東日本大震災と原発事故から15年が経とうとする今、福島県の復興は大きな転換期を迎えています。
富岡町の駅前に広がる、1万6000本のブドウの木。この場所に2024年春、「とみおかワイナリー」がオープンしました。東日本大震災発生時には津波に襲われ、その後廃棄物の仮置き場となった土地が、今では美しい景観と本格的なワイン産業を生み出す場所へと生まれ変わろうとしています。
学生時代に「何もしなければ地域は衰退してしまう」と危機感を抱き、地域のために必要な経験として世界24か国でインフラ整備に携わってきた建設コンサルタントの遠藤秀文さん。自身が35歳の時に故郷にUターンしてその4年後に被災、そして、2016年当時人の立ち入りが制限されていた町でブドウ栽培を始めました。一方、環境省は、除染で発生した約1400万立方メートルの土壌を「再生利用」し、2045年までに県外最終処分するという地元との約束を果たすべく取り組みを進めています。
私たちは、この福島の新しい挑戦とどう向き合い、応援することができるのでしょうか。今回、富岡で「究極のまちづくり」を実践する遠藤秀文さんと、環境再生事業に取り組む折口直也さんの2人のリジェネレーター(※ここでは「福島をよりよく再生する人」の意味)に話を聞き、その答えを探ります。
福島の未来を醸すとみおかワイナリーが描く、「環境再生」のその先
東日本大震災から15年を迎えようとする今、福島県浜通り地域の復興は大きな転換点に立っています。環境省が進める環境再生事業において、福島県内における面的除染は概ね完了し、現在は除染で発生した除去土壌などを大熊町と双葉町に設置された中間貯蔵施設で安全に管理・保管するフェーズにあります。
同じ浜通り地域の富岡町では、まちを再生させる事業が約10年前から始まり、ようやく一つの節目を迎えています。
ソトコト 約10年前から富岡町の駅周辺でブドウの栽培を始めて、2024年に「とみおかワイナリー」をオープンさせました。代表の遠藤秀文さんは、どのような思いでこの事業を立ち上げたのでしょうか。

遠藤秀文さん(以下、遠藤) 私は富岡町で育ち、大学卒業後は建設コンサルタントとして世界24か国でODA(政府開発援助)などのインフラ整備や環境保全に携わってきました。実は就職活動の時、「35歳になったら故郷に恩返しをしよう」と決めていました。地域の振興のために尽力する父の姿を見ていたこともありますが、故郷を離れてみて夏の涼しさ、豊かな海や川、温かいコミュニティといった地域のポテンシャルの高さを初めて実感しました。
ワイナリーが地域の誇りとなり、景色として人をひきつける姿を海外で見て、富岡にもワイン文化を根付かせたいと考えるようになりました。特にインドネシアに赴任していた時、長期休暇にオーストラリアのパースを訪れ、ワイナリーが地域に溶け込んでいる様子に感銘を受けました。ワインは単なる飲み物ではなく、その土地の風土を映し出し、食文化とつながる最高のコミュニケーションツールであると理解しました。
震災と原発事故によって町は一変しましたが、「地域が消滅してしまう」という危機感が私を突き動かしました。そして、2016年に10人の仲間と無人の町でブドウ栽培を始めました。当時は避難指示解除の前で、週末に避難先から集まっては汗を流す日々でした。復興計画の策定で出会った有志らに声をかけたところ、「遠藤君がやるんだったら手伝うよ」と集まってくれたのです。
2020年には、念願だった駅前での栽培を開始しました。駅前は町の顔です。電車の車窓から見える整然としたブドウ畑の景色が、訪れる人を呼び込むきっかけになると確信していました。震災前から、自転車で町を走りながら「ワイン畑ができたら」とイメージしていたのが、まさにこの駅前の場所でした。

現在、ブドウの木は約1万6000本まで増えました。この数字は、震災前の富岡町の人口と同じです。単なる「復興ワイン」という物語性だけに頼るのではなく、世界に通用する本物の産業をこの地に根付かせ、再び1万6000人が暮らせるような「究極のまちづくり」を目指しています。
ソトコト ブドウ栽培やワイナリーオープンまでの道のりで、どのような課題がありましたか。
遠藤 ブドウ栽培において最も苦労したのは土作りでした。試験栽培を行った小浜栽培圃場では、樹齢100年近い杉林を何百本も伐採し、太い根っこを抜いて開墾しました。原発被災地域で初めて山を切り開いて畑を作るケースだったため、切った木材の受け入れ先を探すのにも苦労し、最終的には現場で木の皮を剥いでから製材所に持ち込むことで、自身が代表を務める建設コンサルタント会社の社屋の材料として活用することができました。
駅前の畑では、果樹栽培を対象にした補助金などがない中、土木技術者としての経験が生きました。建設残土や令和元年東日本台風後の河川改修で出た土砂を確保するなどして、開墾を進めました。また、いわきの夏井川の河川改修で出た川砂を無償で持ってきてもらったのですが、砂分が多い土壌で水はけが良く、結果としてブドウ栽培に適していたことにも助けられました。 さらに、かつて廃棄物の仮置き場だった駅前の土地に、環境省が整備した排水インフラが残っていることも幸いし、既存インフラを活用し、水はけが命のブドウ栽培に役立つ結果となりました。

ソトコト ようやくたどり着いたワイナリーのオープンから半年が経過しましたが、振り返ってみていかがでしょうか。また、今後はどのように取り組んでいくのでしょうか。
遠藤 私は現在も本業である建設コンサルタントとして、ペルーのマチュピチュ遺跡保全プロジェクトなど、世界規模の課題にも取り組んでいます。実は、ワイナリーの構想を始めたのも、マチュピチュ保全の構想を始めたのも、ともに10年前。それが今年、同時に開花しました。海外で培った「現場の本質を見抜き、改善を繰り返す」という姿勢は、ワイナリー経営にも直結しています。
駅前に圃場を作る以前に、品種を選定する目的でまず試験圃場で潮風に強い品種を見極めました。海が近く潮風が常に吹いているこの土地で、どの品種が本当に育つかを確かめるためでした。その結果を受けて、駅前の畑では品種を絞り込み、現在は白品種が7割、赤が3割という構成になっています。

復興のワイナリーというストーリーではなく、品質における感動を提供することが、遠方から数時間かけて来てくださるお客様に対する私たちの誠意だと思っています。ワインの味わいや地元食材とのマリアージュに感動してもらって、「なぜこんなワイナリーとレストランがここにあるのだろう」と背景を知りたくなるような場にしていきたい。そのためには、今までの途上国の現場で培った、現場で真の課題を感じて改善を繰り返していくことに尽力していきたいと思っています。
環境再生の鍵を握る「復興再生利用」とは
ソトコト 環境省が進めている環境再生事業の現状について、読者にわかりやすく教えてください。
折口直也さん(以下、折口) 福島県内の除染は概ね完了し、現在は帰還困難区域の除染を進めております。大熊町と双葉町に設置された中間貯蔵施設には、これまでに約1400万立方メートル、東京ドーム約11杯分の除去土壌が運び込まれました。
環境省の使命は、これらの土壌を2045年までに福島県外で最終処分するという、地元の方々との「30年以内の県外最終処分」の約束を果たすことです。現在はその実現に向けたロードマップに基づき、「復興再生利用の推進」と「県外最終処分に向けた検討」、そしてそれらの取組に対する「理解醸成とリスクコミュニケーション」に注力しています。
この施設用地の地権者は約2300人。江戸時代から先祖代々受け継いだ土地を手放すことに悩まれた方もいらっしゃいましたが、「福島県全体の復興に貢献できるのであれば」と、苦渋の決断をされたと聞きました。環境再生は単に土を動かすことではなく、被災前の暮らしを取り戻し、新たなまちづくりを支えるための土台作りととらえています。

ソトコト この「復興再生利用」の重要性と安全性について解説していただけますか。
折口 中間貯蔵施設に保管されている1400万立方メートルもの土壌を対象に、放射能濃度が基準値を下回り、安全性が確認された土壌を公共事業などで有効活用する「復興再生利用」を進めています。最終処分の実現に向けて、復興再生利用が進んで最終処分をする量が少なくすることが鍵となります。土壌を安全性を大前提に資源として利用するという考えの元に、この取り組みを進めています。
具体的には、保管されている土壌の約4分の3は放射能濃度基準値を下回り、適切な管理下であれば安全に利用できることが科学的に明らかになっています。この安全性については、国際機関等の評価もいただいています。
利用にあたっては、盛り土や土地造成の基礎部分に復興再生土を用い、その上に飛散流出防止のために別の土を20cm以上被せる「覆土」を行います。これは、あんこを生地で包むようなイメージです。20cmの覆土の結果、放射線も90%以上遮蔽することができます。
この手法の安全性を示すため、2025年7月には総理官邸の前庭や環境省をはじめとした霞が関の庁舎の花壇などで実際に利用し、放射線量を継続的にモニタリングしてホームページで公開しています。理論上の安全だけでなく、私たちが働く身近な場所で実際に活用し、データを示すことで透明性を確保しています。また、復興再生土は公共事業をはじめとした明確な管理責任のもとで利用し、万が一の流出が起きたときなどにも迅速に対応できる体制下で行っていく方向で進められています。
ソトコト 環境再生事業を進めていくには、風評被害の払拭や国民への理解を高めていくことが必要となると思いますが、今後はどのように取り組みを進めていくのかを教えてください。
折口 風評被害の払拭のためには、科学的なデータだけでなく、実際に現場を見ていただくことが重要だと考えています。環境省では、中間貯蔵施設の定期的な見学会を開催しており、今年度よりも実施回数を増やして、来年度は毎週行うペースでの現地見学会を予定しています。ここには神社など地元のゆかりの場所なども含めて見学いただき、そこでの人々の思いを知ることで、除去土壌の課題を「自分事」としてとらえていただけるはずです。
そして何より、浜通りの魅力を知っていただきたい。とみおかワイナリーのような情熱的な取り組み、地域の海産物、桜、地酒など素晴らしい魅力がたくさんあります。私たちのゴールは環境再生のその先に、より良い福島、浜通りを残すこと。そのためにも、科学的な知見に基づいた「復興再生利用」への理解を進めていく必要があると思っています。
津波、仮置き場、そしてブドウ畑へ。土地の歴史を未来へつなぐ
遠藤 環境省が除染を進める中で、駅前はかつて震災の瓦礫やフレコンバッグが並んでいた「仮置き場」でした。そのインフラ整備を活用するなど私たちは知恵を絞りながら取り組みを行った結果、今ここでブドウを育てることができています。
折口 そうですね。私が以前福島に赴任していた2018年頃は、まだ廃棄物や焼却施設が立ち並んでいて、その景色が記憶に残っています。それが今、こうして美しいブドウ畑に変わり、ワイナリーとして人々が集まる場所に生まれ変わっている姿に、本当に深い感銘を受けます。遠藤さんのような事業者の方々が、環境再生の「その先」にある魅力を創り出してくれることこそが、復興の真の姿だと感じます。
遠藤 これからは、「津波の被害」を受けて「仮置き場」となり、そして「ブドウ畑」に生まれ変わったという再生のストーリーだけでなく、「品質」で勝負するフェーズだと思っています。この土地ならではの潮風を感じるワインと地元の魚介類などのフードとのマリアージュを楽しんでもらい、感動を提供したいです。

折口 素晴らしいですね。環境省としても、単なる環境再生事業の周知に留まらず、浜通りの食や酒、そして遠藤さんのような熱い思いを持つ人々の魅力を発信することで、この地域の「ファン」を増やしていきたい。今後は、環境再生事業だけでなく、地域の魅力発信も強化していくつもりです。
遠藤 100年後、このブドウ畑が富岡の当たり前の景色になっていることを常に考えていますし、もちろん200年、300年と続いてほしい。年輪のようにしっかりと時を刻みながら深みを増していければと思っています。
折口 この場所に来て、実際に自身の目で見て、地域の変化を感じてもらうことが、何よりの理解につながると信じています。この町をはじめとする福島の歩みを私たちもしっかりと支え、共に歩んでいきたいです。
ブドウの木が大地に深く根を張り、数十年にわたって実をつけ続けるように、福島もまた、地域の文化や産業という豊かな果実を結び始めています。まずは訪れて肌で感じて、地域への思いをめぐらせたり、関わりを持つことを考えたりしてみてはいかがでしょうか。


















