移住先で副業を始めるとき、見落としてはいけない準備と心構え。会社員、時々喫茶店マスターの場合

移住先で副業を始めるとき、見落としてはいけない準備と心構え。会社員、時々喫茶店マスターの場合

2022.05.22

5年前、転職がきっかけで福岡から岡山へ移住してきた松野雄介さん。普段は不動産会社に勤務する会社員だが、コーヒー好きが高じて、2019年から岡山市内の神社やパブリックカウンターなどでコーヒースタンド「純喫茶松野」を開いている。松野さんはどのようにして、会社員をしながら好きなことに挑戦できたのか。副業やパラレルキャリアなど、多様な働き方が増えている昨今。「好きなことで副業をしたいけど、どうしたら?」と悩む人にとって、松野さんの開業ストーリーがひとつの参考になるかもしれない。

純喫茶松野
●松野雄介(まつのゆうすけ)さん/株式会社HIT PLUS営業・「純喫茶松野」店主
1980年、長崎県生まれ。幼少期から高校卒業までを福岡県で過ごし、大学進学で大阪へ。卒業後、不動産デベロッパーへ入社し商業施設などの開発に携わる。2011年に経営指導員の資格を取得し、長崎県商工会連合会に転職、中小企業などの支援業務に従事。2017年に岡山市の不動産会社「株式会社HIT PLUS」に転職、同市へ移住。店舗を中心とした不動産コンサルティング業務を行う。2019年より「純喫茶松野」を開業し、岡山神社や石山公園近くの「パブリックカウンター」などで営業。現在に至る。写真提供:純喫茶松野

普段は不動産会社に勤務、月に数回コーヒースタンドを開く

事業専門の不動産会社「株式会社HIT PLUS」(岡山市)に勤務する松野雄介さん。毎月1日は岡山神社の境内で、さらに不定期で石山公園近くの「パブリックカウンター」にて、コーヒースタンド「純喫茶松野」を開いている。

松野さん「会社では店舗などを対象とした不動産コンサルティング業務の営業をしています。勤務スケジュールはある程度自分で決められるので、休日に『純喫茶松野』をやったり、その準備や趣味である喫茶店めぐりをしています」

岡山神社で開いている「純喫茶松野」は、朝7時半から9時半までの営業。手軽にサッと買えるイメージのコーヒースタンドだが、「純喫茶松野」の前にはコーヒーを待つ客が並ぶ。その理由はオーダーを受けてから、松野さんが1杯ずつハンドドリップで淹れているから。

コーヒーをドリップしながら、「今日お子さん小学校の入学式?おめでとうございます!」などと、常連客と楽しげに会話を交わす松野さん。野外スタンドとはいえ、さながら街中にある喫茶店の雰囲気だ。筆者もオーダーを済ませた後、せっかくなので神社で参拝し、朝ドラのロケ地にもなった旭川を眺めて戻ってくると、淹れたてのコーヒーが待っていた。

松野さん「お待たせしました。今日は福岡の『トモノウコーヒー』から取り寄せたフレンチブレンドです」

温かいコーヒーと共にモーニングの卵サンドをほおばりつつ、松野さんの開業ストーリーを聞いた。

純喫茶松野
一杯ずつ丁寧にハンドドリップで淹れるコーヒー。コーヒーは月替わりで、松野さんが各地の喫茶店からセレクトして仕入れている。ブレンド(1杯)350円 写真提供:純喫茶松野
純喫茶松野
モーニングセット600円。この日はペッパーが程よく効いた大人テイストな卵サンド。

2度の移住と転職を経験

幼少期から高校まで福岡県で過ごし、大学進学で大阪へ出た松野さん。大学では学業の傍らバドミントン部の活動にも力を入れ、今なお関係が続く親友もできた。大学卒業後、新卒採用で大手デベロッパーへ入社。

松野さん「人と深く関われる仕事がしたかったんです。不動産業、特に土地活用は信頼関係が重要な仕事なので」

営業成績もよく会社の評価も高かったが、20代後半、少しずつ自分の本心と、ビジネスにおけるシビアな現実とのギャップに違和感を感じ始めたという。

松野さん「会社とお客さんの評価は違うんですよね。土地を有効活用できて所有者さんに感謝されると思っていても、『松野さんにはしてやられましたよ』と言われたりして…。ビジネスでの駆け引きに疲れてしまったのと、街の人々が直面する“現実的な困り事”に、本当の意味で力になれる仕事がしたいと思うようになったんです」

その頃、出生地である長崎県に転勤していた松野さんは、親しくしてくれていた顧客から、商工会などに在籍して中小企業の経営者らをサポートする「経営指導員」の資格があることを教えてもらう。

松野さん「費用が発生するコンサルタントとは異なり準公務員であるという点も、その時の自分が求めている仕事だと感じて受験しました」

そして見事合格し、商工会連合会に転職。経営指導員として、地元企業の経営支援業務に携わる。中にはブランディングや流通の仕組みの改善など、経営の根幹から関わることもあり、この時の経験がその後の人生にも大きく関わってくるという。

松野さん「長崎県の南島原市は素麺の名産地なんですが、ある時、全国的に有名なメーカーの下請けだったとある会社が、下請け契約を切られることになってしまい…。長く下請けだったので、卸ではなくエンドユーザーに直接売っていく経験がなかったんです。そこで、直接消費者に売れるギフトセットの開発などを、アイディア出しの段階からサポートしました。商品が売れ経営が安定するだけでなく、それまで消費者のダイレクトな反応を知る機会がなかった会社が、買った人の喜びや感謝などを直に感じたことで、従業員のモチベーションも上がっていたんです」

地元企業のマインドが上向くことで、南島原全体が盛り上がる。街と人の“現実的な困り事”に対して力になりたいという、松野さんが思い描いた仕事そのものだった。

松野さん「この経験に加え、不動産デベロッパーでの実績を生かして、地域のためにできることはないかなと思うようになりました」

そんな時、デベロッパー時代の同期で、岡山市で「株式会社HIT PLUS」を経営していた打谷直樹さんから、転職の誘いを受ける。

松野さん「打谷が長崎へ遊びに来るたび街づくりの面白さを聞き、興味が沸いていたのもあって、岡山へ行く決心をしました」

純喫茶松野
デベロッパー時代(30歳頃)の松野さん。長崎ランタンフェスティバルにて。写真提供:松野雄介さん
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