大学と聞くと、どんなところを想像するでしょうか。広いキャンパスがあり、同世代の在校生がたくさんいて、大きな講義室で授業を受ける。そんな様子をイメージする人が多いのではないでしょうか。
そんなこれまでの大学像とは一風違う学びの場として、「さとのば大学」は2019年7月に開校しました。文科省認可の一般的な大学とは異なる市民大学の位置づけですが、社会人向けコースの他に高校卒業後の進路として目指せる4年制コースがあり、現在18歳の1年生から大人まで多世代が混ざり合いながら学んでいます。
今回、そんなユニークな学校に通う2年生の明神光竜さんに、「地域を旅する大学」について気になるポイントを伺いました。
すでに移住経験は2回、「地域を旅する」大学生活
自分起点で実践しながら失敗も学びに変える「マイプロジェクト」という学び方
マイプロジェクトの特長は、ゴールとなる「ほしい未来」を自分起点で探し自分の想いや願いを大切にしながらも、一方では地域のニーズ・課題・リソースをバランスよく掛け合わせてプロジェクトを育てていくこと。明神さんはこれまでどういったマイプロジェクトを実践してきたのでしょうか。
「一年目に暮らした岐阜県の郡上市では、郡上ならでは食材と私のふるさと・高知のご当地パン「帽子パン」を組み合わせたら新しい特産品になるんじゃないかというアイデアが湧いて、オリジナルパンの開発プロジェクトに取り組むことにしました。」
明神さんは郡上での暮らしの中で<地域の食材>というリソースを発見し、自分のやりたいこと<ご当地パンづくり>と掛け算することを思いつきました。
講義では、地域共創の分野で活躍する講師がオンライン空間での学びの場をファシリテートしながら、各自の学びをサポートします。1年生はプロジェクト学習のイロハや地域資源を見つけるための視点の持ち方を、2年生にマイプロジェクトをより大きくしていくための方法論やアドバイスを、といった具合に成長に応じた講義を受けることができるそう。
「たった一人で地域に飛び込み走り回ることには、不安も付きまといます。講義はそんな不安を解消し、地域の暮らしからいろんなヒントを持ち帰っているんだ、着実に前進しているんだという自信にもつながっていますね。」
自分の力でプロジェクトを進めることは、たとえ想定のゴールにたどり着かなかったとしても、大きな自信や成長材料になります。明神さんは帽子パンのマイプロジェクトで大きな達成感を得ると同時に、自分自身の新しい一面とも出会うことができたようです。
戸惑いや不安をサポートしてくれる「地域の大人」との出会い
「『ひかりくんは熱中するのってどんなとき?』『夢中になれることはある?』と声をかけられたんです。その言葉にハッとして、地域に飛び込んだヨソモノとして気負いすぎていた自分に気が付きました。そこからは周りの目や評価を気にせずもっと自分らしく生きてもいいんだと思えるようになりましたね。」
対話をきっかけに入りすぎていた肩の力が抜けたという明神さん。それ以降、稲刈りに参加したり地域の方と共に食卓を囲んだりするうちに、自然と地域に何かを残したいと思えるようになりました。
郡上での成長を見守ってきた地域事務局スタッフの岡野早登美さんは、明神さんについてこう振り返ります。
「高校を卒業したばかりで移住してきて、いろんなハードルもあったと思います。そんななかでも私たち地域事務局とも交流を重ねて、一年の最後に実施した郡上での報告会では地域の人たちもたくさん集まりました。
実は、夏にさとのば大学が主催した半期報告会では彼の考えていることがなかなかプレゼンテーションから伝わってこず、まだまだ課題があるなという印象だったんです。それが最後の報告会では、聞き手に届きやすい言葉と映像で経験から得た学びを表現していたことに、大きな成長を感じました。地域の人も『来たばかりの時はふわふわした印象だったけど、随分としっかりした、いい顔している!』と大絶賛。彼の大きな進歩に、祝福の言葉が沢山飛び交う夜になりました。」
挫折経験が前を向くきっかけに、挑んだのは世界最難関の大学受験
当時のことを思い返して一番印象に残っているのは、心配してくれた先生や家族の顔です。どん底まで落ち込んだ僕を見て、心配するあまり『ごめんね』と声をかけてくれた校長先生や、笑顔が消えてしまった家族。そんな姿を見るたびに胸が締め付けられ、ついには『凹んでいる場合じゃない』と、吹っ切れたんです。」
明神さんは、そんな経験から「自分が前向きであることが周りをポジティブにする」ということに気がついたといいます。
「ちょっとやそっとのことではへこまないぞ、という決意のような感情もあり、それからは前を向いて主体的に、そして直感的に物事を考えるようにしたんです。
親身になってくれた校長先生のアドバイスも受けて、高校は地元から距離はあるものの寮があって、校外活動や探究学習に力を入れている学校に進学を決めました。
その町には海外留学の補助制度があって、海外に飛び出して新しい仲間をつくりたいという気持ちもありました。だけど、コロナ禍でその夢は叶いませんでした。」
留学の夢は絶たれたものの、さまざまな活動に積極的に取り組んだという明神さん。仲間と出場した観光甲子園2021ではグランプリも受賞しました。
そんな明神さんが選んだ進路は、世界最難関とも称されるミネルバ大学でした。ミネルバ大学とは4年間で世界7都市を移動しながら学ぶ全寮制の大学で、合格率は2%未満とも言われています。
『世界を舞台に、自分自身の力を試しながら冒険できる。』そんなところに惹かれた明神さんでしたが、残念ながら受験結果は不合格。そんなとき、進路担当の先生が教えてくれたのがさとのば大学でした。
「世界7都市という規模と比べるとどうしてもスケールダウンした印象を抱いてしまって、最初に聞いたときは全然乗り気じゃなかったんです。
でも開校から間もない新しい学校だからこそ、思いっきり挑戦できるんじゃないか。自分の行動力で道を切り拓けるんじゃないか。気づいたらそんな価値に魅力を感じるようになっていました。」
地域暮らしは学びの宝庫
地域での暮らしや出会いも、学びのタネになっているといいます。
「女川に移住して来られてカレー屋をオープンした人がいて。自分のできることで何かお手伝いできないかなと思って、今、SNSでの情報発信の仕事をサポートさせてもらっています。一から起業した方の隣で働けるので、事業づくりや店舗運営のノウハウが学べて、めちゃくちゃ勉強になります。」
「学生さんが地域で活動してくれることで、私たちもより一層、自分たちの地域に向き合えるきっかけをもらえるんです。彼らの暮らしや活動を通じて、地域にどんな魅力、あるいは課題があるのかを改めて考えたり、解決方法を一緒に考えることで解像度も上がります。
また学生さんとの活動がきっかけで、地域のいろんなプレイヤーが繋がったりもしていて、新しい人と人との関係が構築されることも大きな効果だなと思っています。」
学生が地域に学ぶだけでなく、地域も学生の存在によって学ぶ。そんな「学び合い」のコミュニティが地域から広がっていくことを、まさにさとのば大学は目指しているといいます。
最後に、明神さんに現在の夢を聞いてみました。
「4年生の春までに自分で事業を立ち上げたいと思っています。何をやるかはあえてまだ絞らずに、これからも地域でいろんなことにトライして、自分の可能性を広げたいですね。」
まだ2年生の明神さんがこれからどんな地域で何を学ぶのか、また迎え入れる地域も明神さんの姿から何を学ぶのか。地域を巡る旅はまだまだ続きます。