東京都目黒区中目黒の住宅街に2019年7月にオープンした、量り売りで野菜を販売している八百屋『HACARI』。買う人は好きな量だけ購入でき、生産者は規格外の野菜でも出荷できる。買う人にもつくる人にもうれしいこの店は、食の流れを変えるプロジェクトの一部でした。
表向きは、買う人にとことんやさしい八百屋だけれど。
定番の野菜からちょっと珍しい野菜まで、棚に並ぶ産地直送の新鮮野菜をすべて量り売りしている八百屋、その名も『HACARI』。葉っぱ付きのカブを3つ、トマト2粒、ニンジン1本という買い方のほか、キャベツをカットしてもらって半分、マスカットやイチゴ1粒なんて買い方もできる。
「ニンジンの葉っぱだけくださいという方もいましたよ」と笑うのは、『HACARI』を運営する『yoloz』代表取締役の片山由隆さん。目黒区中目黒駅から徒歩約10分の静かな住宅街にあり、売り場面積10坪ほど(約33平方メートル)の『HACARI』は、今のところ知る人ぞ知る存在。店の奥にはキッチンがあり、野菜の惣菜、おにぎり、サンドイッチもあり、表向きは消費者にとことんやさしいだけの店にみえる。
けれども『HACARI』は、片山さんが考えるプロジェクトのひとつの出口にすぎない。「おいしい野菜を消費者に届けたい、という気持ちだけで始めたわけではなくて、今の流通にあるギャップをどうにかしたい」という思いをもつ片山さんのやりたいことは、「やる気のある農家のコミュニティをつくり、これまでとは違う食の流通を構築」することなのだ。
食べ物を扱っている人が、味見をしていない衝撃を経て。
プロジェクトの成り立ちはこうだ。イギリスの大学で経営学を学んだ片山さんは、いつか起業しようという思いをもちながら、東京で営業職やIT関連などの職を転々として、自分がやるべきことを探していた。『HACARI』の構想を思いついたのは、IT関連から食の流通会社へと転職して営業をしていたときのこと。
片山さんの仕事内容は、生産者の野菜をバイヤーへと販売すること。そこで驚いたのは、スーパーマーケット、飲食チェーン、コンビニエンスストアの惣菜部門などへ野菜を卸しているバイヤーたちの間では「質より量」がまかり通っていること。
「衝撃でしたよ。食べ物を扱っている人が味見しないで、値段と見た目で決めていることが往々にしてある。その一方で、生産者はいいものをつくったらバイヤーが買ってくれると思っている。だけど、バイヤーの仕事って、おいしい野菜や果物だからといって無条件で買い付けることではない。そこに双方の想いのギャップがあるんです。しかも、日本ってあまり食育がされていないから、消費者の多くも『安い野菜』を求めている気がするんです」
現在の流通は、いいものをつくっても勝手には売れない仕組みになっている。その一方で、おいしい野菜をつくりたくて新規就農した人、今までの農業のあり方を変えて取り組む二代目、三代目など、やる気があるのに自分たちを評価して売ってくれるところがなくて困っている人たちにもたくさん出会った。
やる気のある生産者がつくった野菜でも、バイヤーへと安く売るしか道がない。「それって誰も救われなくない?」と思った片山さんは、卸先として「産地からすべて直接仕入れて、質の高いものだけを売っている、ほぼ毎日やっている店」を都内で探したけれども一軒も見つけられなかったという。「土・日だけ」「◯◯エリアの野菜」「オーガニックを扱っている」といった範囲を狭めたものはあるけれども、全国の高品質の野菜を扱っている店には出合えない。
「ないのだったら、自分でやろうと半ばノリで会社をつくった」と片山さんは振り返る。「生産者が市場へ卸す生産産出額は数兆円規模と言われていて、それが流通を通って消費者に届くときには約10倍の売り上げが立ちます。この流通の仕組みって、これまで誰も手をつけてこなくて、スーパーマーケットがひとり勝ちしているような状態。そうした市場のうちの1パーセントを担えただけでも超優良企業。まだ誰もやってないんだから、それくらないなら取れそうじゃないですか」と片山さんは不敵な笑みを浮かべる。
野菜の流通は「どのように出口をつくるか」が決め手。生産者と消費者を結ぶ通販は、配送料や、ロットの問題で、どうしても割高になってしまう。その解決方法として出てきたのが、「お客さんが買いたい量を買わせてあげる」という量り売りの発想だった。2018年12月、片山さんは『yoloz』を立ち上げた。
……のだけれども、オーナーシェフの飲食店が多く、住宅街があるという理由で探していたエリアの店舗が全然見つからない。付き合いのある生産者には「新しい流通を始める」と伝えている手前、なにかやらないわけにはいかないと、まずはウーバーイーツを利用して、野菜スティックの宅配事業からスタートしたのが2月。その後、コミュニティ・シェアオフィスで朝食、夕食の提供、そこで出合った企業へのケータリングへと広がった。「このケータリング需要を逃してはならない」と感じた片山さんは、当初は想定していなかったキッチン付きの物件を探し、2019年7月、今の場所に『HACARI』をオープンさせた。
仕入れの基準は、主観でおいしいかどうか。
『HACARI』の仕入れは、基本、言い値で箱買い。宅配便で最大サイズの段ボールに、ぎりぎりまで詰めて送ってもらう。規格はないから、大きいものから小さいものまで、サイズはバラバラ。だけど、量り売りだからなんの問題もない。
金額はできるだけ生産者の言い値で。相場より少し高くても、おいしかったら買うし、安すぎる人には「もっと高くしてもいいよ」とも伝えるという。付き合いのある農家は現在全国に約300あり、季節ごとに約20品目の野菜が店の棚に並ぶ。選ぶ基準はずばり「食べて主観でおいしいかどうか」。生、煮る、茹でるなど、試食をする手間も惜しまない。「当たり前ですよね、食べるものなんだから」と片山さんは笑う。
通常のスーパーだと、農協や市場、仲御などを介するため、収穫してから届くまでに時間がかかるが、『HACARI』では翌日。とはいえ早採りではなく、熟したものを扱うので、スーパーより足が早い。「店を始めて、改めて野菜の劣化の早さに驚いています」という片山さんの嘆きを解決したのがキッチンの存在だった。劣化する前に凍らせてスムージーにしたり、刻んで味噌にいれたり、ケータリングやお惣菜に利用したり。キッチンをフル活用することで、廃棄野菜は限りなく少なく。遠回りしたからこその結果だった。
開店して4か月。『HACARI』には、「ルシア」「食用ホオズキ」など、普通のスーパーでは見ない野菜も多い。「そうした野菜って、世の中ではあまり求められていないのかと思っていたけど、やっていて気づいたのはみんな意外に喜ぶ」ということ。客には、噂を聞きつけて買い付けに来るシェフ、営業にやってくる生産者も増えた。
今後やりたいことは店舗を増やすとともに、いいものをつくる農家のコミュニティを『HACARI』を通してつくり、プラットフォームのようにつながる場をつくること。そうすることで、いいものが欲しいというシェフともつなげられるし、輸出だってできる。
さらには、農業体験ツアーをして、食の現場を体験してもらいたいという思いもある。SNSで家庭菜園コミュニティをつくって、プロの農家に作り方を質問したり、できた農作物を自慢したり、いずれは家庭菜園でつくった野菜を売る場所もつくりたいと思っている。
「そうしていかに興味がある人を増やしていけるか。そして出口という接点を増やしていけるか。八百屋はプラットフォームであり、ショールームだと思うんです」
量り売りという楽しさを入口に、おいしい野菜、やる気のある農家と出会いながら、新しい流通のあり方を感じる未来が、『HACARI』にはある。
東京都 HACARI
オーナーの片山由隆さんに聞きました!
Q.プロジェクトにはどんな参加方法がありますか?
興味をもって買い物に来る人が増えると、みんながハッピー。店をやりたい人、農家の人、一度遊びに来てください。農業体験ツアーをやりたいので旅行業のプロも募集中です。
❶活動団体名
yoloz
❷プロジェクト・スタート年
2019年
❸ウェブサイトなど
www.yoloz.co.jp
❹スタッフ・メンバーの中心年齢層は?
20歳代〜30歳代
❺スタッフ・メンバーの募集
有