バブル景気がはじけた後、長らく活気を失ってしまっていた静岡県熱海市の温泉街。ところが今や、「熱海はV字回復した」と言われるほど、全国から訪れる人で賑わっている。そのきっかけの一つ、『guest house MARUYA』をつくった市来広一郎さんに、熱海の未来のまちづくりを尋ねました!
活気を失った熱海を、再生しようとUターン。
温泉観光地として知られる静岡県熱海市。「社員旅行と言えば熱海」と言われるほどの人気の温泉街だったが、バブル景気が崩壊した1990年代以降は閑古鳥が鳴く観光地になってしまった。熱海に生まれ育ち、今、熱海のまちづくり会社『machimori』の代表を務める市来広一郎さんも当時、父親が仕事として管理していた銀行の熱海保養所が閉鎖され、横浜への引っ越しを余儀なくされた。
市来さんが東京のコンサルティング会社を辞め、熱海にUターンしたのは2007年、28歳の時だ。祖母のマンションに同居しながら、愛する熱海の再生に取りかかったのだ。09年から手がけたのが、地域住民がガイド役を務める体験交流ツアー「オンたま(熱海温泉玉手箱)」。参加者は「こんな熱海、知らなかった」と熱海のファンになっていった。12年には『CAFE RoCA』を、15年には『guest house MARUYA』を、寂れていた熱海銀座通り商店街にオープンした。「『guest house MARUYA』は清水義次さんが提唱する『リノベーションまちづくり』を取り入れました。空き家や空き店舗をリノベーションして再生させるまちづくりの手法です」と市来さん。「第1回リノベーションスクール@熱海」のプランとして提案され、2年かけてつくられた。企画、リノベーション、運営を行うなかで、市来さんは熱海のことを深く知り、熱海内外の人とのつながりを築いていくとともに、自身も熱海のまちづくりに欠かせない存在になっていった。
みんなでつくった、熱海とつながるゲストハウス。
昔ながらの熱海エリアの入り口に位置する熱海銀座で5年目を迎える『guest house MARUYA』。10年間ほど空いていた100坪もある広い店舗スペースを、「リノベーションスクール@熱海」のプランとしてゲストハウスにリノベーションした。
その際に大切にしたのは、「みんなでつくること。DIYならぬDIT、Do It Togetherを合言葉にして」と市来さん。「みんな」とは、リノベーションスクールの受講生や熱海のまちの人たち、『CAFE RoCA』のお客さん、設計を依頼した『HandiHouse project』の仲間や、熱海のまちづくりに関わりたいという人たち。
「どれだけ関わる人を増やせるかをいつも意識して、まちづくりに取り組んでいます。クラウドファンディングや、地域の経営者の方々に出資を募ったり。いろんな方に関わってもらえるように多様な接点を用意します。プロジェクトが自分ごとになれば、社会の見え方も変わってくるし、まちへの愛着も増します。そんなまちのプレイヤーを増やしたいという思いで、『guest house MARUYA』をつくりました」。
まちとのつながりも大切にしている。「宿泊されるゲストには熱海のディープなスポットや店を紹介します。テラスのカフェは干物の持ち込みもOKです。向かいの干物屋さんで買った干物をグリルで焼いて、どうぞ」と笑顔で話す市来さん。『guest house MARUYA』が熱海のまちの入り口になるように工夫している。
角のゲストハウスから、熱海の物語が始まる。
2019年11月に新たにオープンした『ホテル ロマンス座カド』は、『guest house MARUYA』のそばにある個室タイプのゲストハウスで、熱海銀座の路地を入ったところに入り口がある。「10年ほど前まで営業していたロマンス座という映画館の角につくったので、このネーミングに」と市来さん。平成を飛び越えて、昭和の薫りがプンプンする路地裏の雰囲気をそのまま建物のなかに持ち込んだようなレトロな部屋にリノベーションされている。
「コンセプトは、熱海の物語が始まる宿」と市来さん。「熱海は文豪に愛されたまちです。『ホテル ロマンス座カド』の路地の奥にある喫茶店『ボンネット』の80代の店主は、常連客だった三島由紀夫に泳ぎを教えたというエピソードの持ち主。また、町田康さんも長く熱海に暮らしておられ、夕方には浜辺で犬の散歩をされています。物語の舞台になってきた熱海で、ユニークな店主やまちの人々、昔懐かしい街並みや風景に出合い、ゲストそれぞれの旅の物語が生まれる宿になれば」と話す。
市来さんと一緒に案内してくれた杉山貴信さんは、『guest house MARUYA』と、『
ホテル ロマンス座カド』の責任者。旅が好きで、将来は自分も人が交流できる場をつくりたいと、地方銀行を辞めて『machimori』の社員に。「楽しいこと、あるいは辛いことがあれば来て、誰かとつながって元気が出る。そんな場をつくりたいです」と意気込む。
市来広一郎さんの、参加したくなるローカルプロジェクト論。
熱海のまちづくりに関わって12年の市来さんが話します。さまざまなプロジェクトを成功させた秘訣は、参加者を巻き込むこと!
暮らしを営む人々の姿こそ、まちの素敵なディスプレイ。
『guest house MARUYA』と『ホテル ロマンス座カド』の2軒のゲストハウス、コワーキングスペース『naedoco』、シェア店舗『RoCA』、クラフト&ファーマーズマーケット「海辺のあたみマルシェ」、そして閉店した『CAFE RoCA』と、熱海銀座でいろいろとプロジェクトを行っていますが、今後、力を入れたいプロジェクトは住宅事業です。
なぜなら、熱海の空き家率は24パーセント。日本の平均の13パーセントに比べてもかなり深刻な数字です。リゾートマンションの空き部屋や空き別荘の数もカウントすれば52.7パーセント。なのに、熱海の家賃の水準は、周辺地域よりも高いのです。その理由は、熱海の住宅の二極化にあります。新しくてきれいなリゾートマンションは家賃が高くて、若い世代には手が届きません。一方、まちなかにある築50年を超す古い住宅は、長らく空き家になっていてボロボロの状態。こうした古い物件は不動産市場に出てきませんが、僕らの人脈で発掘し、リノベーションして、若い世代に住んでもらいたいと考えています。そのためにも、2019年に『マチモリ不動産』を設立しました。老朽化で耐震基準をクリアできないために金融機関からの融資が下りにくいという側面もあるものの、大量に存在する熱海の古い建物と、今後も向き合っていこうと思います。
ぜひ、僕らがターゲットにしている「クリエイティブな30代」の皆さんに、熱海のまちなかに住み、徒歩圏内で暮らしてほしいのです。そうすれば、まちなかでの消費が生まれ、出会いや交流、コミュニティも育まれ、価値あるローカルプロジェクトがあちこちで立ち上がるようになるはず。それが、熱海のまちをよくしていくと確信しています。まずは1割、まちなかの人口を増やしたいです。
そんな熱海になるために僕が思い描いているのは、路上の開放です。海から熱海銀座のあたりまでのエリアが、365日、車の走れない歩行者天国になればと妄想しています。店舗や施設はもちろん、道路も、広場も、まち全体を開放することで、まちの人々の姿や日々の営みが、熱海を訪れる人たちの目にふれられるようになれば、まちはもっとおもしろくなるはず。
「何やっているんですか?」「それ、どうやってつくるんですか?」「おもしろそう。私も交ぜて!」と、通りすがりの人さえ参加したくなるまち。楽しく過ごしている、働いている、遊んでいる人々の姿こそ、まちのいちばんのディスプレイになると思うのです。
そんな、まちづくりのアイデアや意見を語り合う熱海市主催のイベント「ATAMI2030会議 熱海リノベーションまちづくりプロジェクト」も『machimori』が協力して、年に4、5回開催しています。2030年の未来に向かってアクションを起こすプレイヤーを増やし、つなげていこうという取り組みです。熱海のまちづくりに関心のある方、あるいは自分の地元のまちづくりのための学びを得る機会としても、ぜひ、参加してみてください。
静岡県 machimori
代表取締役の市来広一郎さんに聞きました!
Q.どんなスタッフ・メンバーを募集していますか?
今後、ゲストハウスなど宿泊施設を増やすので、熱海のまちと関わり、楽しみながら、現場を担当してくれるスタッフを募集中です。まちづくりに興味がある人も募集します。
❶活動団体名
achimori
❷プロジェクト・スタート年
2011年
❸ウェブサイトなど
http://machimori.jp
❹スタッフ・メンバーの中心年齢層は?
20歳代
❺スタッフ・メンバーの募集
有