2023年12月、千葉県流山市にある流山おおたかの森駅前の広場で、「森のマルシェ・ド・ノエル2023」が開催されました。クリスマス前、食べ物やクラフトなどを販売するブースが並ぶ中、イベントに協賛する『株式会社 明治』(以下、明治)がブースを出展。民間企業の『明治』と流山市の子育て世代のママたちが共働し、乳幼児がいるファミリー向けのセミナーやワークショップを開きました。
これは、子育てをする市民、行政、企業の共創プロジェクト事業「こそだてMINNAdeプロジェクト」の一環で、『明治』が子育てしやすい社会の実現を目指して、全国の子どもを持つ親と不安や悩みを共有しながら、みんなで考えて課題解決に向けてアクションを起こしていくことを目指しています。
―「森のマルシェ・ド・ノエル2023」イベント当日の様子 ―
― 対 談 ―
栄養事業を通じた子育ての知見を持つ『明治』 乳幼児・フェムニケアマーケティング部の江原秀晃さん(写真右)と、「母になるなら、流山市。」「父になるなら、流山市。」をキャッチフレーズとして掲げ、子育て環境のアップデートに取り組んできた『流山市』総合政策部マーケティング課の河尻和佳子さん(写真左)がイベントの後日に対談を行い、このような取り組みが始まった背景やそこにある思いについて語りました。
情報発信で大切なのは、自分ごとになる共感。子育てのリアルを企業と自治体がシェアして活かす
河尻和佳子さん(以下、河尻) 流山市は、駅前送迎保育ステーションをつくる、保育園を整備するなどのハード面においても子育て施策を推進してきましたが、振り返ると「流山ブランド」が認知されるために、このまちが子どもを持つ親に共感を持って受け入れてもらえるかの心情面も重要視しながら、併せてどう伝えていくかにも力を注いできました。
たとえば、どこのまちにも子育てグループの活動がありますが、マーケティング課が共催しているブランディングイベントやオンラインコミュニティなどを通じて、子育て中の方々が困りごとなどを話せる、一緒に活動する仲間を募れる場づくりも意識して行ってきました。そういうことの積み重ねが、今につながっているように感じています。
江原秀晃さん(以下、江原) 企業にとっても広報活動は大切ですが、これまでは企業の思いを中心に広報活動を展開してきた側面があり、市民にとって本当に必要な情報なのか、課題解決につながっているのかが分からず手応えを感じにくいことがありました。よって、市民と一緒にこの活動に取り組むことが大事だと思っています。
河尻 市民のリアルな声を聞くことは企業にとってハードルが高いことだと思うのですが、一歩踏み出されたのには何かきっかけがあったのでしょうか?
江原 市民との活動に踏み出したきっかけは、日本が子育てしにくい国だと言われていることと、出生率も下がっていくという現状に危機感を覚えたからでした。粉ミルク事業を展開する弊社にとっても、消費者に対する何らかのアプローチが必要だと思いまして。このような社会情勢の中、市民の声を聞く必要性を純粋に感じて、今回の一歩につながりました。
企業の場合、マーケティングの定量データを活用することが多く、定性データを確認することはあっても、両方を掛け合わせるようなことはあまりしていないかもしれません。我々一社だけでは日本の課題解決はできませんが、この「こそだてMINNAdeプロジェクト」での取り組みが全国へ広がれば、共感してくれる企業が増えて、全国の子育て環境が少しずつ変わっていくかもしれないと期待があります。
河尻 少子化の課題は子育てに限らず、多岐にわたるため、これらを自治体単体で対応していくことは難しいと感じています。社会課題に対していろんな人が参画して総合的に解決していくことが大事ですよね。『明治』さんをはじめとする企業や、また大学などと組んで解決していくことが、これからのスタンダードになるのではないかと思いますね。
子育てに感じる課題は、乳幼児の栄養不足や男性の育児参加など、出産前後に学ぶ機会が少ないこと
江原 弊社の事業ビジョンに“栄養で乳幼児の健全な発育に貢献する”とあり、乳幼児が栄養をとるための商品を提供しています。実は、乳幼児二人に一人が鉄不足という状況を踏まえて鉄チェック活動を行ったり、災害時に乳幼児を連れて避難するのも大変なので防災セミナーを開催したり。また、ママパパセミナーなども行っています。
1歳から3歳児がご飯を食べない、食べムラが問題になっています。実は、朝ごはんを食べていない子どもが多く、共働きで時間がないという理由から、朝ごはんはバナナ1本とかパン1つとか。それすらできていない人も多くいます。一部の栄養素に関しては、昭和以前、戦時中と同スコアのものもあるほどです。外国ではいろいろと対策しているため、一般の親のリテラシーが高いのに対して、日本はご飯を食べていれば普通に育つだろうという考えの人がまだまだ多い。日本には、乳幼児の栄養についての課題があるのです。
河尻 私は子育ての時期から離れて時間が経ちますが、今、江原さんにお話いただいた内容はもっと早く知りたい情報でした。このような情報を企業側が伝えるタイミングも大事で、もっと早い段階から子育てに関わる人たちも一緒に考えた方がいいのではと思いますね。
江原 子育ての課題を解決していくのに必要なことの一つに、父やパートナーの育児参加をいかに増やしていくかがあります。『明治』としてはセミナー内容を開発して伝える場を設けてきましたが、一企業が単独で実践して状況をどこまで変えられるかという部分では限界を感じています。プレスリリースや情報発信等を行っていても、なかなか日本全国には伝わらず、広げていくには体力と時間が要ると感じています。そこで、自治体と組み市民を巻き込んだ活動にしつつ、他の企業も参画できるようにしていくなど、輪を広げていく必要があると思います。
河尻 私自身が夫と子育てしていたのは今から15年ほど前で、男性の育児参加に対する意識は低かったように思います。それから随分と時代は変わって、今はパートナー双方の育児参加が求められていて、“手伝う”という言葉自体が今はNGワードになっているほどですよね。でも、育児に対してパートナー間でモヤモヤしてしまうことは、まだ課題としてありますね。
江原 オーストラリアには出産前に父親育成のプログラムがあって、生まれる子どものために必要な知識などを学ぶ機会があるそうです。女性のホルモンバランスが変化することが当たり前とそこで学んで、認識するだけでも育児は変わってきそうですよね。そういう情報発信を正しい時期に行うことが大事だと思いますね。
河尻 夫婦、パートナー間のギャップを見えるようにしていきたいと思い、お互いから思うことをありのままに話すイベントを開催したことがあります。そこで、普段育児に関わる時間が少ない(現状お父さんであることが多いですが)側からの意見に納得することもありました。たとえば、妻やパートナーに息抜きのために外出をすすめると、出かける前に留守番中の親子での過ごし方に関して細かく指示され、「そこは任せてくれ」と思ってしまうと。夫婦間、パートナー間の最初のコミュニケーションが足りていないのだと思いました。
江原 子どもを持つ男性を対象にオンラインで定性調査をしたことがあるのですが、興味深い話を聞くことができました。とある男性が育児をできていないのは苦い経験のせいで、授乳を手伝ったらゲップのやり方を知らず、さらには哺乳瓶を洗うまでが授乳なのに、それを知らずに怒られたことがあったからでした。
男性はマニュアルなどで学ぶ場がなかったり、マニュアルがあってもそこまでは書かれていなかったり。実際にやってみて強くダメ出しされてしまうと、次がおっくうになる。授乳は怖い、文句を言われるのが嫌となって、どんどん溝が広がっていくんですよね。男性の学びの場が少なすぎる。母子手帳はあるけれど、父のことは一切書いていない。そこは、「親子手帳」でもいいですよね。
子育てする人の自分らしいライフスタイルと、数値に出ない小さな声をもっと共有したい
河尻 新たに気づいている課題としては、子育てしているから制約されることがなるべくなくなるようにしたいですね。たとえば、お母さんだから派手な化粧をしてはいけないとか、お父さんが育児を積極的にやっていて偉いとか、そういった発言がなくなっていけばいい。「○○してはいけない」と考えすぎてしまうと、子育てしながら自分を縛ってしまうんですよね。
子どもに24時間、全力で愛情を注いで「自分のことは後回しに」なんてことをやっても、必ずしも楽しいわけではないと思います。子育てしながらも多様なライフスタイルを送って、「子育て中でも自分のやりたいこともやっていいんだ」と笑顔でいることが何よりも大事だと思います。私も自身の子育てを振り返って反省する点でもあるので、自分を縛らない子育てに関する情報発信には積極的に取り組んでいきたいですね。市内のコミュニティに顔を出していろいろな話を聞いたりして、そこで知り合った親たちの「自分らしいチャレンジ」を発信するようにしています。
江原 企業としても、小さな子どもを持つ親たちに直接話を聞くことを大事にしていますね。年に一度、乳幼児を持つママパパが集まるイベントに出展したり、チャット調査をしたり、直接インタビュー調査をしたりしています。
また、弊社商品に関するレビューコメントを読んだり、定量調査時のフリーアンサーにも必ず目を通したりします。たとえば、「明治ほほえみ らくらくキューブ」(キューブタイプの粉ミルク)を開けるのに「鼻毛ハサミが適している」といったコメントがあったことも。これはほかの消費者とのコミュニケーションでも使える内容で、数字だけを見ていては出てこない話ですよね。
河尻 そういった小さな声を拾ってくることがとても重要ですね。自治体もそうですが、課題の捉え方を間違えるとその後の取り組みがどんどんずれていく場合があるので、最初のアプローチが実は肝心だったりします。
江原 定量調査からの結果を元にすると、結局アップデートにしかなりません。「明治ほほえみ らくらくミルク」(缶入りの乳児用液体ミルク)のシェアが40%から80%になったのは、消費者の数字には表れない意見を拾って課題解決に取り組み、哺乳器用乳首の取り付けを直接できるようにリニューアルしたことが大きかったように思います。
子育てしやすい社会の先に、誰もが生きやすい世界をつくりたい
河尻 子育てに関する情報は楽しさよりも辛さが前面に出ていることが常ですが、市内では「子育てには実はこんな喜びがある」「こんな価値がある」との声が多数聞こえてきています。子育て世代家族が多いまちが情報発信するうえで、子育てに関するポジティブな情報を届ける意義はあると考えています。
子育て世帯に限らず、まちで暮らす誰もが自分らしいライフスタイルが築けるようになるのが理想です。子育てのまちのイメージはある程度定着してきたので、ここ2、3年は集中してその質を高めることに注力していきたい。その後には多様な人々が暮らす、自分らしさを発揮できるまちになれるよう取り組んでいくつもりです。
江原 『明治』で扱う商品は粉ミルク、液体ミルクの他に、乳幼児向けの体づくりをサポートする食品や、女性特有の体や健康をサポートするための食品「フェムニケアフード」もあります。プレコンセプションケア(将来の妊娠を考えながら女性やカップルが自分たちの生活や健康に向き合うこと)として、大学生、高校生からこれらのことを考えたり、子どもを身近に感じたりする機会を増やしていけたらと思います。そうすることで、出生率の改善、子育ての環境改善につなげていきたいです。
私には現在中学3年生の娘がいるんですが、保育園で1週間職業体験をしたら、すっかり子ども好きになって、今は保育士になりたいと言っているほどです。どちらかといえば、小さな子どもに対して積極的ではなかったのですが、その1週間でガラリと変わるのを目の当たりにして、若いうちに子どもと接するのは大事だと思いましたね。
河尻 小さな子どもと触れる体験や子育てに関わる情報を体感したうえで、子どもを持つ自分の人生を考えることができるといいですよね。
子どもを持っていることは、その人の特徴の一つに過ぎません。たとえばですが、シニアであることも特徴の一つであると同様に、それぞれが互いに配慮しながら、子育てが特別なことでないと社会から受け止められた際には、誰もがもっと自由に生きられるようになると思います。
江原 住みやすい、生きやすいまち。そういうところが実現されることが最終的なゴールであって、子育ての部分は一つの要素ですよね。年齢軸で悩みがあり、それに対するソリューションがあり、それにつながる商品がある。企業として、ひとり一人の暮らしやすさに寄り添う役目を果たしていきたいですね。
photographs by Takeshi Konishi (event) / Yusuke Abe (talk)
text by Mari Kubota
※記事は2024年2月7日(水)の取材情報に基づいています。記載されている内容は取材当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。