「地域住民が住み慣れた土地で暮らし続けることを支える、住民にいちばん近い医療者であり、地域を護るプライマリ・ケアの担い手」であるはずの看護師が都市部に偏在し、地方で不足している悪循環……。この問題を地方と都市部の大学が双方で解決策を模索し、2017年から活動を始めた北海道にある旭川市立大学の保健福祉学部「ルーラル・ナーシング研究会」を紹介したのは昨年9月のことでした。
昨年の記事は「旭川市立大学の『ルーラル・ナーシング研究会』の今後に、北海道の未来がかかっています」と締めくくりましたが、この1年で大きな一歩を踏み出すことができました。今年も中標津町・別海町に来てくれたのですが、今年は研究会側も驚くほどの展開が待っていたのです。
看護師の都市部偏在は進行の一途
全国的に都市部との地域格差が進み、地方では過疎・消滅可能性自治体というショッキングなキーワードが他人事ではない状況です。北海道も札幌・旭川圏域に人口が集中し、地方では先に述べたように、「地域で暮らす、いちばん身近な存在の医療者」であるはずの看護師も不足する悪循環に陥っています。今回取材した地域である北海道・根室管内は、北海道内における人口10万人対比での看護職員就業者数が最下位の地域です。全国平均値を大きく下回る状況は昨年同様、変わりはありません。
※数値の出典先は北海道保健福祉部地域医療推進局医務薬務課看護政策係ホームページ・『看護職員就業状況』(R4)その1 公益社団法人北海道看護協会 2023年度「看護の動向」資料より
同時に「地域の側も発信が不足している。これでは都会の看護師養成所を卒業する看護学生たちが卒業後の就業場所として、見ず知らずの地方の地域医療の現場を選んでもらえるわけがない。選んでもらえるよう、まずは地域の側も『知ってもらう取り組み』が必要だ」という考えが、地域医療の現場に十数年立ち続けた私(筆者)にありました。この思いを恩師に吐露して活動が現実のものとなり、スタートしたのが、旭川市立大学の「ルーラル・ナーシング研究会」です。
地域での看護実践をイメージしてみたかった
今年、大学から遠く300キロメートル以上離れた根室管内・中標津町と別海町に列車とレンタカーを乗り継いで来てくれたのは、保健福祉学部 保健看護学科で学ぶ2年生3名と1年生2名の計5名の研究生たち。
4年間の大学における看護教育には、実際の医療機関などで学びを得る「実習」という学びがあります。しかし今回の研究生の中には、学校以外ではじめて白衣を着るという1年生もおり「いきなり医療・介護現場に入っていくことに戸惑うことがないか・ギャップを生じてしまわないか」という懸念事項があったのですが、「地域を学びたい」という熱い気持ちと持ち前の明るさで、すべて跳ね返したという2日間の研究だったようです。
「自分が育った地域に近い環境での看護実践のイメージが不明瞭だった」「将来、都会ではない場所での地域看護の実践を考えてみたい」という思いが、今回の来町のきっかけと話してくれました。
先輩研究生の発表を聞いて、ぜひ自分も地域看護を学んでみたくなった
「昨年参加した先輩たちの新入生向けの発表で、ルーラル・ナーシング研究会のことを知り地域看護に興味を持った」「自分の視野を広げるためにも、多くのことを経験しておきたかった」と意気込みを聞かせてくれました。
ここからは写真とともに、研究生たちのコメントを紹介します。
高齢者施設、子ども支援施設、医療機関での学び
「将来は保健師になりたいと考えていたので、実際に地域に根ざした医療福祉の現場を見ることができ、視野を広げることができました。自分が思い描いていた都会と地方の看護のイメージについて、齟齬があるとは感じなかったです」(上野さん)
「地方=高齢化というイメージがあり、健康寿命を伸ばすための高齢者に対する活動をメインに考えなければならないと思っていました。実際には地方も子育て支援がとても充実していて、子育て支援の視点を含め、幅広い年代への人への支援の必要性に気づくことができました」(浦さん)
地域からも注目されるようになってきた「ルーラル・ナーシング研究会」
「ルーラル・ナーシング研究会」の活動は徐々に注目を浴びるようになり、道内他地域からも研究会の受け入れ検討や派遣依頼の話が進み出しました。今回の研究会活動はNHK釧路放送局からも取材を受けることになり、地域ニュースとして配信がされました。ますます注目度が高まっています。
「温かい雰囲気で迎えていただきました。町おこしに奮闘されていてルールを守りながらも、いかに人々に信頼してもらえるか、楽しんでもらえるかを重視されていて、これからも町や暮らす人々に希望があると感じました」(小籔さん)
教わるだけでなく「伝える側」「交流経験」からの学びも経験
「地域の現場や医療福祉環境を学んだうえでも、やはり地方のほうが時間が穏やかで過ごしやすいと感じます」(菊地さん)
「地方といえば高齢化が進み、まち全体が廃れ始めているような暗い印象がありました。ですが、ushiyadoなどの施設では他の地域に住む方々が来て楽しめるような環境をつくったり、若い世代の方々を呼び込めるような試みが多くあり、発展し続けているという印象に変わりました」(魚谷さん)
2日間の学びを終え、前泊を含めて3泊4日に渡る研究活動を終えたあと研究生全員から聞こえてきたのは「来てよかった」「来年度以降も、後輩たちに参加をすすめたい」という言葉でした。
枠にはまらない、自由な学びの機会を継続させていきたい
泉澤教授 コロナ禍を挟んで足掛け7年、通算4回研究生とともに根室圏域に足を運びました。最初は、一つ一つエリアを回りながら研修先を開拓してきたことが思い出されます。門前払いされることもありましたが、総じて地域の温かさに触れ助けられてここまで来た感じがあります。
最初は研究生もすべて手弁当でのスタートで負担を掛けましたが、どん欲に地域をつかもうとする姿勢に助けられました。今では中標津町から積極的に受け入れていただき、研究場所の提供にとどまらず、一部費用の補助も担っていただいています。大学からも教育研究費を得ることができ、学生に声をかけやすくなりました。
このサークルは研修地域を決めてはいますが、それ以外は来訪直前や来訪中に決まることも多く、その柔軟性から学びや出会いが広がることが良いところです。思わぬところで町の方々と出会い会話したり、異職種の人とコミュニケーションがあったり、知らないまちに来て何かを探して挑戦してみたりと、結構自由気ままにできるところも魅力でしょうか。
中標津町から、持続可能性のために組織化構造化の話もいただきました。しかし、カリキュラムの中で展開するとどうしても目的目標に沿って評価がついてくるので、それに沿って指導をしていかなければいけません。『ルーラル・ナーシング研究会』は学ぶ自由が確保されているところに特徴があり、それが功を奏していると思います。
公の力も借りつつ、民の力で展開していくところに、本当の地域性や地域包括システムが成り立っていくのではないかとも思っています。
待ちの姿勢では、地方に人は来てくれない。
地域の側から積極的に発信していく姿勢が大事
地方の看護師不足は、地方から発信し続けることに意義があります。
「ルーラル・ナーシング研究会」は、卒業後の職場候補になる地方の病院や福祉施設の見学に行くことだけが目的ではありません。「地域を歩き、地域を知る」をコンセプトにし、医療や福祉の場所だけではなく地域に暮らす方々とふれあい、五感で感じ「地域を学ぶ」ことを目標としています。
受け入れる地域の側も単に「卒業後に働いてほしいので、病院を見ていってほしい」というだけではなく、地域全体を学ばせていただけるよう、機会を与えてほしいのです。中標津町は学びの機会を資金面の補助も含め、町を挙げて存分に与えてくれています。その結果、研究会OB/OGが卒業後に地域看護の実践者となって、地域に定着するという実績を残すようになりました。
今回の研究生たちが帰路につく際に、一番楽しかった時間を聞くと「人との交流」という声が全員から聞こえてきたのです。
「楽しかった時間は、たくさんの方と交流したこと。いろいろなことにチャレンジしている方々の話を聞き、自分も新たに何か挑戦したいと勇気をもらえました」(魚谷さん)
交流体験を通じて、地域を選んでもらえるきっかけづくり。ほかの移住促進例も同じではないでしょうか。「ルーラル・ナーシング研究会」の活動が先駆事例となり、北海道だけにとどまらず、全国各地へ「地方の看護師不足の解決の一助になれば」と期待してやみません。
旭川市立大学
https://www.asahikawa-u.ac.jp/
取材協力:ゲストハウスushiyado
https://ushiyado.jp/