近な自転車ならではの特徴です。

 (196288)

インバウンド向けの「Primitive Nakasendo(初期中山道ツアー)」では日本の里山文化を伝える。素朴な「日本の当たり前」が、参加者には価値のある体験になるという。
 (196289)

日本の情緒を色濃く残す中山道の宿場町「奈良井宿」。すでに廃れてしまったほかの宿場を同時に見学することで、奈良井宿の価値を知ってもらう。
ツーリズムの観点から見ても、有名な観光地だけでなく街中にまで入ってその土地を見るよさというのは、文化歴史、産業に触れられることはもちろん、地元の人たちの息遣いを実感できるところにあります。移動を伴いながらアクティビティ性を持たせ、大自然から生活圏にまで入っていけるモビリティが自転車で、コンパクトな地域観光に最適な乗り物です。その土地に存在するコンテンツを点ではなく線で結ぶことができるから、地域をグラデーションで体感してもらえます。
 (196291)

長野を代表する山岳ルート「ビーナスライン」を駆ける。
もうひとつ、自転車の特性にその速度域が挙げられます。「すぐに止まって人と会話ができる」速度感や距離感は、自転車がもつ大きなメリットです。この距離感、フレンドリーさはクルマや電車だと速すぎて実現できない。自転車の“人と近い距離感”もまた、地域に根ざした観光振興と非常に相性がいいんです。
 (196293)

エチオピアを旅したとき、荷物を背負って走る自転車は速度が出ないので、走りながらでもまちの人たちが声をかけてきた。気づけば大所帯になることも。

観光を起点に、サイクリングが地域にもたらす好循環

 (196295)

自転車ならちょっとしたスポットでも立ち止まり、その土地の風土を感じることができる。
観光業というのは地元の人たちの協力が不可欠です。その前提があるなかでサイクリングツアーを始めたとき、地元の方々の反応は必ずしもよいものではありませんでした。たとえばツアーのコース組みひとつを取ってみても、細い道をコースに入れると地元の人にしてみたら「渋滞起こす要因じゃん」となる。ただ、この活動の歯車が少しずつ噛み合いだすと状況は変わってきました。経験豊富なガイドが単純に文化・歴史を話すだけでなく、地域の人の生活を結びつけながら案内することで地域経済も潤うし、ツアー参加者の満足度・ウェルビーイングにもつながります。

次に住民の人たちがサイクリングツアーや観光業、人気店の賑わいに気づくようになる。そこから「もしかして、ぼくらのエリアって自転車で走るのによい環境なの?」となり、今まで知らなかった自分たちの地域の魅力に気づいてもらえます。地域の人々が自転車に乗り始めて自転車人口が増えると、今度は行政を巻き込んだインフラづくりも進められる。サインクリングロードをつくるなど、ハードを整備すればするほど安全に乗れるようになるので、子どもや高齢者の方も安心して自転車に乗るようになる。さらに自転車人口が増える。いいスパイラルでしょう?

 (196297)

自転車はヒューマンフレンドリーで多幸感をもたらすモビリティ

 (196299)

記念すべき第一回のグラバイキャンプ。目的地の太平洋の静岡県富士市にて。
人との距離が近く、いつでも立ち止まれる速度で移動もできて運動にもなる。グラバイキャンプとサイクルツーリズムのどちらにも言えることですが、漕いでいるだけで「幸せホルモン」が分泌される感じがして、参加者同士の会話も弾むんですよね。人との距離を縮めてくれる世界一フレンドリーなモビリティが自転車だと思っています。

ヨーロッパでは「生まれてはじめて乗るのが自転車で、人生で最後に乗るモビリティも自転車」というほど。とくにフィットネスのツールとしてライフスタイルに根付いています。日本でもそんなふうに、自転車を「幸せモビリティ」として定着させるのが、私の大きなミッションです。

 (196301)

おぐち・りょうへい●自転車冒険家。長野県岡谷市生まれ。大学卒業後、2007年から約1年をかけ自転車で日本一周を達成。2016年には世界一周の自転車旅を成功させた。帰国後、長野県辰野町に移住。現在はgrav bicycle station代表として、自転車やEバイクを使った観光ツアー造成やサイクルマッププロデュース、自転車まちづくりガイド養成スクール運営などを手がけ、地域の観光ポテンシャルの掘り起こしとともにその魅力を世界に発信し続けている。https://gravbicycle.com/
取材・文 : 市 奈穂(いち なほ)
編集者・ライター。ウェディング・女性向けサイトを経て、現在では主にアウトドアメディアで編集者として活動中。ロードバイクでソロキャンプに出かけるのが一番の楽しみ。https://www.instagram.com/ichi_naho_photos/

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

よかったらシェアしてね
  • URLをコピーしました!

関連記事