今、SDGs(持続可能な開発目標)が注目を集めています。2015年の国連サミットで採択された、持続可能な世界を実現するための17のゴールと169のターゲットからなる国際目標です。その交渉にも関わられた前・国連日本代表部特命全権大使の吉川元偉さんと、編集長・指出が、SDGsと地方創生、SDGsと若者たちというテーマで話し合いました。
模擬国連で世界を身近に感じる
指出 吉川さんは国際基督教大学(ICU)の特別招聘教授を務められています。学生にはどんなことを教えられていますか?
吉川 私は博士号を持っていませんが、世界各地に27年間暮らし、仕事をこなしてきたなかでの実務経験は自分の付加価値だと自負しています。ただ、授業で学生に教えるとき、「私はいろいろ知っている」という姿勢では話さないようにしています。学生たちに考えさせ、調べさせます。考え方や調べる際の視点の持ち方については教えますが。その視点の一つは、新聞や本に書いてあることは「疑ってかかること」。命題に対して違う立場でリサーチをし、立論をつくるのです。例えば、日本は死刑制度を廃止すべきかという命題であれば、国連ではなぜ死刑を廃止すべきだと言っているのか。国連の決議案ではどうか。そうした議論にどう反論していくか。国際関係の授業でディベート形式を用いています。
新聞社も各社主張が異なるように、社会に出ると企業や組織のなかで「立場」が与えられます。与えられた立場に立って取材をすると、自分が言いたいことを代弁してくれる人や評価してくれる人を探して取材をすることになり、反対の立場からの意見を聞く機会は少なくなります。学生時代に、自分の立場とは関わりなくリサーチや立論を行うことで、疑ってかかる姿勢と能力を磨くことができると思っています。そうして精緻になった自分の意見や考えをディベートで披露し、みんなを説得するという授業です。
指出 「疑ってかかる」という姿勢は、地方の現状を伝えるメディアと接するときにも大いに必要だと思います。吉川さんのディベートの授業、受けてみたいです。
吉川 ありがとうございます(笑)。私は「模擬国連」日本学生代表団の顧問も務めていますよ。
指出 興味深いです。模擬国連は世界中の大学や高校で行われている国際会議のシミュレーションで、参加する学生がある国の大使となって政策を立案したり、決議案の採択に関わったりするもの。日本では1983年に当時の上智大学教授の緒方貞子さんが顧問となって発足しました。自分が担当した国の利益が何か、対立する国の合意をどのようにして得るかといった国際関係を学ぶ機会として人気ですね。僕の知り合いの方が、娘さんが大学に入学したときに「どんなサークルに入るのか?」と尋ねたら、「模擬国連」だと。「授業以外でも勉強をするのか?」とびっくりしたら、「おもしろそうだからいいじゃない」と。世界のことを身近に感じる若い人が多くなったように感じました。余談ですが、僕は学生時代に緒方先生の授業を受けていました。
吉川 私も緒方先生の教え子の一人です。模擬国連に参加する日本の大学生は横断的にチームをつくって、募金を募り、ニューヨークの国連本部で開催される国際大会に参加します。2019年度、日本の学生代表団はオランダを担当しました。オランダはどういう問題を抱えている国で、気候変動や人権問題についてどういう立場を取っているのかなどを勉強し、オランダの立場に立って、模擬国連の委員会に出てプレゼンテーションを行うのです。他国からの質問にもオランダとして答えなければいけません。行ったこともない国の担当になり、その国の政策について一から勉強する必要があることがハードルでもあり、模擬国連のおもしろいところでもあるのです。今年の日本チームは、銀メダルを取りました。
指出 日本の若者がオランダについて考えることで、オランダや欧州と関わりを持つきっかけにもなります。単眼的な視点が複眼的になって、世界や社会ではさまざまなことが同時に起きているのだということを学べるでしょう。オランダを鹿児島の志布志市に置き換えたら関係人口になりそうですね。
吉川 そういう若い人材が育っていることが心強いです。
SDGsに関心を持つ若い人たち
指出 『ソトコト』では「エコ」や「スローフード」、「ロハス」という言葉をアメリカやイタリアから取り入れ、そのライフスタイルを発信してきましたが、一時、若い人たちが「環境から離れたな」と思える瞬間がありました。リーマンショックから東日本大震災にかけての頃です。でも今回、「SDGs入門」の号をつくったら、再び若い人たちも環境問題に興味を持ち始めていると感じることができました。SDGsの目標にも掲げられている地球環境の保全も含め、日本のよりよい未来をつくろうとする若者が増えていることについて、どんなふうに感じておられますか?
吉川 正直なところ、私は日本の未来がすごく明るくなるだろうとは思っていません。いい意味で「ほどほどの社会」になるような気がします。そんななかで、若者たちは生きる指針や行動指針を探し求め、そこにSDGsの17の目標がはまったのではないでしょうか。『ソトコト』でインタビューを受けられた根本さんが答えておられる「意識して暮らせば、自分の心も豊かになります」という言葉はまさにその通りで、17ある目標から自分に関心のある目標を見つけ、それを意識しながら生活することで豊かな社会と、豊かな自分を実現しようと考える若者が増えているように思います。
指出 17ある目標から自分が得意にしていることや、疑問を持っている分野にコミットして、その目標の達成に向けて行動を始めてほしいですね。そうすることで、心の豊かさが広がる社会になることを願っています。
吉川 SDGsのような多様な目標を若い人たちに提示することが、今の政治にはできていないように思います。何によって豊かさや幸福を感じるかは人によって違います。なのに、日本ではその基準が依然として画一的な気がします。豊かさや幸せはもっと多様であっていいはずです。全員が富士山を目指すという発想から転換すべき時期に来ているように思います。
指出 そうですね。僕は学生時代、山のサークルに所属していましたが、富士山には一度も登ったことがありません(笑)。連山を縦走するおもしろさを知り、そういう登山ばかり楽しんでいました。SDGsに関心を持ち、自分にできるアクションを起こすことで、それぞれが自分なりの心の豊かさを満たし、同時に社会も豊かになるというように、まずは自分自身が幸福を感じるためのきっかけとしてSDGsにコミットするのもいいかもしれませんね。