映画館がない街となっていた東京都北区に、昨年秋、映画館『CINEMA Chupki TABATA (シネマ・チュプキ・タバタ)』がオープンした。それは日本初のユニバーサルシアター。だれでも映画を楽しめる映画館だ。どんな思いが込められた映画館なのか、代表の平塚千穂子さんと支配人の佐藤浩章さんに話を聞いた。
だれもが映画を楽しめる場所をつくる。
東京都北区東田端にある映画館『CINEMA Chupki TABATA(シネマ・チュプキ・タバタ)』は、視覚や聴覚に障がいがある人、車いすを使う人、小さな子どもがいる子育て中のママやパパなど、映画館へ行っても映画を十分に楽しめない状況におかれている人も映画が楽しめる、日本初のユニバーサルシアター。この映画館の代表である平塚千穂子さんと支配人の佐藤浩章さんに、開館の背景などを聞いた。

ソトコト(以下S) 「ユニバーサルシアター」として、どんな設備や特徴があるのでしょうか。
平塚千穂子(以下平塚) 視覚障がい者に向けた、映画の場面を逐次解説する「イヤホン音声ガイド」や、聴覚障がい者に向けた字幕(日本映画にもつく)、車いすのまま映画を観賞できるスペース、小さなお子さんと映画を観ることができる防音タイプの親子鑑賞室などを用意しています。
佐藤浩章(以下佐藤) 補助席を入れて最大25席と小規模ですが、音響にはこだわっています。アニメ『ガールズ&パンツァー』などの音響監督で、世界的にも有名な岩浪美和さんに相談に乗っていただき、360度、音に包み込まれるような音響空間「フォレストサウンド」をつくり上げることができました。

S どんな経緯で開館したのでしょうか。
平塚 もともと私は、『早稲田松竹』という名画座映画館で働いていました。いろんなイベントにも関わりたいと思っていたときに、視覚障がい者にサイレント映画であるチャップリンの『街の灯』を楽しんでもらおうというアイデアが出たんです。結局実現しなかったんですが、そのとき視覚障がい者と交流できたことで、彼らが映画を楽しむために必要な音声ガイドが、2001年当時の日本ではほとんど普及していないことがわかりました。そこで映画館の仕事のかたわら、音声ガイドの研究、作製を目的にしたボランティア団体『City Lights(シティライツ)』を立ち上げました。シティライツでは、2008年から毎年、「シティライツ映画祭」という様々な障がいがある方にも楽しんでもらえるバリアフリー映画祭を、『江戸東京博物館』のホールなどで開催していましたが、回を重ねるうち、私たちが理想とする形での上映を常設で行える映画館が欲しいという思いが膨らんでいきました。14年からは場所を借り、バリアフリー上映を行う『Art space Chupki(アートスペース・チュプキ)』を運営していたのですが、その場所では興行場法により月4回しか営業できず、オーナー側の事情もあり16年2月には閉館せざるを得なくなりました。
佐藤 僕は、シティライツ映画祭の第6回にボランティアとして、第7回に実行委員として参加しました。もともと映画関係の仕事をしたくて、バリアフリー映画祭と聞いたときに、すぐに関わってみたいと思ったんです。常設の映画館をつくりたいという思いにも大賛成で、運営の中心メンバーとなって動くことになりました。
映画体験を通して、それぞれの「光」に気づいてほしい。
S そして、16年9月に『シネマ・チュプキ・タバタ』が開館したのですね。
平塚 クラウドファンディングも活用し、多くの方にご助力いただいてのスタートでした。ボランティアとして頻繁に参加はできないけれど、理念に共感し、活動を応援したいという方も手を差し伸べてくれました。
S 「チュプキ」の意味は?
平塚 アイヌ語で「光」という意味です。太陽、月、木漏れ日などあらゆる光を指します。私たちがアイヌ民族と深い関わりがあるわけではないのですが、様々な種類の光をひとつひとつ分けないのがいいなと。みんなそれぞれ違う「光」を持っていて、だれでもここに来た人がそれを思い出し、認め合える場所にしたいという考え方は、この映画館のコンセプトです。

S 「だれでも」の中には、いわゆる一般の方も入っているのですね。
平塚 はい。チュプキは障がい者専用の映画館ではありません。そのため「障がい者割引」もありません。それは障がいは本人にあるものではなく、社会環境のほうにあるという考えからです(障がいが原因となる生活貧困者に対する割引はあり)。実際、障がいがない方が、障がいがある方といっしょに映画を観ると、社会にあるバリアなどの気づきを得ることができ、街や施設を見る目や、自分自身の行動も変わります。その経験をたくさんの人にしてほしいという思いもあり、入口を狭めたくないので、「バリアフリー」ではなく「ユニバーサル」という言葉を使っています。

佐藤 僕自身、そんな経験を経てきました。初めてボランティアでシティライツ映画祭に参加したとき、目が不自由なおじいさんが上映中に眠ってしまったように見えたのですが、終わった後には号泣していました。ほかの席でもみなさんが泣いていて、それぞれの楽しみ方、感じ方があること、自分の思い込みの狭さを知りました。
平塚 たとえば視覚障がい者の方は、音を発することで世界を把握するので、映画館のように静かにしなければいけないところにはいづらいんです。シティライツ映画祭では、そういった「常識」は気にせず、楽しんでもらえます。ですから、おもしろかったら大いに笑うし、楽しかったら拍手をするんですね。

佐藤 同じ映画を観て、一緒に感動するという一体感を知りました。それと同時に、映画はもっと自由に観てもいいんじゃないかとも思うようになりました。多少の「騒音」なども、最初はいやかもしれないですが、みんなで楽しんだ体験として、記憶に残ると思うんです。マイナスをプラスに変える力を育てていったほうが、自分も楽しく、生きやすくなるのではないでしょうか。そういったことを踏まえてチュプキでは座席指定はなく、ご希望ならば、床に座って観てもらってもかまいません。
障がいのあるなしに関わらない、夢を描ける場所に。

S 上映する映画はお二人で選ばれているそうですが、選定基準は?
平塚 最近は、配給会社やシネコン方式の映画館も障がい者対応の作品をリリースしているので、話題作や人気作品を上映する役目はもう終わったのかなと感じています。
佐藤 チュプキでの上映作品のセレクトは、ただ「おもしろい」ではなく、10年後もまた観たいと思えるか?観たことで自分の人生に希望を持てそうか? ということを意識しています。実は、僕自身が映画に救われた経験があります。子どもの頃、僕はアトピーがひどくてずっと入院生活を送っており、学校にも行けないほどでした。退院した後も見た目に悩み、周囲とうまくコミュニケーションできなかったとき、李相日監督の『スクラップ・ヘブン』という映画に出合い、自分の心を代弁してくれていると感じました。100回以上観て、そこから映画に関わる仕事をしたいと思うようになりました。チュプキで以前、『さとにきたらええやん』という、大阪にある子どもの受け入れ施設をテーマにしたドキュメンタリー映画を上映したのですが、映画を観た方が実際にそこへ行って活動をしてきたとか、子ども食堂を始めたなど、実際の行動につながった話を聞いて、伝えたいことが伝わったのだといううれしさがありました。

平塚 アクションにつながった、変化したという点では、ここができたことで、田端のまち全体が少しずつ変わってきて、助けてくださるようになったのもうれしく、ありがたいことです。
佐藤 視覚障がい者の方がよく訪れるようになってから、まちの方がお客さんを案内してきてくれたり、飲食店で食事のメニューを読み上げてくれたりするようになりました。障がいはひとごとではなく、身近なものとして考えるきっかけになれたようです。

平塚 いろんなことが便利になった半面、人との関係が希薄になる寂しさをみんな感じているのかもしれません。だから、手助けが必要な人がいたときに、思わず手を差し伸べるのかもしれません。
S 今後はどんなことを目標にしていきたいですか。
佐藤 やはり、障がいがある方に、映画の楽しさを伝える努力を続けていきたいですね。観えないから、聞こえないから諦めるのではなく、楽しむ方法を考える劇場でありたい。障がいは社会的にはカテゴライズされていますが、実際は一人一人違うので、それぞれにどれだけ合わせられるかということが課題であり、挑戦です。障がいのあるなしに関係なく、来てくれた人が映画体験を通して様々な生き方を知って、行動につなげられる場所にしたい気持ちもあります。

平塚 今は、夢を描きづらい社会になっていると思います。たとえば、映画に関わりたいという人が、本人が望むような活躍ができず、夢を諦めていく姿もたくさん見てきました。ここで映画を観たり、いろんな人に関わったりすることが、夢を描き、実現していけるきっかけになったらと思います。