「デジタルx資本」で中小企業再建を手掛ける「くじらキャピタル」代表の竹内が日本全国の事業者を訪ね、地方創生や企業活動の最前線で奮闘されている方々の姿、再成長に向けた勇気ある挑戦、デジタル活用の実態などに迫ります。
「コロナで瀕死の旅館のアナログ若旦那4人、ITに挑戦。背水の陣!」という刺激的なプレスリリースを私が見たのは、9月半ば(リリース自体は6月23日)のことでした。
Go To トラベルがスタートし旅行業界の復調が期待される中、「瀕死」「背水の陣」「旅館のアナログ若旦那」などの異質な言葉が並ぶタイトルが忘れられず、彼らの挑戦とその効果を是非とも聞いてみたいとインタビューを申し込みました。山口県をこよなく愛する30代若き旅館経営者にお話を伺い実際に見えてきたのは、地域内での協業体制と、それぞれの持ち味を活用したコミュニティ醸成の形でした。前編、後編に分けお送りいたします。
(新型コロナ肺炎拡大阻止の観点から、山口県は訪問しておらず、オンラインでのインタビューです。)
山口県をこよなく愛する30代若手の旅館経営者グループ
竹内 本日はよろしくお願いします。4人同時にオンラインでお話を伺うのは初めてですね。まずは各旅館様と、若旦那である皆さまの簡単な自己紹介をお願いできますでしょうか?
松村洋明様(以下「萩本陣・松村」) 萩本陣 の松村と申します。部屋数は約90室の宿で、自家源泉温泉で毎分約200リットルという豊富な湯量を誇り、14種類の浴槽を備えた多彩な湯めぐりを楽しむことができます。当館は山口県北部の萩市に位置し、市内の観光地には松陰神社、萩城跡や萩城下町、他にも萩焼や夏みかん菓子などが有名です。私は現在35歳です。東京の大学を卒業後、アメリカに2年間語学留学をし、山口県観光連盟や山形県の旅館で働き、8年前に萩に戻って参りました。コロナ禍真っ只中の今年4月より、代替わりをし、社長を引き継いだばかりです。
岡藤明史様(以下「楊貴館・岡藤」) ホテル楊貴館の岡藤と申します。山口県の北西端、日本海側に面した長門市にある一軒宿です。周辺に温泉地があるのではなく、自家源泉である油谷湾温泉にある、当館一軒だけの温泉宿です。
アルカリ性で泉質が非常に良い温泉が自慢で、海の真横ですが塩分のないトロトロとした肌触りの温泉です。全国的な温泉の賞も過去に何度も頂いております。
39室の中型旅館ですが、目の前が海なので、豊富な海の幸を活かしたお料理と、油谷湾を見下ろす絶景、お客様に寄り添ったサービスが特色の宿でございます。
私は今32歳で、山口の大学卒業後、建設会社に就職をして福岡で営業マンをしておりましたが、5年前にUターンで山口県に戻ってきました。この中では最年少で、ここにいる諸先輩方は一番のメンター、お師匠様として色々教えて頂いています。
深川一呂紀様(以下「岩国国際・深川」) 山口県東部の岩国市にある、岩国国際観光ホテルの深川と申します。当ホテルは元々、明治末期に「料亭深川」として創業され、昭和27年(1952年)に現在の錦帯橋近くの地に移りました。客室数66部屋、県内でもおそらく最大規模となるコンベンションホールや宴会場を備えたホテルです。
冷泉ですが天然温泉がありまして、岩国市内でも数少ない入浴施設を持つホテルです。ホテルという名前で、元々が料亭旅館と立ち位置ではありますが、どちらかというとコンベンション、飲食、結婚式、レストランなど、地元のお客様を中心に可愛がって頂き、大きくなってきたという流れを持っております。
私自身は、梅林さんや松村さんとは違って生まれは山口ではなく、長崎県長崎市の出身です。実家は酒屋なのですが、創業家と遠縁だったという関係もあり、婿養子ではなく養子という形で平成19年(2007年)に岩国に来て、平成22年(2010年)に社長を引き継ぎ現在に至っております。
代替わりして10年経ち、ようやく色々な事が分かってきた中で今回のコロナ禍。県内の同じ立場・同世代の経営者仲間と、時には苛められながら(笑)日々切磋琢磨しています。
梅林威男様(以下「かめ福・梅林」) ホテルかめ福の梅林と申します。ホテルかめ福は山口県中央部に位置するホテルで、山陽路随一の温泉地にあります。
湯田温泉は、白狐が見つけたという言い伝えがあり、幕末には坂本龍馬や高杉晋作、伊藤博文などの維新の志士たちが傷を癒した場所ともいわれています。また、湯田出身の詩人である中原中也や、観光地でいうと常栄寺雪舟庭や瑠璃光寺五重塔が有名です。山口の中央部に位置するので、長門の方にも萩の方にも行ける、アクセスの良い立地です。
現在は建替工事のため閉館中で、2021年3月に新しいホテルが建つ予定です。
私自身は東京の明治大学商学部卒業後、新卒で三井不動産ホテルマネジメントに入社。その後、様々な職を経験し、山口に帰って来ました。コロナという大変な強敵に立ち向かっていくには、地域のつながりや業界内のつながりが非常に大切で、私たちの地域だけでは生き残っていけないのでは思い、このような会を開くことにしました。
当初、コロナの影響が本当に酷い時期に本陣の松村君に声をかけたところ、すぐにメンバーを揃えていただきました。現在はこの4名と新規メンバー2名の計6名で構成されています。毎月のミーティングで情報共有し、勉強会をしている最中です。
1本の電話から始まった、コロナ後のスタートダッシュに向けた取り組み
竹内 今回のコロナ禍、皆様の旅館・ホテルにおいても打撃は甚大だった訳ですよね?
萩本陣・松村 梅林さんから今回のお話を伺った時、当館でも丁度休業するのか、休業はしないけれど人数制限をして営業すべきなのか、考えあぐねていた時期でした。
休業を迫られたことなど過去になく、休業しても従業員の給料は払えるのか、財務的に大丈夫なのか、ただ安全は何事にも優先しなくてはいけない中で、皆さんはどのような決断をされようとしているのか。情報がない中で決断しないといけない。
当館でいうと、5月は1日だけ開けて、その後の5月全部と6月の25日まで休館しました。
その間は、水道光熱費など、出費として出ていくものしかない。一方で、新型コロナ特例の雇用調整助成金もまだ4月の段階ではどこまで補助して頂けるのか、どういう条件なのかよく分からなかったので、今でこそ笑顔で話せるところもありますが、その当時は結構切迫しておりました。
竹内 そのような壊滅的な状況の中、今回のプレスリリースにあった取り組みは梅林さんの発案だったのですか?
萩本陣・松村 そうです。
かめ福・梅林 この企画を考えた時点ではコロナが本当に酷く、お客さんはゼロだったので、正直やる事がなかったんです。
やる事がないときに何ができるかと考えたときに、コロナ収束後にいいスタートダッシュが切れるよう準備をすることではないか、と。インターネットでファンを集めておけば、コロナ収束後もその発信力を利用してお客さんを集めることができるのではと考えたのです。
今回は、キャンペーン用のランディングページ(LP)を作り、飲食店も巻き込みながら、県内各所にあるホテルさんとパートナーシップを組んだ訳ですが、皆さんファンがいますよね。そのファンの方々を皆で共有し、LINEやFacebookでつながりを作れば、コロナ収束後にその方々に対してもっとアピールができるのでは、という考えです。
深川さん、岡藤君、松村君はFacebook等のSNSで多くのフォロワーを繋がっているので、そのフォロワーを共有できればと考えました。
取り組みが功を奏して、LINEのファンもかなり獲得もできましたし、日帰り温泉等の小さいサービスもかなりの反響がありました。今回のGo Toトラベルへの準備という点でも、素早いPRができたかなと思っております。
竹内 当初、梅林さんから松村さんにお声がけしたということですが、梅林さんは他のお二人のことはご存知だったのですか?
かめ福・梅林 実は、私は他のお二人との接点はあまりなくて、元々知っていたのは松村くんだけでした。
萩本陣・松村 私はコロナ前からもちろんお二人(岡藤さん、深川さん)のことは知っていましたが、組合の会合などで顔を合わせてその打ち上げで一緒に飲んで終わり、という程度でした。膝を突き合わせて踏み込んだ話をしたのは今回が初めてで、それはコロナのお陰というとおかしいですが、コロナでみんなが危機感を覚えたからだと思います。
いつもお忙しい梅林さんとこんなに話をするのも、コロナ前では考えられなかったです。
楊貴館・岡藤 梅林さんから「こういう取組をしようと思う」という連絡を頂いた時にLINEやSNSというキーワードがあり、その言葉に馴染みのある世代で、というお話がありました。
時期は4月末か5月の初旬だったと思います。うちは4月19日から5月いっぱいまで閉めていたので、丁度そのさなかですね。普段旅館って本当に365日動いていてお休みはないので、休んでいる感覚に体が慣れなくて、「何かしなきゃ」という時期でした。
もちろん、山口県の旅館業界の重鎮の方々もそれぞれに動かれていたのだと思いますが、その中の役割分担として、我々若い世代にしかできないことにチャレンジできたので、すごくありがたいきっかけでした。
竹内 深川さんはいかがですか?
岩国国際・深川 先ほどから話が出ているように、コロナ禍で本当に「潰れるかな」と思っていた時に、ポンっと誰かな、松村さんだったかな、から「元気ですか」という連絡がありました。
「こういう事を始めようと思うんですけど、東西に長い山口県ですので、エリアごとに考えた時に、深川さんの所もどうですか?」と言って頂けたので、こういう状況でする事もないので、「イエス」か「はい」か「喜んで」の精神で手を挙げさせて頂きました。
そこから梅林さんとも大分親しくコミュニケーションを取らせて頂くようになりました。梅林さんはデジタルやSNSに長けていて、私はこの中で言うと年齢も上でそういったところには疎いので、おんぶに抱っこ、勉強させて頂きながら進めている状況です。
竹内 その時の打ち合わせは基本、こういうオンラインのビデオ会議でやられていたのですか?
楊貴館・岡藤 その時点では物理的な移動ができなかったので、最初はLINEや電話でやり取りをしていました。徐々に皆さんもZOOMをやり始めて、オンラインでのミーティングが主流になっていきましたが、久しぶり皆さんの顔をZOOMの画面上に見て少し安心したのを覚えています。
実際に4人で会えたのは6月が最初じゃないでしょうか。
デジタルの力でお客様とのつながりを
竹内 コロナ収束後にお客様に戻ってきてもらえるように、お客様とつながりを持っておくという考えは素晴らしいですよね。その手段としてLINEの公式アカウントやLPを作成しようというお考えは最初からあったのですか?それとも他の方法も検討したのでしょうか?
楊貴館・岡藤 それぞれの宿が持っているファンに対して、山口というテーマでつながっていこうというのが企画の主旨でしたので、キャンペーンLPを作ったりLINEの公式アカウントを作ったりというのが最初からの動きでした。
最初は私も「LINEの公式アカウントって何?」「LINE@と何が違うんですか?」みたいなレベルで、当然公式アカウントもない状態でしたので、勉強しながらのスタートでした。
竹内 プレスリリースを拝見すると、最初はHTMLって何?というレベルだったと書かれていましたが、実際に取り組みを進めていく過程で技術的に難しかった点、苦労した点はありましたか?
かめ福・梅林 このLPは私が作らせていただいたのですが、今はWordPressがあるじゃないですか。WordPressはテンプレートで作るのは簡単と聞いてましたが、それでも骨が折れました。
深川さんや岡藤さんから「もっとボタンを大きくした方が良いんじゃないの?」とか「文言はこうじゃないの?」とか、厳しい意見を頂きながら
なんとか今のLPを完成させました。LPを作るだけでは意味がなく、多くの人にみてもらわないといけません。アクセスを稼ぐことも苦労しました。
マイクロツーリズムの考えに則るとまずは山口県内からのアクセスを集めることが主体であるべきだと思ったので、皆さんの人脈をたどって山口県のゆかりのある有名フリーアナウンサー(沖永優子さん)・有名イラストレーター(りおたさん)・元乃木坂46(畠中清羅さん)・お笑い芸人(どさけんさん)・歌手(MIKKOさん)・マジシャン(高重さん)等々にご協力頂きました。
竹内 LPは外注ではなく梅林さん自ら制作されたのですか!有名人の方々も山口県のためにノーギャラで協力してくれたのですね。ローンチ後の影響・反響はいかがでしたか?
かめ福・梅林 例えばキャンペーンのアンバサダーになって頂いている沖永優子さん
ですが、その方は長年、山口県でフリーアナウンサーをやっている方です。沖永さんがFacebookに発信するだけ1日で2,000いいね!つくほど影響力のある方です。そういった形でどんどんトラフィックを稼いでいきました。
アクセス数でいうと、キャンペーンを開始した6月と何もしていなかった3月を比べると10倍位になっており、4社だと40倍。コンバージョンレートは分からないですが、
効果は確実に出ている実感です。
Facebookのコメント欄を見ても、「今度行くね」とか「頑張ってね」という応援メッセージを沢山頂いており、確実に手応えを感じています。
竹内 Go Toトラベルの影響はいかがですか?
岩国国際・深川 ここにいるメンバーに関しては、かなりGo Toの恩恵を受けているのではと思います。弊社もそうですが、Go To トラベルに東京発着が追加になった10月以降は、コロナ禍前の数字を超えてきており、数字は作れています。
ただ、それぞれの宿が置かれている状況は多少違いまして、冒頭申し上げた通り、弊社はコンベンションや地元客相手の飲食の売上も多かったので、その部分についてはまだ全く戻ってきていません。壊滅的な時期に比べると宿泊部分は埋めることができ始めていますが、もう半分はまだ厳しい状況が続くのかなという感想です。
後半では、それぞれの旅館が取り組むDXへの考えや取り組みについて迫ります。