「次の旅は金沢にしよう。」
そう妻へ伝えると、さっそく宿と電車、そして『ばるじぇの』の予約をした。
NHKの番組『ドキュメント72時間』で、とても美しい図書館の映像が流れた。その場所が石川県立図書館であることと同時に、ふと何か思い当たるものがあり『ソトコト(2024年5月号)』を広げる。ページをめくった先には金澤町屋をリノベーションした『ばるじぇの』を紹介する記事があった。この「気になる!」の連続に旅先は決定。浮き立つ気持ちを抱えて、妻と旅立った。
創造が飛び交う石川県立図書館
JR金沢駅からバスに揺られること約20分。館内に入ると、その美しい景色に立ち尽くしてしまった。私たちを出迎えてくれたのは、見渡す限りの輝く本たち。この光景に「すごい!」としか言葉が出ない私たち夫婦は、会話あるごとに「すごい!」を連発しながら、わいわい館内をめぐった。そう、ここはおしゃべりOKな図書館。無料Wi-Fiが提供されておりPC作業はもちろんのこと、周囲の迷惑にならなければ打ち合わせやオンライン会議もできる(ほとんどの机にはコンセントまで設置されている。すごい!)。
一方、静かに本を読みたい人のためのサイレントルームやグループ活動室、飲食ができるエリア、親子で楽しく過ごせる子どもエリアなどがつくられており、さまざまな目的の人々が一つの建物に集まることができる素晴らしい場所である。そして、何よりすごいのは館内の座席数。閲覧エリアで約500席あり、椅子の種類は100を超えるそうだ。「こんなところに閲覧席が⁉」と驚いてしまうような、隠れ家的な場所もあり、館内をめぐるだけでも十分楽しめる。
私たちは石川県立図書館に惚れ込み、金沢旅行2泊3日のうち、なんと3日間とも通うことにした。PC作業に没頭するなか、ふと辺りを見渡すと何かに取り組む人々の後姿が飛び込んでくる。本を積み上げ読書をしている人、PCとタブレットを構えて仕事をしている人、複雑な刺繍を施している人など、様々な人々の創造が飛び交う巨大な空間ができている。私もその一部であるという心地よさの中で、この飛び交う創造や数々の本から自身の新しい発想が生まれてくる。改めてこの場所の素晴らしいさと同時に、図書館という存在がいかに大切であるかを実感する経験であった。
心温まる『ばるじぇの』でのひととき
石川県立図書館で楽しんだ後は、いよいよ次の目的『ばるじぇの』へ足を運んだ。なんと、図書館から徒歩約35分。私たちにとっては余裕で徒歩圏内。金沢大学付属病院を方角の目印にし、住宅地の中を突き進んでいった。『ばるじぇの』がある桜町に近づくにつれて金澤町屋らしき家が、ぽつりぽつりと姿を現した。そして、二人で話しながら歩くと、あっという間に到着した。
店の前に到着したのが、予約時間の5分前。金澤町屋を活かしたおしゃれな店構えで、格子からは暖かい照明とアットホーム感が漂っている。
「お隣はお寿司屋さんみたいやね。扉のつくりや照明具合が雰囲気でとるわ。」
夫婦でそんな会話をしていた矢先、ガラガラとその扉が開いて一人の板前さんのような方が出てきた。そして、扉付近の段差で少しつまずいたようだった。私たちは、気まずさで目を逸らした…。
「ご予約のお客様ですね。中へどうぞ。」
いきなり優しい声が私たちに向けられて驚いた。てっきり老舗の寿司屋と思っていた扉は、『ばるじぇの』の入り口だったのだ。そして、板前さんと思っていたのは店主の松田崇志さんであった。(大変失礼しました…)
「ここが入り口なんですね(汗)」
急に恥ずかしさが込み上げ、頭を下げながら入店した私たち。店内は約100年以上を経て、いい味が出ている木材を残しつつ、おしゃれにリノベーションされていた。私たちは早速ディナーセットを注文した。
『ソトコト』を見て伺うことは予約の時にお伝えしていたので、話題はそのことから始まった。崇志さんの笑顔と明るいトークに包まれ、私たちの会話はものすごく弾んだ。話題はお店を始められた経緯やこの地域のことが中心となった。私たち夫婦が、今住んでいる奈良市から別の場所へ移住を検討していること、そして、その地域に溶け込み何か楽しいことをやりたいことを伝えると、
「数軒先にいい町屋ありますよ!」
と食い気味に紹介が入った。突然の言葉で私は妻と顔を見合わせて笑うことしかできなかったが、このような思いがけないきっかけから何かがスタートするのだなと、しみじみ感じた。
途中からは近所に住む常連さんが加わり、食事と会話を楽しめる本当に幸せな空間となった。私はというと、恥ずかしいことに美味しい日本酒のおかげで酔っぱらい饒舌になっていた。(陽気なことばかり言っていたかも。反省です。)
この楽しい時間の中で、とても印象に残っていることがある。私がトイレをお借りしていた際、崇志さんの言葉がドア越しに飛び込んできた。
「このあたりを商店街にしたい!!」
おそらく、常連さんとの会話で将来のことを話していたのだろう。その言葉に私は感動する一方、共感や羨ましさを感じた。『ばるじぇの』がある桜町は金沢城下を流れる浅野川沿いに位置する。付近の横山町や材木町などを踏まえ、昔から商人の家や武家屋敷で栄えた場所である。現在は閑静な住宅地という印象であったが、金澤町屋を活用したさまざまなお店もあると聞いた。
地域を盛り上げるために、その土地の方々と協力して活動すること。「あ~、やりたい!」と率直に思った。崇志さんの言葉、行動に自身の素直な気持ちが湧きだしてきた。
楽しい時間はあっという間で、私たちはバスの終電が迫り、泣く泣くお会計の時間となった。気付くと入店から4時間以上が経過しており、崇志さんはずっと私たちを楽しませてくれた。
「最高のおもてなしをありがとうございます!」
今回の旅でもらったエネルギーを糧に、私たちは住みたい場所、やりたい事を考えながら元気に進んで行く。